第3話
私が彼と2回目に会ったのは、3年生になった始業式の日の帰りだった。
(あ・・・いた!)
先輩の卒業式の日以来、万年桜にはずっと通っていたのに全く会えなくて、ちょうど諦めかけていた頃で、彼の姿を見つけた時は、口から心臓が飛び出しそうだった。
桜の幹に身をもたせかけて立っていた彼は、目を閉じていたのだけれども、気配を察したのか、私が声をかけるより先に目を開けた。
「こんにちは、春香ちゃん」
「こんにちは。」
思ったより緊張していない自分に驚きながらも、私は彼に近づき、隣に並んで幹に背中を預ける。
「今日は、何の報告をしに来たの?」
「え?」
隣に並んだままの状態で、突然聞こえた彼の言葉が、私には一瞬理解できなかった。
「『えっ?』って・・・」
幹から体を浮かせ、彼は目を丸くして私を見る。
「コイツに、何か報告があって来たんじゃないの?」
彼の右手が、幹を軽くたたくのを見て、私はやっと彼の質問の意味を理解した。
確かに、私は万年桜に、始業式とクラス替えのお話をしに来たのだった。
校長の話が相変わらず長かったことや、仲良しのお友達とクラスが別れてしまったこと。そして、先輩のいない学校は、やっぱり少し寂しく感じると・・・。
でも、彼の姿を見た瞬間に、頭の中から消えてしまっていた。
「それとも・・・ボクに会いに来てくれたのかな?」
笑いながら、彼がウィンクをする。
たぶん今、顔真っ赤になってるんだろうな・・・なんて思いながら、私はうつむいて答えた。
「両方。」
「そっか・・・嬉しいな。」
コッソリ隣を盗み見ると、彼は笑顔で桜の木を見上げていた。
「ねぇ。」
「なに?」
桜の木を見上げたままの状態で目を閉じて、彼は言った。
「報告、しなよ、コイツに。コイツもきっと、春香ちゃんの報告、待ってたんじゃないかな。」
「え・・・でも・・・。」
「だいじょうぶ。誰にも言わないから。」
隣の彼は、じっと目を閉じたまま。
ちゃんと息してるのかなって、心配になるくらい、微動だにしない。
目を閉じてみると、まるでそこには、桜の木と私しかいないような感じさえした。
「・・・あのね。今日、始業式だったの。それでね・・・」
いつものように、私は桜の木に語りかけた。
今日あった事。感じた事。
心に思う事を、全部。
・・・隣にいる彼の事だけは、除いて。
「報告、終わったよ。」
「・・・うん。」
ふぅっと息を吐いて目を開け、彼は私を見て笑った。
「今日も色々あったんだね。」
幹から体を起こして、彼は空を見る。
「あぁ、もうだいぶ暗くなってきたな・・・春香ちゃんの話を聞いてると楽しくて、いつもあっという間に時間が過ぎちゃうよ。」
本当に楽しそうに笑う彼の笑顔に、一瞬嬉しくなってしまったけれど。
(・・・ん?いつも・・・?)
「いつも聞いてたの?」
「えっ?・・・・あっ。」
しまった!
とでも言うように、彼は目と口をめいっぱい開いたあと、慌てて口を片手で覆ってソッポを向いた。
「もう・・・。」
文句を言おうとする私に、彼は両手を合わせて拝むように、私に頭を下げた。
「ゴメン、ゴメンね、違うんだ、そんなつもりじゃ・・・。」
彼は、本当に真剣に謝っていて。
私は、そんな彼の姿に、文句を言う気も失せて、思わず笑ってしまっていた。
「・・・・春香ちゃん?」
「もう、いいよ。」
「ホント?」
「うん。その代わり・・・」
「・・・・なに?」
ちょっと警戒するように、上目づかいに彼は私を見る。
その姿がまたおかしくて、私は笑いながら言った。
「今度はあなたのお話を聞かせて。」
「・・・・ボクの?」
警戒顔が、困ったような顔に変わる。
「うん。名前とか・・・まだ聞いてないし。」
「そっか・・・そうだよね、うん・・・。」
うんうん、と小さく頷いて、彼は桜の木を見上げる。
しばらくそうしていてから、彼は大きく息をついて、言った。
「この桜、何て呼ばれてるか、知ってる?」
「え?・・・万年桜、だよね?」
「そ。ボクの名前と一緒。」
「えっ?マンネン・・・・?」
「まさか。」
クスクス笑って、彼は言った。
「万年、て書いて、カズトシ。姓は桜に木。桜木万年っていうんだ。」
思わず、私は桜の木と彼とを交互に見比べていた。
(桜・木・万・年、なんて・・・キーワード全部一緒!?)
「もしかして・・・だからこの桜に親近感持ってるとか・・・?」
「うん、そんなところ。」
ニッと笑って、彼は桜から一歩離れ、私を見た。
「もう遅いから、今日はここまで。」
「うん、そうだね。」
いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていて、風も冷たくなっている。
「また、あなたの・・・万年くんのお話、聞かせてね。」
「うん。じゃ、またね。春香ちゃん。」
軽く手を振って、彼は私の帰り道とは逆方向に歩き出す。
私も、その背中に小さく手を振り返して、帰途についた。
(またね、万年くん。)
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