ワキワキ

 夕方の5時頃。

 僕達はタクシーに送られ、マンションまで帰ってきた。

 夕方といえど、もう夏は目の前の季節。

 まだまだ陽が落ちるのは時間がかかりそうだった。


 そして、タクシーを降り、エントランスを抜け、エレベーターで上がっていく。

 エレベーターを降りてから、部屋に向かうまで外の景色が一望できたので、相変わらず、夢みたいな所にいるんだなと、しみじみ思ってしまう。


「あー、今日は一日、動いたからなんだか疲れちゃったわね」


 部屋のリビングに入った瞬間、絵里さんはソファに、ぼふっともたれかかった。


「そうですね……」


 そして僕も満腹感と疲労感からか、どっと眠気が襲ってきたので、口元を抑えながら、椅子に座りつつ、あくびをする。


「晩ご飯はまだ先になりそうだし、少し寝てきたら?疲れちゃったでしょ」


顔だけ、こちらに向けて絵里さんはそう言った。


「はい……じゃあ、お言葉に甘えて寝てきます……」


 椅子から立ち上がり、フラフラとした足取りでリビングを出て、僕は最初にいた部屋に戻っていった。

 そして、布団に入り、目を瞑った途端、あっという間に僕の意識は暗闇に落ちていくのだった。


「ふふ、かわいい寝顔しちゃって……」


 夢の中でオオカミが子羊を狙うような視線を感じながら……













 ♦︎













「おはようございます……」


 目を擦りながら、リビングへとやってくる。

 今、何時なんだろう……

 時計も携帯もないから、時間がわからない。

 外が真っ暗になっているのはわかったけど……

 それにしても、変な夢見たな……

 オオカミが僕のことを狙っている夢なんて……

しかも、襲うのではなく、こちらをずっと眺めているだけの夢だった。


「あら、お目覚め?ゆっくり寝れた?」


 リビングにやってきた僕を見て、ノートパソコンを操作していた絵里さんが目をこちらに向けながら、言う。


「はい、おかげさまで……って、今9時!?」


 リビングにかかってある時計を見て、僕は思わず、大声を上げてしまった。

 4時間近くも寝てたのか……


「よほど疲れてたみたいね」


 苦笑しつつ、絵里さんはノートパソコンを閉じた。


「すいません……こんなに寝てしまって……」


「いいのよ、別に。私も堪能できたから」


 少し頬を赤らめながら、絵里さんはそう言った。


「堪能?」


「ううん。こっちの話。それより、晩ご飯はどうする?何か食べたいものある?」


「あー、いや、実はまだ全然お腹空いてなくて……」


 ハンバーガーに続いてケーキもたらふくご馳走になったからな……

 しかし、久しぶりにこんな満腹感を味わった。

 ここしばらくお腹いっぱいになるまで、ご飯を食べることなんてなかったから、まるでその分を取り戻そうとしているみたいだった。

 でも、この調子で食べ続けたら確実に太るだろうし、気をつけないとな……


「そうよね。それじゃあ、今のうちにお風呂に入ってきたら?朝も入ったから、面倒かもしれないけど。きっとさっぱりするはずよ」


「……一緒に入ったりしませんよね……?」


「え、全身洗い込むつもりだったけど……?」


「やめてください!」


 手をワキワキさせるな!

 良からぬことしか企んでないじゃないか!


「相変わらずピュアなんだからぁ。こっちはいつでも準備万端だからね♪」


 ウインクしながら、絵里さんはワキワキしていた手を戻した。


「……」


 なんて返事したら良いかわからず、僕はそのままリビングを出て、今日買ってもらった服と下着を手に取った後、風呂場へと向かった。

 本当に入ってこないよね……?

 少し不安に駆られつつ、服を脱ぎ、浴槽へと入る。


 ああ……まだ2回目だけど、やっぱりこの広さはすごいよな……

 浴槽に浸かりつつ、そんなことを思う。

 あー、いい気分だ……


 心地よい気分のまま、僕はついつい長風呂してしまうのだった。

 今回は絵里さんは来なかった。

 何回か風呂場のドアが開くことはあって、「くっ!生き地獄!!」と血で霞んだ声が聞こえてきたけど……

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