第三話

 「俺様はどうしたら良いのだ……」

 「働くしかないですね」


 自宅にて、残った銀貨と銅貨を広げて唸る俺様に、テルロの反応は冷たかった。

 働いた事など一度もないのに働けだと?怨みがましくテルロを睨み付ける。


 「ここで立ち尽くしていてもお金は増えませんよ」

 「何故だ!これ程の仕打ちをされる覚えは」

 「自覚なしですか。元ご婚約者様並びにその貴族家へ冤罪を掛けて下手をすればその命を奪っていたかもしれないのに」

 「そこまでのことはしていないだろう!精々没落して平民として這いつくばれとしか!」

 「同じ事をされてて文句言いますか。何より冤罪とはいえ王家に楯突いたものがその程度で済む方が稀ですよ。

下手すれば一家惨殺処刑です」


 !!?

 なん、だと?


 「俺様はそこまでは望んでいなかった!」

 「貴方の望みは関係無いのですよ。

 貴族社会は足の引っ張り合い、蹴落とし合いが日常的に起こり得る。貴方の行いは彼等に口実を与える事になるのですよ。最悪な形でね」


 そんな!

 俺様は……!俺様は……!


 「そ、そんな事知らなかった……!」

 「知っていないといけなかった。

 知らないでは済まないんですよ。

 第一それで命を失った者達に対して『知らなかったから許せ』と申されるおつもりですか?

 もしも私がそれを言われたら恨みは更に募るでしょう。

 何故なら貴方は私達を守る筈の王族だったのですから」


 ああ……。

 だから俺様はここにいるのか……。

 テルロの殺気の篭った目を見て、俺様は他者の感情というものを初めて認知した。

 それまでは俺様が全てで、それで終わりだったのだ。周りは俺様の為の道具でしかなく、そこに俺様の思い通りにならない感情がある事を考えもしなかった。


 「うっ、うぅ~っ……」


 俺様は初めて己というものに嫌悪を抱いた。

 膝を突き、過去の己を悔やみ、嗚咽を噛み殺して涙を流した。

 悔恨の涙を初めて経験した俺様……いや、俺などに様を付けるのも烏滸がましい。俺は過去行った、と言っても何が人々にとって良く無かったかは未だ分からないが、それでも心を痛めた者達に罪悪感でいっぱいになった。


 「まあ、とはいえ。

 これは私個人の私見ですが。貴方は子供です。子供は一人で育つ訳有りません。貴方をその様な者に育て、又貴方の行いに非を唱えなかった大人達こそ、真に裁かれるべき者達だと思います。

 貴方はただ、育てられ方を間違っただけに過ぎません。

 そして今、貴方は間違えに気付かれた。

 ならばここからやり直してみればよいのです。

 私はその為の力ならお貸ししましょう。私も又、子供を見守るべき大人の一員なのですから」


 テルロは出会ってから初めて、なんの嫌みもない優しい笑みを浮かべ、俺の手を取って立ち上がらせてくれた。

 思えば初めから無表情ではあっても、辛く当られたことは無かった。言われた事はきっと全て俺の為に言い聞かせてくれた事なのだろう。

 昔の癖が抜けない俺は、今はまだ素直に受け取る事が出来ていない。それでもテルロを好ましく思えた。


 「は。ははは。俺は、本当に何を見てきたのだろうな。

 テルロが父であったなら、もう少しマシな人間になれたのかな」

 「やめてください」


 自重気味にテルロの手を握り返し言った言葉は、しかし即座に間髪入れずに否定をされて今迄で一番傷付いた。

 顔に出ていたのだろう。テルロはバツが悪そうに視線を逸らした。


 「そんな大きな子がいる歳じゃないです。

 せめて兄位にしといてください」

 「は?」


 俺などに父と言われて怒ってるかと思いきや、拗ねていた様子に思わずポカンと口を開けた。


 「は、ははは。はははははっ」


 憮然とした顔で顔を背けたままのテルロに俺は次第に可笑しくなってきた。

 思わず腹を抱えて笑い声を上げてしまい、罪悪感を覚えた。

 でも止まらないんだ。

 止めたくても止まらない。

 どうしようかと思ったその時。


 「っふ。はは」


 テルロも釣られたのか笑い出した。

 俺の様に腹は抱えてないが、笑ってしまった事に「しまった」という顔をして口を隠してしまう。

 俺はそれが少し寂しかった。

 もっと笑って欲しいと思ったのだ。


 「そういう笑い方も出来たのですね。アスター」


 でも寂しさなんて吹き飛んだ。

 テルロが優しい顔で初めて俺の名前を呼んでくれたからだ。


 「テルロも。無表情じゃなかったんだな」

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