祈り

「タッ!」

先に動いたのは、ソルだった。彼は空中に飛びあがる。少しでも地上の被害を減らすことを考えたためだった。

そんな彼の背後から、おびただしい数の細長い光線が尾を引いて迫りくる。

右。左。それに上下。彼はその間をすべてすり抜け、地上より40メートルほどの地点で静止、アイアンスのほうを向くと、警戒態勢をとる。

しばしのにらみ合いが続く。


(どうにかして、元に戻せないのか!?)

その中でも、アサヒはヌシ様を救う方法を考えていた。

《沈静化のための技なら、ある》

(ホントか!)

その言葉はまさに、渡りに船だった。しかし。

《だが、今は使えない……太陽の光を直接浴びていなければ、その技は使えない》

《その上、射程距離も短い。例え雲を抜けても、今度は届かない》

(まじかよ、じゃあどうすりゃ……うぉっ!)

二人の問答を遮るように、光弾が彼らに迫る。それを殴りつけてかき消すソル。

直後、何かを思いついたようにソルがつぶやいた。

《そうだ、この雲を吹き飛ばせば、あるいは……》

(雲を?)

《ああ。プロミネンスストライクの出力をあげれば、この雲に穴を開けられる》

(なら、早速……!)

ソルは上を向き、『プロミネンスストライク』の構えをとる――しかし。

《っ、いかん!》


「ウアァッ!」

警告とほぼ同時に、光弾がソルに命中してしまった。うめき声をあげ、少しよろめく。

「ハッ!」

続けざまに背びれから放たれた帯状の光線を目にした彼は、すぐに体勢を立て直し、両手を突き出して前面にバリアを展開。攻撃をしのぐ。

しかし。

「グッ!?」

彼の背中に、強い衝撃が走った。なんと、光線のうちのいくつかが歪曲、方向を変えて背に直撃したのだ。

一瞬力が抜け、バリアが解除される。

「ウアッ!」

その隙を、アイアンスは見逃さなかった。今度は尾から光線を放つ。

それはソルに命中すると、まるでロープのように彼の体を縛り上げる。そしてアイアンスが尾をくい、と水面に叩きつけるように動かすと、ソルの体は勢いよく水中へと突っ込んだ。


「ウゥ……」

水底でしたたかに全身を打ち、ふらつくソル。彼の体は、依然縛られたまま。

だが、休んでいる暇はない。今度は横方向に、強い力で引っ張られる。アイアンスが高速で水中を移動し始めたのだ。


「グッ!アァッ!」

アイアンスは何度も、何度もターンし、遠心力でソルの体を岩場へ打ち付ける。そして十数回ほどそれを繰り返した、そんな時だった――


ピシュンッ!


突如光の縄が火花をあげ、立ち切れたのだ。想定外の出来事にたじろく両者。


(攻撃……?いったい誰が)

《チャンスだ、アサヒ!一気に浮上するんだ!》

(あ、ああ!)

ソルの声で我に返った彼は、全身に力を込めて体の周りの縄を引きちぎり、飛び立つ。

続いてアイアンスも我に返ると、それを追って浮上する。


ザバァ!先に水中から脱したソルは、急いで空高くへと舞い上がる。

しかし敵もまた水中から顔を出し、光弾を発射せんとしていた。


(くそっ、このままじゃ!)

アサヒが毒づく。

(……ん?)

その瞬間、彼の耳が、とある音を拾う。


「~~~♪」

(《ユウナ……!》)

それは唄声だった。なんとユウナが、危険も顧みずに唄っているではないか。

それに反応し、アイアンスの目線は彼女のほうを向く。そして口を開き、光弾を放とうとする――が。

(お願い、ヌシ様……!)


彼女の祈りは、確かに届いた。

攻撃が放たれることはなかった。発射の寸前、アイアンスが突如としてもがきだしたのだ。

まるで、何かと戦っているかのように――


《……そうか》

(ああ)

その様子に、二人は確信めいたものを感じた。彼もまた、戦っているのだ。己を支配せんとする悪夢と――


(急ごう、ソル)

《ああ、アサヒ!》

そう言って彼らは呼吸を合わせ、力を溜める。そして腕を『L』の字に組み合わせ、

(《プロミネンス……ストラァーーイクッ!》)

「トアァァーッ!」

天に向け、黄金の光線を解き放った。分厚い雨雲を吹き飛ばし、太陽の光が差し込んだ。


《よし、これなら!》

その輝きを全身に受け、ソルの体は淡く光を帯びる。そしてアイアンスの眼前まで移動すると――


(《シャイニーコンフォート……!》)

緩やかな動きの後に、右手のひらから優しい波動を放った。


「グオォォ……」

それがアイアンスの全身を包み込むと、全身の鎧が火花と電流をあげ、次々に外れ落ちてゆく。

「ヌシ様……っ!」

それを見たユウナは一気に全身から力が抜け、へたり込んでしまった。

その顔には、涙の跡がはっきりと見えた。

ソルはそんな彼女の顔を見つめながら、ゆっくりと頷く。

「終わったよ」、と――


いつしか、空には大きな虹がかかっていた。



「また、旅に出られるんですね」

「ええ。俺には、いや俺達には、やることがありますから」


――それから数日後の朝。アサヒは身支度を済ませ、今まさに発とうとしていた。


「アサヒさん!」

ユウナが前に飛び出し、言った。


「ありがとう!」

彼女はアサヒに抱き着くと、嬉し涙を流した。

そんな彼女の頭を、何も言わずにアサヒは撫でた。

こちらこそ、ありがとう。そんな思いを込めながら――



「気を付けるんだよーー!」

「もうお金、無くさないでくださいねーー!」

そんな見送りの言葉を聞きながら、アサヒは去っていった。


この世界に、間違いなく奴らは潜んでいる。

あんな奴らに、誰の命も、笑顔も奪わせてたまるか。

改めて、誓いを胸に抱きながら――



――同時刻。切り立った崖の上から、そんな彼の姿を見つめる一つの視線があった。

それは少し長めの黒髪にロングコートを纏った、蒼い目の若い男だった。


「ふん。相変わらず、甘い奴だ……ソル」

そうとだけ呟くと彼は振り向き、歩き去る。


果たして、この男はいったい何者なのか――

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