人生

「ん、んん……」


 光のようなものが顔全体にあたるのを感じて、その眩しさから目を覚ます。


「あら、起こしちゃった?ごめんなさいね」


 絵里さんのそんな声が近くから聞こえてくる。


「いえ……」


 少し寝ぼけたまま、僕は返事をして、目をこする。

 そして時計に目をやると、時刻はまもなく夜の7時になるかというところだった。

 3時間近くも寝てたのか……


「ゆっくり寝れた?」


「あ、はい……」


 僕はあくびを噛み殺しながら、ぼーっとテレビに目をやった。


「私の前で無防備な顔のまま、寝るなんてさすがね……」


 一方、何故か悶絶している絵里さん。

 無防備って……別に意識はしてないんだけどね……


「それより、早速やりましょうよ、これ」


 言って、絵里さんは今日買ったばかりのボードゲームをテーブルの上に組み立てだした。


「あ、はい」


 早くも、やる気満々なのかな?

 しかし、寝起きとはいえ、早速僕もやる気に満ち溢れてきている。


「そしてボードゲームといえば、これよね」


「え?」


 言いながら、絵里さんは大きな丸い箱に入ったそれを同じくテーブルの上に置いた。

 箱には見たことのあるロゴが載ってあった。

 これって、ピザ?


「こういうのを食べながら、楽しむのが1番よね」


「わざわざ頼んでくれたんですか?」


「まぁね。さ、寝起きであまり食べられないかもしれないけど、やりましょう。ジュースもたっぷりあるからね」


 もしかして、僕が寝てる間に楽しめるようにって買ってきてくれたのかな……

 もしそうならめちゃくちゃ嬉しいし、ありがたい。


 そうして、2人だけのゲーム大会が始まるのだった。












 ♦︎











「あ、また生まれる」


「ついに三人目だね、晶君……」


 そう言ってから、絵里さんが僕の右手をぎゅっと握る。

 その柔らかい感触に少し、いや、かなりドキッとしてしまう。


「私達の子供が三人も……」


「いや、絵里さんとの子供ではないんですけど……」


 敵対するプレイヤー同士だから、結婚なんてできないし、何より絵里さんとの子供なんて言われたら、その良からぬ想像しか出てこなくて、それを振り払うように高速で頭を横に振る。


「もう……私はいつでも準備万端だからね……♡?」


 絵里さんは怪しい顔を浮かべながら、持ってる札束の中からご祝儀を渡してきた。

 ちなみにご祝儀は1人、1000ドルと決まっている。


「それにしても、結婚もして、仕事も順調に出世していい人生よね」


「そうですね。資産もあるし、順風満帆な人生だと思います」


 これがリアルならまさしくこの人生は大成功だと言えるだろう。そんな人生を送りたいもんだ。


「でも、まだ何が起こるかわからないのが人生……」


 しかし、絵里さんはやけに意味深なセリフを呟いた。


「さて、ご祝儀も渡し終わったし、次は私ね」


 言って、絵里さんはルーレットを勢いよく回す。むしろ、勢いよすぎてたまにルーレットが円盤から外れることもある。


「5ね」


 ルーレットが止まり、止まった数字を口にしながら絵里さんがコマを進める。


「あ、離婚マスだ」


「え……?」


 このゲームで聞いたことのないような単語を聞き、思わず、耳を疑ってしまう。離婚……?


「えーと、このマスに止まると好きなプレイヤー一人を選び、もしそのプレイヤーが結婚しているのなら、離婚させることができる。また子供がいた場合、子供一人につき、2万ドル、裁判所に払う。だって」


 書かれているマスの文章を読み終えた絵里さんが僕の顔を見る。

 その瞬間、絵里さんの口元がにやっとつり上がったような気がした。


「え…-…こんなゲスいマス、このゲームにありましたっけ……」


 昔、遊んだ時はこんなマスなかったと思うけど……


「あー、実はこれ、新装版なのよ」


「新装……?!」


「だから、言ったでしょ。人生は何が起こるかわからないって」


「そんな……子供一人につき、2万ドルって。合計6万ドル……」


 手持ちの札を数えてみるが、6000ドルほどしかなかった。圧倒的に足らないぞ……


「支払えない場合は約束手形を発行するか、所有している土地を売らないとね」


 絵里さんはそう説明してくる。


「あー……せっかく土地もあって1位だったのに……」


 がっくりと肩を落とし、所有していた土地を売ることにした。

 結局、このマスの一件で僕の人生は終わりを告げ、そのままゲームに負けるのであった。

 これが現実にならないことを祈るよ……

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