その頃テルロは 第一話

 アスター殿下がやらかした。

 その知らせは瞬く間に城中に広がった。

 箝口令を布いた所で一度耳に入った情報は消える事は無い。皆口々に陰口を叩くのを目にした。

 耳に入る陰口はとても気分の良いものではなく、私に言わせれば子供相手に大の大人が何を言うのかと眉を顰める。

 失敗をしない子供はいないし、元よりやらかす前に殿下に近しい大人が諭し教え導くべきでは?

 そう思ったが俺は一介の騎士に過ぎない。そうそう立場ある方のお側に行けないと、見て見ぬ振りをした時点で同罪だろう。

 己の不甲斐なさを反省した私は、議題に上がっていた監視役に自ら志願した。

 こうして初日の監視役に選ばれた私は、平民となったアスターを連れて街に下りた。


 陛下がご用意くださった家は、平民としては立派な方で、陛下のご子息への愛が伺い知れた。

 被害を受けた貴族が大貴族でなければ、陛下はアスターを手元に残していた事だろう。貴族というのは厄介で面倒くさい存在だ。

 そんなせめてもの情けが伺いしれる家だが、城の暮らしになれたアスターは不服だと文句を垂れる。

 贅沢は一度身に着くと中々抜けないと聞く。暫くは言いたいだけ言わせておくしかないだろうと無心で聞いていた。

 そんな私も不服の一つだったのだろう。交代の騎士が来た時に私にした様に言いたい事を言った。

 しかし相手が悪かった。相手はアスターを悪し様に言っていた一人だったのだ。

 その者は平民となったアスターになら何をしても許されるとでも思ったのか、事もあろうに苛立ち任せにアスターを殴り飛ばした。

 呆気に取られたが彼のした事は騎士にあるまじき行為だ。直ぐ様城に使いを出し、引き返させた。

 他にも同じ事をする騎士がいるかもしれない。

 そう思った私は、信頼のおける仲間を見つけるまでは一人で監視の任に着く事にした。そして事が起こった後だったが故に、又陛下のたっての願いも有ってそれは叶えられた。


 明くる日。前日に何も食べていないアスターが腹を空かせて食事を求めた。

 しかし私は監視であり使用人ではない。自炊をしなければいけないと知ると愕然としていたが、何かを食べねば倒れてしまうだろう。一先ず街で安い食堂を探す事にした様だ。

 しかしそれが間違いだった。

 アスターは金銭感覚がまるで無かった。そして入った場所が悪かった。

 古めかしい飯屋だからと高を括った結果、まさかのドラゴン種の肉を出されて一気に所持金を減らしたのだ。

 窮地に立たされ恐怖したのか、しきりに城に帰りたがったが、勿論それは生涯叶えられる事は無い。その理由を教え諭すと、アスターはやっと自分のした事の重大さを理解してくれたようだ。

 横柄な態度は霧散し、代わりにどこか頼り気の無い子供の顔になった。

 後悔の念を滲ませ泣く姿に、私はここからが手の貸し所だと思った。

 後悔が出来たなら、次に繋ぐ事が出来る。


 今度こそ私はアスターの良き隣人となろう。




 しかしアスターに「父であったなら」と言われるとは……。まだ二十代なのでせめて兄と言って欲しかった。

 ……。そんなに老けて見えるのだろうか……?

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