第2話

「あ・・・。」

思わず声をあげてしまってから、あわてて口を押さえた私を見て、その男の子は少しだけ笑った。

(・・・・あれ?)

確かに・・・絶対に、見た事のない男の子だった。

知っているはず、無いのに。

でも何故か、私はその男の子を知っているような感じがした。

それも、ずっと前から。

(誰、だろう・・・?知らないよねぇ、私・・・)

「コイツに、用?」

いつの間にかボーッと立ちつくしたまま、記憶をたぐっていた私は、彼の声に我に返った。

「え?」

彼は、コンコンと、右手で軽く桜の幹を叩きながら言った。

「いつも、コイツと話してるでしょ。」

「えっ・・・えーっ!」

カァッと、一気に頬が熱を持ったのがわかった。

(ウ・ソ・・・見られてたっ!?)

恥ずかしくて、男の子の顔をまともに見る事ができなかった。

(ヤダっ、はずかし・・・・)

そのまま方向転換して、走り出そうとした時。

「待ってっ!」

足音が近づいてきて、すぐに腕がつかまれた。

「ゴメン、驚かせちゃって。」

私の目の前で、男の子は頭を下げた。

「え・・・いや、あの・・・」

「ゴメンね、キミのこと驚かせるつもりじゃなかったんだけど、つい・・・キミと話がしてみたいなって、ずっと思ってたんだ、ボク。」

言いながら、私の腕を離して頭を上げた男の子は、何だか照れたように笑っていた。

(あ・・・)

胸の中で、音がした。

少女マンガのように、キュンッ、て。

(あれ、私・・・?)

「ねぇ、また会ってくれるかな?」

「・・・うん。」

男の子の真っすぐな瞳に圧倒されそうだった。

でも、そんな感じが、とても心地がいい気がした。

「じゃ、またね、春香ちゃん。」

「うん・・・えっ!」

(何で名前知ってるのっ!?)

たぶん、私はものすごく驚いた顔をしていたんだと思う。

帰りかけた男の子は振り返って、笑いながら私の鞄を指した。

鞄には、校則に従って、端の方に確かに黒のペンできっちりと、私の名前が書かれている。

「あ・・・そっか。」

再び視線を戻した時。

男の子の姿は、もう見えなくなっていた。

(・・・・名前!聞いてない!)

慌てて追いかけてはみたけれど、男の子の姿はもう、どこにも見えなかった。

私は、諦めて桜の元に戻り、幹の根本に背を預けて座り込んだ。

そして、いつものように、桜の木に話しかける。

「あのね・・・今日本当は、ここで思い切り泣こうと思ってたの。」

見上げると、春だというのに、咲いている花はほんのわずか。

でも、いつもよりは少し、多い気もした。

「いつも話してた先輩にね、思い切って告白したのに・・・振られちゃったんだ。だから、すごく悲しくて泣こうと思ってたの。ここまで我慢して、ここで思い切り泣こうと思ってたのに。」

ほんの1時間ほど前のこと。

思い出すとやっぱり、胸が痛かったけれど。

もう、涙は出てきそうになかった。

不思議なほどに、私の心は安らいでいた。

心地よさに目を閉じると、脳裏に浮かんだのは、さっきの男の子の照れたような笑顔。

「名前聞くの忘れちゃったけど・・・また、会えるよね。」

頬に何か触れたような気がして目を開けると、花びらが1枚くっついていた。

とてもきれいな、薄紅色の花びら。

「私・・・恋、しちゃったのかな。」

また、頬に花びらが降ってきた。

「失恋したばっかりなのに、ね。」

降ってきた花びらをティッシュにくるんでポケットにしまい、私は幹伝いに立ち上がった。

ずいぶん長い時間を桜の根本で過ごしていたようで、いつの間にか風が冷たくなっていた。

「じゃ・・・また来るね。バイバイ。」

いつものように、幹を軽くなでて、桜の木に背を向ける。

(この花びら・・・紅茶に浮かべたら可愛いかも!)

なんてことを思うくらいに、来たときとは大違いで、帰り道の私の足取りは飛ぶように軽かった。

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