第7話

コイツも、昔は普通の桜だったんだ。

春になったら花が咲くし、夏になったら葉を広げるし。

秋になったら紅葉して、冬になったら葉を落とす。

そんな、普通の桜だったんだ。

人間には見えないけれど、各季節にはそれぞれに、たくさんの精霊たちがいてね。それぞれが1つ1つの植物の元を訪れているんだけど。

桜は・・・というより、植物のほとんどは、春になったら春の精に恋をして、花を咲かせるんだよ。夏になったら、夏の精の力を借りて自分自身を成長させて、秋には、秋の精と一緒に、次の年の準備。冬には、冬の精の子守歌で眠りにつくんだ。

そして、春になるとまた目覚めて、春の精と恋をして花を咲かせる。

それが、植物と、季節の精霊たちとの決まり事。

でもね、ある年の春、コイツは本当に、心の底から春の精に恋をして・・・決まり事を破ってしまったんだ。

本当にその春の精のことが好きで、ずっとそばにいて欲しくて、コイツは春の精を引き留めてしまったんだ。

行かないでくれ。ここにいてくれ、って。

その春の精がコイツの事を好きだったかどうかは、わからない。

でも、とても優しい子だったから、春の精はそのままコイツのそばに留まってくれた。

本当は、夏の精と交替しなきゃいけないのに。

コイツはすごく嬉しくて、春を過ぎて、夏になっても、満開の花を咲かせ続けた。それどころか、秋になって、冬になってもずっと。

春の精も、コイツが引き留めるままに、ずっとコイツの側に居続けてくれた。

1年、2年・・・もう、何年もずっと。

コイツもずっと、満開の花を咲かせ続けた。

その頃からだよ、コイツが『万年桜』と呼ばれはじめたのは。

コイツはもう、有頂天だった。

嬉々として、花を咲かせ続けた。

でも、コイツはすっかり忘れてしまっていたんだ。

植物と季節の精霊たちとの決まり事を破り続けているってことを。

ある時突然、春の精がコイツの側から姿を消してしまった。

本当に突然だったから、コイツは驚いたし、すごく心配した。

でも、コイツは桜だから・・・植物だから、自分で動いて探しに行くことはできない。

大好きな春の精を失って、満開の花がすっかり散ってしまった頃。

次にやってきた夏の精が、あまりに落ち込んでいるコイツを可哀想に思って、コッソリ教えてくれた。

あの春の精は、四季の精の神の怒りに触れて、転生させられてしまったと。

コイツは自分を責めた。

ずっとずっと、責め続けた。

自分の我がままのせいで、大好きな春の精をひどいめにあわせてしまったのだから。

四季の精霊にとって、転生させられるというのは、消滅してしまうよりも苦しい罰なんだ。

今まで聞こえていた植物の声が、聞こえなくなってしまうのだから。

それ以来、コイツは心を閉じて、眠りについた。

新しい春の精が来ても、夏の精が来ても、秋の精が来ても、コイツは耳を傾けることなく、ただただじっと眠り続けていた。

冬が過ぎて、春になっても、花を咲かせることもなく、夏になっても葉を繁らせることもない。

枯れ木同然だった。

そんなコイツを目覚めさせたのは、人間の小さな女の子だった。

初めてその子の声を聞いた瞬間、コイツにはすぐにわかったんだ。

この子が、あの春の精の生まれ変わりだって。

コイツは一瞬、喜んだ。運命の巡り合わせに、感謝すらした。

でも、すぐに絶望的な気分になった。

なぜなら、コイツはその子の声を聞くことはできても、何を伝える術もないのだから。

だけど、その子は自分のことなど全く憶えてない、わからないはずなのに、毎日のように自分に会いに来てくれて、色々なことを話してくれる。

そんな毎日を送るうちに、コイツは、

【これが自分に与えられた罰なんだ】

と思うようになっていた。

だから、自分の声は伝えられなくても、彼女の声は全て受け止めようと決めたんだ。

そうしているうちに、忘れかけていた恋心がコイツの中に戻ってきて、気が付くと、小さな花がポツポツと咲いていた。

相変わらず、夏の精や秋の精・冬の精に耳を傾けることは無かったから、成長は止まったままだったし、枝だけ見ると枯れ木のようだったけれども、それでもコイツは、一生懸命花を咲かせ続けた。

そんなある日、コイツは彼女のとても強い悲しい想いを感じとった。

それまでだって、彼女がコイツの前で涙を流したことは何度かあったけれども、比べものにならないくらいの、悲しい想いだった。

それなのに、自分には聞いてあげることしかできない。

コイツは、自分自身がはがゆくて仕方がなかった。

桜である我が身を、これほど恨んだことはなかった。

せめて、彼女の心が癒える間だけでも、彼女と同じ姿形の生物になることができたら。

そう、強く・・・とても強く願った。

すると、不思議なことが起こったんだ。

願いが、叶ったんだ。

そしてコイツは、本当の意味で彼女と出会うことが出来た。

そう・・・やっとボクは、こうしてキミと出会うことができたんだよ、春香ちゃん。

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