第十・五章 彼女と彼女のモノローグ
○六甲全山縦走当日 午前7時30分頃
「六甲山で転んで怪我するレベルでよく、アルプスとかさっき言ってましたね。俺なら恥ずかしくて二度と登山しないレベルですよ」
彼は確かにそう言った。ケガをして動けない中年女性に向かって!
いや、よう言うたわ…。彼は言うと、もくもくと歩いて行ってしまった…。明かに「やってしまった」オーラが去ってい行く背中からにじみ出ている。その反応するなら、なぜわざわざ、いらんこと言うかな…。って言ったら、お前に言われたくないって彼には言われそうだ。本当に不器用この上ないな。あの人。
私は、中年女性の足の応急処置を終えると、まだ唖然としてる、そのけが人達を置いて、さっさと彼を追って歩き出した。多分、アイツはこのまま私達を置いていく気だ。それにこのケガした女性達とは、あまり関係が良くないから、この後、お礼うんぬんの話になるのは正直ごめんだ。別に恩を売る気で手当てをしたわけじゃないし…。「ちょっと待って」と、後ろから男性の声が聞こえた。あの一団の一人だろうが、今は足を止めるのをやめておこう。だいたいあの野郎、登山経験者のくせ歩きやすいスニーカーを履いてこの大会に参加している。この後、しばらく住宅地が続くから硬い安定したアスファルトの上ならペースがめっさ上がるはず…。卑怯者め…(←何が?と、セルフつっこみ)
「信じられないですね。あの人。」
いつの間にか追い付いていた楓ちゃんが、声をかけてきた。途中から見ていたようだ。
「まあねー。悪い人じゃないと…」
言いかけてとまる。いや、悪い人じゃないの?いい人っぽい要素、今まで無かったような…。
「あの、聞くかどうか迷ってたんですけど、裕美さんの彼氏?なんですか」
「違う。どういう関係か説明すると、すこし厄介。」
一言で言うと、ボーイフレンドの孫。が正しい表現だが、これ言うと、またややこしいからなあ。
「今日会ったばっかりの人によく、あんなこと言えますよね。」
まあ…最初に私が喧嘩売ったから…。あれ?私なんで、喧嘩売ったんだっけ?あ、そうか田口君の一件で…。’(その前にも何かあったかな?)田口君どうしたんだろ?まあいいか。
あ、もしかして、あいつ田口君バカにされたこと、結構、腹立ってたのだろうか?そう考えると、急に暴走したのも色々と解る気がする。うーん。どう評価すべきか。やっぱ、最低は最低だけど、いい所と言ったら、言えなくもない…。そう、悪い人じゃない…。でも悪い人だって思ってる。嫌われてどうしようもなくつまんない男だって。他でもない彼自信が彼自信を。だから、あんなにひねくれてるんだろう。そこを何とかしないと、彼女とか、結婚とか…そういうのは今の彼からはずっと遠くの話だろう。ま、私は関係無いけどね。
そういえば、辰さんはちゃんと歩いているだろうか。私もこの縦走で会いたい。今まで考えもしなかったが、この縦走が終わったらもう神戸のネットカフェに来る理由は無くなる…。辰さんに会う事も無くなってしまう…のだろうか?今なら、辰さんにあの事を話せるのかな?
辰さんや、あの孫は聞いたらどう思うだろうか?
私がかつて…
〇三ノ宮 ネットカフェ・ブンタロー 彼女がすでに、いつだったかも忘れてしまった日
彼は今日もそのネットカフェにいた。彼に最初に話しかける気になったのは、彼が私と同じ目をしていたからだ…、とか書き始めたらちょっと恋愛小説チックか…。まあ、本当は彼が一生懸命やっていたネットゲームで、とんでもない成績を出していた…のを偶然横から覗いたのが理由なんだけど。「そうか、君もこのゲームをやるのか?」と、言った彼の目はとてもやさしかった。
「神戸で…六甲山に毎週登って何をしているんだ?」
っていう問いに私は困った。六甲山に来ていたことは本当だが、さすがに毎週来るのはおかしい。とっさに出たのは、「六甲全山縦走大会に参加する」であった。完全に嘘ではない。が、この時点で参加する気はなかったから、やっぱり嘘だ。でも、彼はそういうと、少し顔を明るくして「登山が好きなのか?」と、食いついてきた。そう、彼は大の登山好きだった。今まで日本はもちろん海外も含めていろんな山に登ってきたそうだ。登山がさほど好きでも無かった私はしばらくの間、しどろもどろに、ネットで聞きかじった登山の話をしなくてはいけないことになる。今思うと、彼は最初から嘘だと気付いていたんだろう。そのうえで、敢えて話に乗ってくれていたんだ…。多分、彼も同じだ。何かを話せる相手が欲しかったのだ。
と、言うわけで、私はさして興味の無かった六甲全山縦走大会に参加するという大義名分を得て、引き続きこのネットカフェに通うことになる。その大義名分が「彼に会う為」になるまで大して時間はかからなかった。
もう、何年前の話だろう?私が辰さんやその孫のアイツにこのネットカフェで会うのは、この「彼」が亡くなってから後の話だ。
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