その頃テルロは 第二話

 アスターの先生として一般常識を教える様になって暫くが経った。

 気持ちを改めたアスターは本当に良く頑張っている。

 今日も今まで最も厭っていただろう汚く臭い仕事を弱音も吐かずにやっている。

 眉根を寄せて唸っているのは、まあ慣れていないと辛いものだし仕方がないだろう。


 「バクシー殿、アスターを受け入れて下さりありがとうございます」


 アスターの頑張りを微笑ましく見守りつつ、全てを聞いた上で雇ってくれた懐の深い男に頭を下げる。


 「よせやい。俺ぁ自分の目で見てこいつならって雇ったんだ。事情なんざ端から関係ねぇよ」


 ふんと胸を張って答えるバクシー殿は、照れくさそうに鼻を掻いた。

 とても気持ちの良い御仁だ。

 先生をするならば手本も見せねばと、アスターと同じ仕事をする事も快く了承してくれる。

 貴族界も皆バクシー殿の様なら良いのにな。

 そう思わずにはいられない位、貴族社会は人の皮を被った魑魅魍魎が跋扈しているのだ。そしてその被害を受けるのは何時だって子供達だ。

 アスターが傲岸不遜に育った経緯を思い、私は嘆かずにはいられなかった。


 バクシー殿の強い勧めもあって、住処をバクシー家の余っている部屋に移してからアスターは子供らしい穏やかな顔をする様になった。

 特にバクシー殿の末娘ニーナ嬢とは馬が合う様で、共にいる所を良く目にした。


 「ニーナ嬢と街へ買い出し?」


 その流れでどうやら誘われたらしい。

 何時もは私が常に側にいたが、そろそろ自立もしていかねばならないか。

 兄代わりだと懐くアスターが私の手を離れるのは寂しいが、それでは何時まで経っても成長はすまい。


 「わかりました。暗くなる前に帰ってくるのですよ」


 夜の街は危険だ。街灯があるとはいえ、薄暗い夜道は何が起こるかわからない。


 「わかった。ニーナを危険に晒す訳にはいかないからな」


 危険なのは街になれているニーナ嬢より、むしろアスターなのだが……。

 しかし人を心配出来る様になったのだと、成長振りに嬉しくなる。


 「そうですね。それと買い物は必ず所持金と良く相談してから」

 「うぐっ。わかっている。もうあの時の様な愚行は犯さない」


 みな迄言わなくとも、あの時の事は若干のトラウマとなって心に残っていた様だ。苦虫を噛み潰した様な顔に、思わず苦笑が漏れてしまった。

 アスターはそんな私にムスッとしたが何も言わずに視線を逸らした。どうやらバツが悪かっただけらしい。直ぐに自身も苦笑を滲ませると、「行って来る」とニーナ嬢と連れ立って外出した。


 「さて」

 「おう。やっぱ行くのか」

 「勿論です。私の本来の任務は監視役です。アスターの自主性を尊重したいが、任務を放り出す事は出来ません」

 「監視役……ねぇ。俺ぁまた心配で目を離せねぇんだと思ったんだがな?」


 バクシー殿は本当に人の本質を見抜くのが上手い。

 スッと表情を消した私に、「がっはっは!」と豪快に笑って背中を叩いた。

 

 「気配は消してけよ。ニーナは敏いからな。ちょっとやそっとな尾行じゃ直ぐバレるぜ」


 どんな娘だ。

 女性相手に何を言うんだと思ったが、バクシー殿の忠告に従ってついて行った結果。その情報は誇張ではないと身に染みて理解出来た。


 ニーナ嬢は強かった。

 悪漢に襲われたアスターを守ってみせたのだ。私が出る幕はまるで無かった。

 是非に騎士に推薦したい。

 ニーナ嬢だけが特別なのかと思ったが、どうやらニーナ嬢の友人の娘達も総じて皆強いらしい。というより貴族令嬢達が弱すぎただけなのだろうか?

 少しの戦慄が過ったが、アスターが女性に守られてばかりだと情けないと一念発起したので良しとしよう。 

 それより問題があった。

 アスターが外出する度に悪漢に襲われる様になったのだ。

 本来この街はここまで治安が悪くは無い。だからこそ陛下はこの街にアスターを放逐したのだから。

 これは何かある。そう気付いた私は、騎士仲間と渡りを付け、調査を開始した。 

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