第二話
ぐうぅと腹が鳴る。
今迄感じた事のない空腹感に、俺様は倒れそうだ。
何か口に入れねば動けなくなるという恐怖から、一先ず街に出る事にした。
しかしこんなボロ布を纏わねばならぬとは……。
見た事も触った事もない飾り気のない布地。ゴワゴワしているし俺様の体に合わないサイズ感。
こんなボロ布を纏っているところなど知り合いになど見せられない。
しかし腹は減る。
俺様は周囲に知り合いがいないかビクビクと確認しながら用心深く街を歩いた。
「飯屋は……これか?何と古めかしい。
いや、しかしここならレストラン程金は必要あるまい」
暫く歩いたら街の中心手前で飯屋らしき建物を見つけて足を止めた。
汚らしいが背に腹は変えられん。
腹が減っている所為か回らない頭で、なんとかベルのなるドアを開けて入った。
中は外よりマシだったが、それでも城の生活に慣れた俺様には苦行の汚さに狭さだった。
適当に席に着けば太った女が紙切れを持ってやって来た。
「いらっしゃい。メニューが決まったら呼んどくれ」
「何でも良い。腹に溜まるものを持って来い」
メニューなど見ても俺様が望む物は何も無いだろうしな。
フンと鼻息を鳴らして女に言えば、女は片眉を上げて何も言わずに奥へと消えた。
腹がグウグウ鳴るの中、イライラした気持ちをテーブルをトントン叩いて誤魔化しながら待つ。
もう我慢出来ないと店主に文句を言おうとした頃合いにテーブルに食事が並んだ。
やはり見た事のない粗野な食べ物しかないな。
俺様は拒否反応を示す喉に無理矢理食事を掻き込んだ。
「……!」
美味い。
なんだコレは!?城の料理より美味いではないか!
塩の味がしっかり付いていて濃い。スープもなんて濃厚なんだ!
平民とは俺様より恵まれた食生活をしているではないか!
コレが安価に食べれるならレストランなど不要だな!はっはっは!
「美味い!美味いぞ!女!もっと持って来い!」
「良いけど金はあるのかい?」
俺様に向かって不敬にも胡乱な顔で嫌そうに聞いてくる女に、腹が立ちつつも飯が先だとテーブルに金貨が見える様に袋を乗せてやった。コレなら文句はあるまい。
案の定、女は急に態度を改めると、ヘコヘコしながら奥へと引っ込んで行った。
「金銭はそう易々と見せる物ではありません。街には盗っ人や詐欺師がいるのですよ」
テルロが苦言を呈して来たが、俺様の監視とはいえ城の兵士がいるのだ。何も危険など無いだろう。
そう高を括っていた俺様は、世の不条理を身を以て知る事になる。
「あいよ!お待たせしましたね!」
ドカドカと足音煩く女が大量の食事を運んで来た。
「!女将!これは作り過ぎです!」
それをテルロが制した。なんと余計な事を!
「お前は俺様の監視に過ぎないだろうが!余計な口出しをするな!」
「しかし!」
「でええい!五月蝿い五月さーい!食事位静かに取らせよ!」
尚も言い募ろうとしたテルロを制し、俺様は運ばれて来た食事に手を付けた。手さえ付けてしまえばどうしようもあるまい。
ほくそ笑む俺に、テルロは眉間に皺を寄せた。
表情を動かすところを初めて見た。その事に優越感が芽生える。
気分良く食事を終えた俺は、しかしまたしてもテルロに怒られた。
「出された物は最後まで食べないと勿体ないですよ。
残した分も代金は発生するのですから」
知るか!今迄だって残してきたんだ。何がいけないというのか理解に苦しむ。
大体こんな寂れた飯屋など食材を空にしてもお釣りが来るに決まっているのだ。
「女!幾らだ!」
テルロが煩わしくて苛立ち紛れにテーブルをドンと叩く。
「はい。全部で金貨二枚と銅貨八十枚です」
女が手を揉みながら気持ちの悪い笑みを浮かべて言ってきた。
その瞬間。俺様は息を飲んでしまった。なんなら命すら止まってしまった感覚を覚えた。
「な……?なに、を……?」
「金貨二枚と銅貨八十枚ですよ、お兄さん。
さあさあ払ってくださいな。払えるのでしょう?」
愕然とし、焦点の合わない目でなんとか女を見てると、女はズイズイと俺様に近寄り汚らしい手を突き出してきた。
そこへテルロが俺様の前に立ち、女との間に立った。俺様からは表情が見えない。
「お待ちなさい。流石に暴利過ぎます。この程度で金貨二枚は多過ぎでしょう。精々が銀貨二十枚程度。過度な金額を要求されるのは見過ごせませんよ」
「何言ってんだい。ソコの料理にはドラゴンの肉が使われてんだよ。寧ろ安いくらいさね。
疑うならまだ残ってるそいつを調べとくれ」
テルロが俺様を庇ってくれた。二度目だ。褒美など無いと知っていながら何故又しても俺様を助けるのだ?メリットなど何も無いではないか。
だが女も上手だった。
テルロの背で姿は見えないが、醜い顔をさぞ醜悪に歪ませている事だろう。
何故ならドラゴンの肉とは城でも中々出てこないレア食材だからだ。
俺様は本格的に恐れ慄いた。ドラゴンを倒せる者がこの寂れた飯屋にいるかもしれない。
そんな者が現れてしまうと、今や一人の俺様は簡単に捻り潰されてしまう!
「何を馬鹿な……これは!?
っく!確かにこれはドラゴン種の肉!何故これ程の肉がこの様な場所に……!」
戦々恐々とテルロの一挙手一投足を固唾を飲んで見守っていれば、初めこそ疑っていたテルロが驚愕に目を見開いた。そして悔しそうに唇を噛み締め、頭を抱えてしまった。
「ふふん。こういう店をしてるとね、入手ルートは出来るものなのさ。
さあさ!わかったのなら耳を揃えて出しとくれ!有るのはさっき見せてくれたからね!払えないなんて言わせないよ!」
「……仕方ありません。確かにドラゴン種の肉をこれ程使って金貨二枚なら安い位です。
お支払いするしかない様ですね」
救いは無かった!
なんという事だ!俺様の金がこんな簡単に底を付くなどと!
しかし落ちぶれたとしても俺様は王家の血を継ぐ矜恃が有る。高々金貨二枚を払えないなど、恥以外に無い。
仕方なく俺様は袋を女に差し出した。
「はいよ。毎度あり♪」
女から軽くなった袋を受け取った俺様は、先のない暗い未来に茫然自失と立ち尽くした。
「これから……どうしたら良いのだ……」
「だから申し上げたのに。自業自得ですからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます