第6話

(一年・・・経っちゃったんだなぁ・・・)

3月14日。

卒業式を終えた私は、卒業証書の入った筒を持ったまま、友達の誘いを断り、自宅に戻る母とも途中で別れて、万年桜の元へ向かった。

(去年は、先輩に振られちゃって、泣きそうになりながらこの道を歩いていたなぁ。)

まだ少し肌寒いけれど、季節はもう春。

途中の道では、所々で桜の蕾が膨らみはじめている。

去年は涙をこらえて歩いたこの道を、今年は不安を抱えて歩いていた。

今日こそは、会えるだろうか。

今日こそは、いてくれるだろうか。

今日こそは、来てくれるだろうか。

彼は・・・万年くんは。

卒業証書の入った筒を持つ手が、軽く汗ばんでいた。

急いで歩いてきたからなのか、それとも、不安からくる緊張の為なのか、私にはわからなかった。

(もし、いなかったら・・・もし、今日も来てくれなかったら・・・)

ぎゅっと、筒をにぎり直す。

その時のことを、私はもう決めていた。

忘れよう、彼のことは。

そしてもう、万年桜の所ヘは行かない。

万年桜に会えなくなるのは淋しいけれど、行けば絶対に私は、彼の姿を探してしまう。彼が来てくれるのを待ってしまう。

だから。

もし今日彼に会うことができなかったら、万年桜ともお別れしよう。

そう、決めていた。

期待を上回る不安のせいで、異様に高鳴る胸をおさえて、私は万年桜のいる丘をのぼり始めた。

そして。

「・・・・・・うわぁ・・・・。」

桜の姿を目にしたとたん、私の足はその場に止まってしまった。

万年桜は、溢れんばかりの花を、枝という枝にたわわに実らせていた。

満開の万年桜を見たのは、これが初めてだった。

「きれい・・・・。」

フラフラと、吸い寄せられるように、私は桜へと近づいた。

「すごい・・・キレイ・・・。」

万年桜じゃなくても、満開の桜は何度も見たことがあるはずなのに、そのどれよりも、満開の万年桜は私の心を震わせた。

「桜はね・・・恋をすると花が咲くんだよ。」

「・・・万年くん?」

「桜の木は、春の精に恋をして初めて、美しい花を咲かせることができるんだ。」

幹の影から、万年くんはゆっくりと近づいてきて、私の正面に立った。

「卒業おめでとう、春香ちゃん。」

そう言って笑った万年くんは、もうすっかり元気になったように見えた。

「ありがとう。」

私も、自然と笑顔になっていた。

本当は、色々と聞きたい事がたくさんあった。

どうしてずっとここへ来てくれなかったのか。

あの時迷っていたことの答えを出すことはできたのか。

でも、彼に会えただけで、私は純粋に嬉しくて。

それだけで、十分だった。

いつも通り、並んで立ち、幹に背中を預ける。

ただ、いつもと違ったのは、万年桜が満開だったことと、私より先に万年くんが口を開いたことだった。

「春香ちゃんは、この桜が何で『万年桜』って呼ばれているか、知ってる?」

「うん。ここ15.6年は、いつでも花がポツポツ咲いているから、でしょ?その前までは、春になっても花が咲いたことがないから、だよね?」

「そう・・・・でも、そのもっと前から、コイツは『万年桜』ってよばれていたんだよ。」

「え?」

「その時のコイツは、一年中満開の花を咲かせていたんだ。・・・ちょうど、こんな風にね。」

万年くんは、じっと桜の木を見上げていた。

その目は花いっぱいの枝を見ているようで・・・もっと遠くのものを眺めているようにも見えた。

「春香ちゃん。ボクの話を聞いてもらえるかな?」

そう言って、彼は私を見た。

とても、真剣な顔で。

「ずっと、迷ってた。話そうか、やめようか。でもあの時、キミが背中を押してくれたから、ボクは決心できたんだ。だから、今日はボクの話を聞いてほしい。」

「もちろん。喜んで聞かせてもらうよ。」

私が大きく頷くと、彼はホッとしたように少しだけ笑ったけれども、すぐに真顔に戻って続ける。

「とても、大事な話なんだ。だから、誰にも言っちゃダメだよ。」

「だいじょうぶ。誰にも言わないから。」

言いながら、私は奇妙なデジャヴを感じていた。

けれども、やがて語りはじめられた彼の話に耳を傾けている内に、頭の片隅に追いやられてしまった。

彼が、静かに話し始めたのは、私が毎日のように会いに来ている、そして今背中を預けている、この『万年桜』の話だった。

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