第三話 ヌードで会談


 ホテルに到着し、部屋へと案内されて数分後、フロントからコールが入った。

『来客がいらっしゃいました』

 マコトとユキは、緊張の面持ちで頷き合う。

「通してください」

 女性ヌーディスト限定であるペンギン・アイランドの規則に則り、二人は全裸にブーツとアクセサリーという出で立ちで、この惑星の警察庁長官と対面する事になっていた。

「警察長官って、女性かな」

「男性だと覚悟しておいた方が 宜しいと思いますわ」

 ドアフォンが鳴って、女性の声が聞こえて来た。

『ドラリアン・カクテルをお持ち致しました』

 男性のコンシェルジュから聞いていた合い言葉を確認すると、マコトが扉を開ける。

「…どうも」

 女性の声に少しホっとしていたから、スーツを綺麗に着込んだ男性が立っていて、二人は僅かに動揺してしまった。

「初めてお目にかかります。私は惑星ビンプルンの総合警察庁長官、ドラリアン・ハリディン・ルニーと申します」

 カクテルを名乗った警察長官は、平均的な身長の初老の男性で、なかなか鍛えられた身体がスーツの上からでも解った。

 一見すると標準的な地球本星人だけど、なんとなくワニに似た顔つきである。

 その面立ちは優し気だけど、しかし視線に隙も無い。

 ドアフォンをコールしたのは、後ろに付いて入室をしてきた、ファイルを持った女性の秘書官らしかった。

 二十代前半と思しき女性秘書官は、ウェーブなロングヘアに優しい垂れ目に、右の目尻に泣き黒子。

 頭には小さな耳が立っていて、お尻には大きな尻尾があり、地球本星の生物であるリスを思わせるケモ耳人だ。

 そしてドレスコードに従って、黒いハイヒール以外は全裸。

 豊かなバストや大きなヒップを隠さないまま、堂々と直立している。

(つまり 惑星政府の関係者まで、それぞれのアイランドの規則に従っているわけか)

 これで、二人だけが規則違反を犯すわけにもゆかない。

 マコトとユキは客人を通すと、テーブルを挟んで、対面でソファーに腰を下ろしてもらう。

「お飲み物は?」

「私が致します」

 ユキが訊ねると、秘書官が飲み物を用意し始めたので。二人もソファーに裸のお尻を降ろした。

 全裸にブーツという姿で、着衣の男性と会談をするなど、思ってもみなかった二人。

 しかし、恥ずかしいからと身体を隠すのも何だか気が引けるし、秘書官の女性も堂々と裸で給仕をしてくれている。

 何より、警察長官のハリディン氏が下心の無い視線なので、二人は堂々と座りながら、さり気なく足を組んだ姿勢を取った。

 秘書官が紅茶を淹れてくれて、面会の目的を問う。

「それで、なぜせ面会を?」

「はい、お二人にとって有益な情報と、私どもの…お願いを聞いて戴きたく」

「お願い…ですの?」

「はい。キミ」

「はい」

 秘書官から手渡された立体映像のファイルには、追跡中の犯罪グループのメンバーに関する情報が、全て記されていた。

「強盗グループ バラリー団。リーダーは、ガリ成人のソンジョニャー 二十八才の男性…」

 その他、合計十五人のメンバー全員分、名前や顔写真まで完璧に揃えられている。

「犯罪グループの全容を、調べ上げていらっしゃる」

 つまり、捜査自体はほぼ終了している。という話だ。

 捜査官モードなマコトは全裸である事も忘れて、捜査報告書を注視する。

「失礼とは存じますが、ここまで調べられていて、なぜ 逮捕されないのですか?」

 同じく捜査官モードでも、ユキは全裸である事を忘れる事なく、しかし臆する事もなく、正面を向けたまま質問をした。

「はい。当惑星に強行入星をしグループは、お恥ずかしい話ですが…つまり、我ら行政の内部と通じている。という事なのです」

「ああ、つまり 意図的に見逃された逃走である…と」

 犯人グループの入星と逃走については、理解した。

「はい。その恥ずべき人物も特定しておりますが…容易に手を出せない相手でして…」

 いわゆる、高官クラスの汚職なのだろう。

 全裸で対面したまま、ユキは優雅に紅茶を一口。

「その方の罪状を、お尋ねしても 宜しいでしょうか?」

「はい…お二人に隠し立てしてもなんですが…いわゆる、独占禁止法と政治資金規正法に 抵触しておりまして…」

 それだけで、マコトは大体の事情が推察できた。

「つまり、この観光惑星の…例えばアクティビティーに関するビークルなどの遊具関係で、この犯罪グループの関係者が独占的な関わりを持っていて、そのキックバックを受け取っている人物が…」

 いわゆる観光庁の長官とか、そのあたりだろう。

「お、仰る通りで…」

 年若い全裸な女性捜査官の推察力に、着衣な初老の男性警察長官は驚き、心の背筋があらためて正されていた。

「その…お恥ずかしい話ですが…逮捕に至らない理由も…」

 長官の話を、ユキが推察をする。

「この惑星は観光惑星ですから、犯罪者と繋がりのある政府高官…という事実が表沙汰になってしまっては、そのイメージによる損失は、はかり知れませんですもの。特に、ヌーディストの女性も安心して楽しまれる観光惑星ですし…事件を知った女性たちは、二度とこの観光惑星には 来られないでしよう」

「は、はい…まさに、仰る通りで…」

 それを理由に逮捕できない事が悔しい。と、初老男性の心持ちが、震える拳からも感じ取れた。

 マコトは、長官の悔しさを汲み取って、話を進める。

「それで、バラリー団は このアイランドに潜んでいるのですよね?」

「はい。それは、間違いありません」

 指定されたファイルを操作すると、立体映像は犯罪者リストからアイランド全景の地図へと。切り替わる。

 拡大表示されたペンギン・アイランドの地図によると、島は二日もあれば一周できる程の大きさで、地球本星の南の大陸、オーストラリアに似た形をしている。

 西側の一角が高山地域になっていて、北には往復便の発着ポートが整備されていた。

「バラリー団は、西側の上空から侵入、海洋に落着。深夜でしたので、目撃されたお客様はおられませんでしたが、レーダーには捕らえられておりました。犯罪グループのロケットは西側の海に沈没し、我々が回収。しかし犯人たちの姿はすでに無く…しかし、身を潜めるとしたら、このあたりでしょう」

 マップ上の高山地域に、赤い丸が重ねられる。

「この地域は現在、再開発中でして。古くなったホテルを解体する直前でした。三棟のホテルが廃棄となっておりますが、観光庁長官…ゴホン…観光庁から突然、解体工事の一時中断が指示されました」

「なるほど」

 分かりやすい事例だ。

「ここに我々の警察部隊が捜査で入れば、嫌でもお客様の目に留まります。そして何より、件の協力者は、我々の動きを何よりも注視している筈です。もしわれわれ警察が犯罪者グループ逮捕に動いたと解れば、犯罪グループに伝えられ、現在の場所から別の場所へと移動してしまう可能性もあります。そして最悪の場合–」

 マコトが引き継いで、推論を述べる。

「犯人たちが客を人質に捕る」

 警察長官は、厳しい表情で頷いた。

「ですので、あのグループを追っているのがお二人であった事は、まさに不幸中の幸い。今回の件、お二人に犯人グループの壊滅をお願いし、撲滅しだい。我々は関係者を一斉逮捕する手段です」

 たしかに、十人以上もいる犯罪者たちを警察だけで確保しようとすれば、どうしたって目立つだろう。

 とくに、犯罪グループの協力者が行政関係者となれば、最も警戒されるのは、この惑星の警察関係だ。

 しかし、マコトは疑問をぶつける。

「ですが…あなた方はボクたちの素性をご存じでした。バラリー団も、ボクたちに追跡されていると知って、この惑星に逃げ込みました。関係者も、ボクたちの入星を知っているのでは?」

 当然の推察に、警察長官はハッキリと答えた。

「その点については。ご心配ありません」

 入星管理は、出入星管理局と総合警察庁が権利を持っていて、入星者の個人情報等は、観光庁では許可なしに閲覧できない仕組みらしい。

「お二人の偽名と、入星前に一日、惑星の周回軌道におられた際の映像やデータ、船体を偽装されて入星された記録などから、お二人はいまだ、衛星軌道上で周回されている。と記録をしております」

 つまり、犯罪グループも関係者も、追跡している事は知っていても、二人が入星している事実は知らない。という事だ。

「我々にとっても、由々しき事態なのです。惑星ビンプルン始まって以来の、恥ずかしくて情けない不祥事であると、言わざるを得ません…っ!」

 この事件を秘密裏に処理したいという気持ちは、この惑星の行政者なら、誰でも想う事だろう。

 犯罪グループは、まさにそこへ付け込んで来たとも言える。

 マコトとユキは、お互いの納得を解り合う視線で、頷きあう。

「わかりました。それでは、犯人グループの捜索に置いては、こちらの自由にさせて戴く。という事で、宜しいですか?」

 中性的な美しい王子様のようなマコトの、凛々しい美顔が引き締まる。

「はい! あらゆる捜査協力の準備は、出来ております!」

 力強く応える、警察長官。

「どうか、この惑星ビンプルンの未来の為にも、どうか…っ!」

 初老の男性は、本気の熱量で見つめている。

「ええ。お客様の 安心の為にも」

 優雅でおしとやかなお姫様みたいなユキの、温かい微笑みが輝く。

「はい…っ!」

 二人と長官は、立ち上がって、硬く握手。

 捜査官としての使命感で、ユキもマコトも、全裸である事を失念していた。


                       ~第三話 終わり~

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