同級生
「それじゃ、私はここで待ってるから」
「はい」
タクシーをアパートの前に止めてもらい、荷物を取りに行くだけなので、僕だけ降りる。
そして、アパートの階段を上がり、ボロボロで色の剥がれた一番端のドアを開け、中に入る。
数日前に出て行ったきりだったが、何も変わっていない。まぁ当たり前といえば、当たり前なのだが。
家具と呼ばれるものはほとんどなく、衣服が数枚と高校で使う制服に教科書、それと食器がいくつか置いてあるくらいだった。
借金を返すために家具は売り払ったもんな。
月2万のボロアパート。築40年、広さは6畳一間。
トイレは共同。風呂はなし。
いっつもバイトで疲れて、雑魚寝してたっけ。
それが今日はふかふかのベッドで寝てたんだからな。
全く、びっくりしちゃうよね。
僕は1人でおかしくなり、笑いつつ、制服と教科書をカバンに詰め、アパートから出た。
アパートの解約の手続きしとかないとな。
あ、でも借主は父さんだから、僕が言ってもダメなのかな……
しかし、銀行口座に家賃を払えるだけの蓄えもないし……うーん、後で絵里さんに相談してみるか。
そんなことを考え、アパートの階段を降りていると。
「晶!?」
聞き覚えのある声が離れたところから、聞こえてきた。
「晶じゃん!よかった……!家に来ても全然出ないから、何かあったんじゃないかって、不安だったんだけど……無事なのね!?」
そして、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、うん。何ともないよ。心配かけてごめん」
「ほんとよ、バカァ……」
言って、涙を拭いながら、軽く僕の胸を小突いてくる。
今、僕の目の前にいるのは、田中
中学からの同級生であり、高校も一緒だ。
眉毛にかかるぐらいに揃えられた前髪と、肩まで伸びたサラサラなストレートヘア。
少年時代に誰もが思い描いた“美少女”の理想形を、ここまで完璧に体現してしまう逸材というのがもっぱらの評判。まぁ僕からみてもかなりかわいい女の子である。
有彩は友達の中で唯一、僕の家庭事情を知っている。
家が近所で中学生の時はよく一緒に帰っていたのだが、家の前に街金の人間がいるのを見られてしまって、それでわけを話したのである。それを知っても有彩は僕と距離を開けるなんてことはなく、むしろ、何かと気にかけてくれていたのだ。
女の子なのに、1番友情を感じる人物であり、僕も心の底から信用している人物だ。
「あ、学校もさ、もう少ししたら通えそうなんだ。だから、ここに教科書取りにきてたんだよ」
「本当に!?やったー……って、取りにきたってどういうこと?ここで暮らすんじゃないの?」
「え、あー……」
ううん、困った。
絵里さんのことをなんて言おうか。
いきなり現れたお姉さんに借金返してもらって、一緒に住むんだー。なんて言ったら、絶対ややこしいことになるし、そうだな……
「し、親戚の人の家に住めることになったんだ。ほら、あそこにタクシー止まってるでしょ?あの中にいる人だよ」
「親戚の人……ね。ふーん……まぁ何にせよ、よかったわ!」
「っていうかさ、今、学校の時間だよね?サボったの?」
現に有彩は制服ではなく、私服を着ていた。
ミニスカートにラフなシャツ。おまけにポーチを斜め掛け。出るところはしっかり出ている。中々の破壊力だ。目のやり場に困る。
「晶を探すためにサボったの!」
「あー、そっか、ごめん……」
原因、僕なのかよ……と思いつつ、謝る。
「はぁー、なんか安心したらお腹空いてきちゃった。私、帰るね」
「あ、うん。ありがとうね。じゃあまた学校で」
「うん、バイバイ」
そうして、僕と有紗は別れ、タクシーに戻った。
「お待たせしました」
「さっき、喋ってた子、誰?」
「あ、同じクラスの女子ですよ。心配して、家まで来てくれて」
「スマホとかで連絡してないの?」
「あ、僕、スマホ持ってないんです……お金なかったし」
「え、そうだったの?じゃあ、帰ったら私の携帯あげるわね。ないと不便だろうし」
「え、それはありがとうございます」
念願のスマホデビューだ。
しかし、他人のだからな……
あまり変なことはしないようにしよう。
「にしても、あの女の子……狙ってるわね……」
「え、何をですか?」
「ううん、こっちの話。それじゃ、出発して下さい」
ジッと窓から外に目をやったかと思うと、絵里さんはいつもの様子に戻った。
「……?」
狙うって、一体何を?
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