怒り

「それじゃあ、またね!」


 夕方の6時前。

 駅前で満面の笑みで手を振りながら、有紗は帰っていった。

 その笑顔に何故か恥ずかしくなりつつ、僕も小さく手を振る。

 有紗は終始、楽しそうにしていて、久しぶりに遊ぶことができて、僕も大満足だった。


 満足感に浸りながら、僕も帰路に着く。

 その途中、気付く。


 絵里さんに遊びに行くこと、連絡するの忘れてたな……

 しかも、鍵がないからオートロックを解除できないな……

 まぁ仕方ない。部屋番号を押して、呼び出して開けてもらうしかないか。


 そんなことを思っているうちに、マンションの前へと辿り着く。

 そして、エントランスの方へと進むと。


「……」


 絵里さんがいた。

 が、何故かものすごく暗い。

 両膝の上に手を置いて、思いっきり顔を下に向けている。

 まるで、受験に落ちたとか会社をクビになったとか、身内が亡くなったとか、そんなレベルに思える。


 な、何かあったのかな……?

 僕は少しビクつきながら、ゆっくりと近づいていく。

 その途中で僕に気づいたのか、絵里さんは俯かせていた顔を上げると、こちらを見る。


「……」


 僕は気まず過ぎて、苦笑いを浮かべつつ、手を挙げる。

 その瞬間。


「晶くーーん!!!」


 絵里さんが思いっきり、僕を抱きしめてきた。

 エントランスにいるコンシェルジュの人が何事かと、こちらに目を向けているが、絵里さんには聞こえていないだろう。


「ああ、良かった!!無事だった、本当もう……」


「あ、あの、絵里さん……」


 抱きしめる力が強過ぎて、その豊満な胸が思いっきり僕の胸辺りに当たってきて、ものすごくドキドキしてしまう。

 嬉しい出来事なんだけど……それより、苦しい……


 僕は絵里さんに気づいてもらうように、背中を何回かタップする。


「え?あ、ああ、ごめんなさいね。感動の再会だったから、つい。そうよね。ハグより前にキスよね……人前だけど、晶君が求めるなら……」


 絵里さんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「違いますよ……苦しいから、タップしただけで……あ、それより、何も言わずに出て行っちゃってすいませんでした……」


 解放された僕は息を整えつつ、言った。


「本当よ……?スマホもあるんだから、連絡してくれたらよかったのに」


「あ、そっか……スマホで連絡すれば良かったのか……」


 今まで持ってなかったから、スマホの存在、完全に忘れてたな……


「それよりどこに行ってたの?」


「あ、友達と少し出かけてきました……」


「友達ってこの前の女の子?」


「あ、はい……」


「私があげたお金で何が奢ったりした?」


「あ、はい……ご飯を……」


「そう、ふふ……」


「え、絵里さん?」


「晶君」


「は、はい……」


「仏の顔も三度までって言葉知ってる?」


「は、はい……」


 心の優しい人でも許せるのは2回までで、3回目はないよってことだよね……?


「1回目ね……あ、私少し呑んでくるから、適当にご飯食べててね。あ、これ、合鍵」


 鍵を僕に渡してから、絵里さんはそのままどこかへ行ってしまった。


 あれは完全に……怒ってる……よね……

 その原因は僕がお金を有紗のために使ったから……?

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