最終話
リーンゴローンと街に鐘の音が鳴り響く。
晴れ渡った青空のもとで、「今日はこれから結婚式が行われますよ」という合図だ。
「ニーナ。準備は出来たか?」
花婿衣装に身を包んだ俺が、街外れにある教会の控え室のドアをコンコンと叩く。
「ど、どうだろ……え、えぇ~、何か変な気がするよ~」
扉越しにニーナの情け無い声が返ってきて、思わずクスリと苦笑が漏れた。
「あらあらまあ。大丈夫よ、とーっても綺麗な花嫁さんよ。私の自慢の娘だもの、ほら、しゃんと背を伸ばして」
「う、うぅ~……」
奥さん、いや、今日からは義母上となるんだな。義母上が穏やかな声でニーナの背中を押している。
それでも何処か納得がいかないのか、ニーナの唸りが止まらない。
「入るぞ」
「え!?ちょ、待って、まだ駄目ぇぇ!」
ニーナが悲痛の叫びを上げているが、構わずカチャリとドアを開けた。
「大丈夫だ。ニーナはかわ」
可愛いから。そう言おうと思った。しかしその姿を目にした俺は、途中で言葉を失ってしまった。
花嫁姿に身を包んだニーナ。
それはまるで天女が舞い降りた様で、両の目を目一杯まで見開き視線を逸らせなくなった。
「ほらぁ、やっぱり変なんだよー」
眉をへの字に曲げたニーナは、その顔を逸らしてしまった。
俺は一時でもその顔が見れない事が嫌で、直ぐさま近寄ると、ニーナの顎に手を掛け視線を合わせた。
「!?あ、アス……!」
「綺麗だ」
「へあ!?」
「こんなにも綺麗な人を俺は知らない」
「ふや!?」
「こんなにも美しい人と婚姻を結べるなんて、俺は世界一の幸せ者だ」
「ふにぁぁぁっっ!?」
ニーナが狼狽えているが、今は溢れる気持ちを口にするので精一杯だった。
何せ止める事が出来ないし、止めたくも無い。
この想いは全てニーナに伝えたかった。
真っ赤に茹らせ、フラリとよろけたニーナを抱き留めた。
「義母上。ニーナをこの世に産み、俺と引き合わせてくれた事を感謝致します」
「あらあらあらあら。まあまあまあまあ。うふふふふ」
俺の腕の中で大人しく体を熱くさせるニーナ。それを与えてくれた義母上に最上の敬意と御礼を申し上げる。
義母上はとっても嬉しそうに微笑み、俺とニーナを微笑ましく見守ってくれている。
「おーい、母ちゃん。そろそろ主役の準備は出来たか?」
俺がニーナを愛でていると、開いたドアからバクシーさんこと、義父上が顔を覗かせた。
「もうそんな時間か。ふむ、この愛らしい我が花嫁を人目に晒さねばならないのか。
嫌な様な、自慢したい様な。複雑な気持ちだ」
「がっはっは!なーに言ってんだ、俺の娘は何処に出しても自慢出来る自慢の娘ってもんだ」
流石に何人も娘を嫁に出した男は余裕がある。
しかも最後の娘は家に残って跡を継ぐから余計だろう。
俺は意を決してニーナの手を取った。
「行こう」
「うん」
度胸のあるニーナは、未だに顔は赤いが、それでもニコリと手を握り返してくれた。
手を繋いだ状態も嬉しくはあるが、
「ニーナ。手は添えるだけで大丈夫だ」
「うあ。」
思った以上に緊張していたようだ。
でもそれは俺も同じだ。
特に俺は駄目王子として皆に知れ渡っている。今でこそ今日集まってくれた人達には認めて貰えたが、それでも罪を犯し、子孫を残せなくなった負い目は一生拭えない。
だがそれを決して顔には出すまい。
俺を選んでくれたニーナの為にも。俺はこれから先、前を向いて生きる。
ニーナと二人、歩いて行く。
控え室を出て、入り口の大扉の前に立つ。
扉は二人の牧師の手でゆっくりと開けられ、中の様子が少しづつ見えてきた。
思ったよりも多くの人達が参列をしてくれている。これも一重に義父上と義母上とニーナの人徳だろう。
扉が完全に開き、俺とニーナは揃って一歩を踏み出す。
参列者達は一様に此方を見ている。
温かい目で迎え入れてくれる者。
悔しくてホゾを噛む男。
涙ぐみハンカチで顔を覆う者。
色々な人達が俺達を祝いに来てくれている。
俺は胸を張り、潤みそうになる涙腺をグッと堪える。
けれど折角堪えた涙腺が決壊するかと思う者がいた。
テルロだ!
一応監視役の騎士の人に招待状を託してはいたが、本当に来てくれるとは思わなかった。
テルロはハンカチで顔を覆う男の人の隣にいた。
俺の視線に気付くと緩く微笑みを返し、軽く手を振ってくれる。
ああ。可愛い花嫁が寄り添い、兄と慕う者が祝いに来てくれる。
潤み歪む視界を、しかし奥歯を噛み締め我慢した。我慢をしてキリッと前を見据える。
一歩を踏み締める足が力強く感じる。
思う者が側に居てくれるだけで、人はこれ程までに強くなれるのか。
前まで進み、宣誓をし、祝福を得る。
皆の前で口付けを交わした時は、恥じ入り照れるニーナが本当に可愛かった。
名残惜しく口を離した時に見た幸せそうなニーナの顔は、一生忘れないだろう。
参列者達に振り返る。
「!?!!?!」
声にならない驚きが、叫びとなって木霊しそうになるのを精神力で抑えた。
いや。だって。そりゃ。驚くだろ。
何でテルロの横に父上と母上がいるのだ!?
一国の国王夫妻が庶民の式場で何やってんの!?
っていうかさっき大泣きしてハンカチで顔を覆ってたの父上と母上だったのか!
変装してて周りは気付いてない様だが、見る人が見ればわかるからな!?
「アスター?」
顔面取り繕っていても、ニーナは俺の異変に気付いた。流石俺が愛している人だ。隠し事が出来ない。
しかもテルロも俺の異変に気付いて苦笑いをしている。流石俺の兄代わりだ。隠し事が出来ない。
「父上と、母上が」
声を潜めて伝えると、ニーナは視線だけを見ている方向へ合わせた。
「あの大泣きしている方達?」
あの付近で大泣きしているのは父上と母上だけだ。
「ああ」
それとわからない様に式の進行を続ける。
来た道を引き返し、ゆっくり歩を進めれば、近くで父上と母上が更に涙を溢れさせて目を真っ赤に晴らしているのがハッキリと見えた。
チラリとテルロを見ると悟りを開いた顔で首肯をした。いや、言いたい事がわからないから。
式場を出る直前に、入り口にいた義父上と義母上にテルロの確保をお願いした。あの二人ならきっと何とかしてくれるだろう。
「陛下と王妃様。来てくれたね」
「う゛。招待は、してなかったんだがな」
まさか国王夫妻を招くには警備が無いのは問題有り過ぎる。苦渋を示せばニーナはコロコロと笑い飛ばした。
「それなのに来てくれたって事は、お義父さんもお義母さんも、もの凄くアスターが大事で、大好きなんだって事だよね。
それってとっても嬉しくって幸せだね」
ニーナが太陽の様な笑顔で俺に笑い掛けてくれる。
「ああ。そうだな。俺は世界一の幸せ者だ」
それに俺も心からの笑顔で返した。
式場を出て、何処までも広がる青空の中。
俺とニーナは真っ直ぐ前を歩いて行く。
これまでも、これからも、人生という道を踏み締めて。
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