第七章 終わらない坂道

G・菊水山へと続く坂道 全山縦走当日 午前10時15分




 ようやっとのジジイとの出会い…。




「裕美ちゃんは?」


「来てたよ。むしろアンタ一緒に来なかったのかよ」


「そうか…」




どうも、気まずい。っていうか、見つけてから俺は何をするつもりだったのか。何を聞く気だったのか?一気に吹っ飛んでる。




「あ、あの…僕…もう、行きますね。ありがとうございました。」




2人のタダならぬ雰囲気を察してか、青年…楓の彼氏はいそいそと先に行こうとする。


「ああ、待った…。俺は君にも用があるんだ。君、高松慎吾君だろ?」


青年が驚く。


「良かったら、少し歩こう。後続に追い付かれたくないのはお互い一緒だし…。完走が目的ならあまり止まっているのは良くない。」




ま、俺は完走は目的ではないんだけど。




ーーーーー




「そうですか…。楓…、この大会参加してるんだ。俺が参加する事、よくわかったな」


「成り行き上、協力することにしたんだけど、別に君達の事はどうでもいい。君を見なかった事にしてもいいんだが…まあ、でも彼女は悪い子じゃないと思う。話くらいはしてもいいんじゃないか?」




一応、楓女史に最低限の義理は果てしておこう。




「ええ…でも…」




3人の間に沈黙が流れる。




「なぜ黙る!面白そうな話じゃないか。こういう所で一歩踏み込まないからお前はいつもでも独身なんだよお」




ジジイがはやし立てる。




「男相手の会話で言うなよ。それに、こういう話は男は聞いて欲しくない時もあるもんだ」


「こういう人間関係を放置してると、最終的にお前みたいな人間になっちまうぞ?彼」


「うるせえよ!」


「仲がいいんですね。俺、お祖父ちゃんとそんなに話した事ないです」


「それは無い。」




と、2人は口をそろえて言った。気持ち悪!


だが、正直、この青年の存在は助かっている。実の所、この2,3か月「諸事情」によりあんまりジジイと話していない。二人だけで会ったらロクな会話はできなかったろう。




そういや、こいつとジジイは何で一緒に歩いてるんだ?と口に出そうとしたとき…




「僕、やっぱり先に行きます。話が本当なら楓、すぐ後ろにいるかもしれないですよね。」




高松慎吾はスタスタ歩いて、住宅地の坂を走るように登る。




「あ、ちょっと待って…」


「大丈夫、すぐ追い付く」




ジジイが俺を止める。


そんな訳で、2人で歩いていると、少し坂の上で高松はぜえぜえと息を切らして止まっていた。


バツの悪そうな高松…。




「ここから鵯越駅までの道、住宅地で歩きやすいって油断してると、物凄い上り坂だから一気に潰れるよ」




「さっきの高取山で出会った時もそうだったんだよ…」




ジジイ曰く、高取山で彼を追い越したが、対抗してすぐに追い抜き返され、少し上に行くと疲れて止まってて…。を繰り返し山の上でばててたから、介抱してあげてたらしい。登山初心者によくあるやつ。


他の人に合わせてペースを崩すのは本当に良くない。




「ついでに言うと、この後ある菊水山は縦走最大の難関だ。もう少し体力を温存した方がいいよ」




なんせ、未だ縦走は三分の一も終わってない。


まあ、人にアドバイスできる程、登山家じゃないんだけど。


高松は呼吸を整えて、観念したように後ろをついてくる。


負けず嫌いなんだろう。どこまで合ってるかは、わからないが、楓の言ったセリフにプライドを傷つけられたのは正解っぽい。




さて、こっからどうするか…


っていうか、ジジイともそろそろ話をしないと…。まともな会話なんて…あの時以来か…はあ…。


まだまだやる事は多い…。そういや、後続組はどうしたんだ?さすがにペース的にもう、追い付けないのかな?いざ、じじいと2人になってみると、あいつらが居てくれた方がよかったな…と後悔した。










7.三ノ宮 ネットカフェ、ブンタロー   特に何もなかった日の話








「菊水山の登りは特にキツイ。」


「ああ、そうですよねー。あそこの上り坂、最初に登った時、ビックリしましたよ」


そんな会話を俺は裕美としていた。いつものネットカフェ談話可能スペース。


ジジイが通りかかる。


「縦走の打ち合わせか?」


「はい。細切れでしか歩いてないですから、経験者から話を聞こうと」


「そいつ、完走したことないぞ?」


「え?」




彼女が明らかに残念そうな顔をする。


ちょっと待て、知らずに話してたのかよ…。


コースの事を聞きたいって言うから、話てただけなんだけどな。




「ああ、中1の時だな、じいちゃんと…ばあちゃんと3人で歩いて…。」




ばあちゃんにとっては…いや、後になって思えばジジイにもか…最後の挑戦だったな。悪い事をしたとは思ってる。




「俺は3回完走しとるぞ」




はいはい。すごいすごい。




「じゃあ、次で4回目ですね。」




ん?次…?




「まあなあ。明日からまた山道を歩くつもりだ」


「ちょっと待て!次ってなんだ?」


「あれ?言ってませんでした?お祖父さんも次、大会に出るって」


「いやいやいや。無理に決まってるだろ?何歳だと思ってるんだ?」


「お前には関係ない」




まあ、そうだけどよ…。


なんなんだ?この前地震の話を彼女にした後、決めたのか?




「関係は無いがさすがに止める。何かあったら主催者側にどれだけ迷惑がかかると思ってるんだ?」


「そうなら無いように、最大限努力をする。それに、他人に迷惑がかかるってのは、俺が諦める理由にはならない」


「いや、だめだろ!」




突然の大きな声でまたネットカフェの空気が止まる。その内、出入り禁止になるんじゃないか?俺達。珍しく彼女の方が周りの客に謝っている。




彼女に促され、俺達は店の外にでた。少し路地を入った所にある公園のようなスペースで俺とジジイは向かい合った。少し離れた所で彼女が立っている。




ネットカフェに泊まるのとはわけが違う。命に係わる。少しの間だが、俺も山が好きだったから、こんな事をさせたくない。いったい、全山縦走を歩いて、何の得があるのか?俺はそんな事をまくし立てた。


ジジイは黙っている。




ジジイは少し俺を見つめて徐に口をひらいた。


「お前…、最近金曜日じゃなくても、ここに来るよな…。」


「それが何だよ?俺はアンタの…」


「本当に、俺と話をする事が目的か?お前が、親に友達と飲んで帰るとか合コンとか言って帰らない日に本当は何をやってるのか、だいたい想像がつく」




俺はジジイを睨み返すしかできない。きっと、何の確証も無く話している。でも…。




「お前に甲斐性が無いのは見てれば分かる。お前も俺と一緒なんだろう。結構いるんだ。今くらいにこの店にやってきて終電で帰っていくリーマン。週末に女っ気も無にな。お前も同じ目をしてる。帰れなくてここに行き着いた。俺と一緒だろ?」


「それの何が悪い?仕事だけが精一杯で結婚はおろか一人暮らしするだけの収入も無いんだ。仕方ないだろ?」




ジジイは静かに俺を見ながら答えた。




「もうこの店に来るな。俺はいい。どうせ残りの人生は死ぬまでの時間潰しだ。でもお前にはもっとやるべき事があるはずだ」


「意味が解らねえ。」


「いいや。お前には分かってる。このままじゃいけないってな」


「どうしろってんだ?!今更何やれっての?俺、もう言ってる間にアラフォーだぜ。特にやりたい事も無い。今更失敗なんて出来ないんだ」




俺が何かを続けようとしたら、ジジイは俺の襟元を掴んで近くの壁に俺を押し付けた。老人とは思えない信じられない力に俺はしたたかに背中を打った




「辰さん!!」




彼女の声が響いた。




「俺はもう80だ。凄いだろ?必死に戦後の日本を支えて来たのに老後に待ってたのは娘の旦那の家で居候生活だ。そこも居辛くて、今じゃネットカフェ難民をやってるんだ。なあ、家に帰れ。彼女を作れ。仲間と供に色々頑張れ。40なんて未だ4回裏だ。生きる事からも死ぬ事からも逃げたらあかん!」




俺は叫びたくなる思いを必死に抑えた。




「なんだよ…なんなんだよ。突然…。それが、その年になって全山縦走する事と何か関係あるんか?なんで、俺がこんな思いを…」




俺達3人、それぞれに沈黙が流れる。




「どうだい、坊主…。俺が、この年で全山縦走完走できるなら…、お前の残りの人生も、ちょっと頑張ってみれば何かが成し遂げられるって証明にならねえか?そのための挑戦だってっ事にしといてくれよ」




少し激しく動いたからか息をつきながら、ジジイはそういった。


ちくしょう…意味が解らねえ、クソダサい言い方でかっこつけやがって中二病かよ。






その日、俺は2人が立ち去り、一人になるまでそこに佇んでいるしかできなかった。


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