第十三話
俺がニーナと恋仲になって直ぐ、テルロは城に戻った。
あれから幾日か過ぎたが、今日も俺は与えられた部屋で一人で起きた。
窓を開けて外の空気を取り込む。
その先には小さく城が見えた。
「今頃騎士として活躍しているのかな」
それはとても喜ばしく、誇らしい事なのに、俺は素直に喜べていなかった。
瞑目して気持ちを切り替えた俺は、朝の支度をするべくキッチンへ向かった。途中で城から派遣された監視役の騎士が合流する。
テルロがいなくなったのと入れ替わりで、別の騎士が交代でやって来たんだ。騎士は三交代制でコロコロ変わっている。
幸いなのは俺を殴り飛ばした騎士はいないという事。
代わりにテルロみたいに気安い人もいない。皆黙して監視の任に就いている。
「テルロ……」
騎士を見る度に元気でやっているか気になるが、テルロは俺と違ってしっかりしているから大丈夫だろう。
「アスター君おはよう」
キッチンには既にニーナが起きて俺を待っていた。
最近はこうやって何時も俺に可愛く朝の挨拶をくれる。
「おはようニーナ。君は無しだろう?」
「あ。えへへー、つい。
アスター、必要な野菜有れば収穫してくるよ」
「そうだな……いや、確かまだ残ってる筈だから大丈夫だ」
「そう?それじゃあ料理手伝おうか?」
「気持ちだけ貰っておくよ」
チュっと軽くキスをして料理に取り掛かる。
背後では未だにキスに慣れないニーナがふにゃふにゃと顔を赤らめて悶えていた。可愛い。
癖で五人分の朝食を作ってしまったので、今日担当の騎士の人も招いて食事をした。食事に誘っても嫌がるかと思ったが、何故が小さくガッツポーズをして「是非」と即答してきた。
嫌がられなかったのは嬉しいが、それ程お腹が空いていたのだろうか。
毎日つい作り過ぎるから騎士達を誘っているが、皆一様にして同じ反応を返してくる。
もしかして朝の食事を貰えていないのだろうか。そうだとしたら父上にそれとなく進言したいが……、手紙位出させて貰えるだろうか?
農場での仕事も大分こなせる様になった。
時間が余った時は大抵ニーナとのデートを楽しんでいる。
思えば王子時代はこんなにのんびりと自由に過ごせる時が無かった。
それが今はこんなにも心穏やかでいられて、今迄迷惑を掛けてきた貴族達には申し訳なく思う位だ。
「ニーナ、今日は釣りに行ってみるか?」
「うん。魚屋のウオに教えて貰ったスポットに行こうよ」
ニーナは貴族令嬢と違い、やれ何処そこの庭園が良いだの、お茶会で会話を楽しむだのがない。それはそれで愛らしくは思っていたが、いざニーナと付き合い始めると、その思いは覆された。
ニーナはアクティブに動く女性だったからだ。
そしてその行動範囲は広く、俺に多くの楽しみを与えてくれた。釣りもその一つだ。
「今日こそ大物を釣ってやる」
「あははは!頑張れ!」
大物には何時も餌だけ取られて逃げられている。
何時も悔しい思いで歯噛みしていたが、今日こそはその身を胃袋に収めてくれるわっ。
因みに普通にカフェデートもする。毎日釣りばかりしてられないしな。そこに関してはニーナも女性らしく甘い物が好きな様だ。
「帰りは何時ものスイーツショップに寄ろう」
「ふわぁ、何買って帰ろ~」
寄ると言えばもう頭はスイーツでいっぱいの幸せそうな顔をする。
可愛いけど今日寄るのは予約していたからだ。俺は今からニーナがビックリして喜んでくれる姿を想像した。
ニーナは自分のことに関しては粗忽者で本当に可愛い。きっと今日が何の日かも忘れているんだろう。
毎日が穏やかに過ぎて行く。
ニーナとの愛も順調に育み、今日のニーナの誕生日を以って、二人とも結婚を許される歳となった。お陰で秋の収穫祭の頃に正式に夫婦になろうかとの話も出始めた。
とても嬉しい筈なのに、けれど俺は今ひとつ喜びきれないでいた。
「テルロにも祝って貰いたかったな」
今の幸せは全てテルロがもたらしてくれたものだ。
なのに。今、彼は近くにいない。
監視に来る騎士に聞けば、城で忙しくしているらしい。
健勝そうで安心はするが、けれどもやはり心には穴が出来、隙間風が寂しく吹き抜けていく。
「そうね。テルロさんはアスターのお兄さんみたいなものだものね」
「ああ……」
正直な話。血の繋がった父母よりも、血の繋がらないテルロの方が、絆は深く感じていた。
でもそれは俺の一方通行で、テルロは初めから城に雇われて俺の所に居ただけだったんだ。俺より命令を優先するのは当たり前の事だし、俺もそれで良いと思っている。
ただ、理解と、感情は、別物なだけなんだ。
「さあってと。今日の夜は張り切って作らないとな!」
「え?何々?今日何かあったっけ?」
「ははは!」
楽しい笑い声が風に乗って木々の合間を駆け抜けて行く。
ああ。今日もニーナが可愛くて幸せだ。
どうかテルロも幸せでありますように。
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