昔 東京の片隅で 第4話 春がそこまで

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第4話 春がそこまで

               ■


 サチが小学校に通う途中に、ちょっとした大きさの畑がありました。

 昔はそこでいろんな野菜が栽培されていたようなんですが、

 今は手入れがされてなくて、荒れ放題になっています。

 でも暖かくなるとその畑には、つゆ草、オオイヌノフグリ、カラスエンドウ、

 たんぽぽなどが咲き誇っていて、

 サチはその花たちを眺めるのが大好きだったんです。

 でも、今は冬。

 荒れた畑には、何の花も咲いていません。


               ■


 ある日、サチがいつものようにその荒れた畑の前を通ると、

 その畑にゴミが落ちているのに気づきました。

 そのゴミは何かが入っていたレジ袋、ペットボトル、空き缶、などでした。

 サチはその畑の前を通るたび、それらのゴミが増えていくので、

 少しイライラしていました。

 いったい誰が捨てて行くんだろう。

 自転車で通学する中学生だろうか。

 徒歩で学校に向かう小学生だろうかか。

 そんなある日、

 サチは畑には青いビニール手袋が捨てられているのを見つけました。

 どうやらその畑の近くに、大きな食品加工工場があるので、

 そこで働いている人が捨てていったに違いありません。


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 サチはその畑のゴミのことを、ママに話しました。

 するとママはサチに、どうして畑にゴミが増えるのか、優しく教えてくれました。

 アメリカのジョージケリングという偉い先生がね、

 ずいぶん前、割れ窓理論という説を、となえたことがあったの。

 それはね、誰も住んでないお家や建物でガラスが1枚割れていて、

 それをそのまま放っておくと、

 ガラスがどんどん割れていってしまうということなの。

 サチはその意味がよく分からず、黙っていると、ママが言葉を続けました。

 だからサチ。あなたはその畑のゴミをどんどん拾ってきれいにしなさい。

 そうするともう、誰もゴミを畑に捨てる人なんか、いなくなるわよ。


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 サチはその言葉に勇気づけられて、畑のゴミを拾うことにしました。

 でもひとりでは恥ずかしいので、いつも一緒にいるマリちゃんにお願いしました。

 今日わたし、畑のゴミを拾うから、マリちゃんはそばで見ていてね。

 見ているだけでいいからね。

 サチはマリちゃんにそうお願いして、畑のゴミ拾いを始めました。


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 ゴミ拾いを始めたら、畑は思ってた以上にゴミがありました。

 草むらの奥には、今まで気づかなかったペットボトルや空き缶があって、

 持ってきたスーパーのレジ袋では、入りきれないほどでした。

 でも途中からマリちゃんも手伝ってくれたので、少し助かりました。


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 持ち帰ったゴミはママに手伝ってもらって、分別しました。

 ペットボトルや空き缶は飲みかけのものが多くて、泥で汚れているから、

 きれいにするのが大変でした。

 特にペットボトルは飲み残しを捨てたり、

 ラベルを剝がしたりしなければならないので、

 きれいにするのは大変でした。


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 こうして畑のゴミはきれいに片付いたのですが、

 数日後にはまた、紙ゴミが捨てられていました。

 さらにその翌日には紙パックのジュースの空き箱、

 タバコの空き箱などが、捨てられていました。

 サチがそのことをママに告げると、ママは、きっぱりと言いました。

 サチ。ここで諦めてはダメよ。いつかきっと誰もがサチのこと分かってくれて、

 畑にゴミを捨てる人なんか、いなくなるから。


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 サチはママの言いつけを守って、来る日も来る日も、畑のゴミを拾い続けました。

 すると畑に捨てられるゴミは、徐々になくなっていきました。

 そんなある日、サチは気がつきました。

 その畑にいつの間にか、淡いピンク色の、小さなアネモネが咲いていたのです。

 そのアネモネの花は、全部で20本くらいでしょうか。

 サチは何だか嬉しくなって、空を見上げました。

 その空は、もうすぐ春が訪れることを告げていました。

 サチはその空に向かって、大きく背伸びしました。

 そして思いました。

 この畑がやがて、春の花でいっぱいになるんだ。

 そしてゴミなんかひとつも落ちてない、畑になっているんだ。





                                   《了》




 


 


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昔 東京の片隅で 第4話 春がそこまで 狩野晃翔《かのうこうしょう》 @akeey7

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