その頃テルロは 第六話
アスターの名誉は大分改善された。
流石に迷惑を掛けた貴族家にまでそれは求められないが、それでも「子供のした事だし、最終的には大事にならなかったから」と多めに見て貰えたのだ。
一度受けた罰を撤回は出来ないが、そもそも今のアスターはそれを望むまい。
このまま平民として穏やかに生きてくれれば良い。
「本当に良いのか」
「勿論です。初めからそれが私の願いだったのですから」
今、私は騎士団の皆や多くの貴族に惜しまれている。
実績を付け過ぎたな。
しかし今は平民とはいえ、名誉を回復したアスターに護衛を付けない訳にはいかなくなった。
子を残す事は出来ないとはいえ、その体には確かに尊き陛下の血が流れているのだから。
そのまま監視役を交代制の護衛とすると議題に上がっていたのを、私を専属騎士として貰える様説得を重ねた。
私の願いは正にそれだったのだから。
もう、アスターを独り放り出す事はしない。最後まで共に居て、教え導ける者であろう。今度こそあの時の誓いを果たす。
恐らくアスターは忘れているだろうあの日の記憶。
貴族社会の醜さに腐っていた私に、騎士として頑張る力を下さった幼いアスター。
私達は一度邂逅を果たしているのだ。大した出会いではない。寧ろ私にとってはまだ青かった時代の恥ずかしい一幕だ。
あれは騎士になりたての頃だった。
任務で大怪我を負った俺は、同じく怪我を負って呻く先輩騎士に押しのけられ、医師の診察を後回しにされた。
医師もいつもの事なのか、立場ある貴族の出の先輩騎士達を優先して診ている。
国民を守る為に力ある騎士を早く治すのはわかる。しかし俺を押しのけた騎士は家柄だけの男だった。
城の騎士団もそんな連中ばかりかと、腐っていた俺は、水場で自分で治療をしていた。仕事柄多少の知識はある。順番を待つより確実に悪化は防げると思ったからだ。
しかしそこに現れたのがアスターだった。
まだ幼いアスターは私の怪我を見て目を見開き、次いで眉根を寄せて顰めた。
「こんなところでなにをしている。いきょくはあっちだぞ」
しかめ面で指をさされた方向は先程までいた場所だ。
「お目汚しをしまして申し訳ございません。その医局で診てもらえないから此処で治療をしています。他に近くに綺麗な水場が無いものですから」
不貞腐れていた俺はまだ殿下がお小さいにも関わらず、八つ当たりの様に吐き捨ててしまった。
直ぐにしまったと気付き平伏し謝罪しようと思った。
しかしそれは殿下が目の前でどっかと座られた事で出来なかった。
据わった目で見上げる目は、子供ながらにどこか怒りを感じた。
小さな声でぶつぶつと「おとなもいじめをするなんてなんてなさけないんだ」と言ったかと思うと、小さな手を俺に差し出して来た。
「ん。かしてみろ」
「……は?」
殿下が求められる事がわからず思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
怒られるかと思いきや、眉根を寄せた殿下は軽く手を振り、
「おれさまがやってやるといっているのだ。はやくよこせ」
と催促され唖然となった。
「い、いやっ。殿下の手を煩わせる訳にはっ」
事もあろうにこの国の王子に新人騎士なんかの手当てをさせた日には、明日には此処にいられなくなるかもしれない。
全力で固辞したにも関わらず、簡易治療キットを奪われ、結局最後までやって貰ってしまった。
子供のする事なので拙いものであったが、我が国の王子のその姿は、俺の心を動かすのに効果覿面だった。
「このご恩。必ずや騎士としてお返し致します」
「うむ。つよくなっておれさまをまもるたてとなるのだぞ」
その場で忠誠の姿勢を取る私に、アスターは快活に笑って頷き、その場を後にした。
その時の傷は結局跡に残ってしまったが、私にはとても誉れであり、誇りとなった。
必ずや立派な騎士となり、将来アスターが治めるであろう御代の礎になれればと願う。
今となってはそれは叶えられぬ願いとなったが、その時違った忠誠は私が自分の意思で決めたものだから。
せめて、最後まで貴方のお側に。
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