第五章 馬の背にて

E・全山縦走当日 7時30分


馬の背を越えて




ハイキング用のコースにしてはいささか場違いな岩場。そしてその名のごとくナイフエッジ状に切れ落ちた細い道を進まなくてはいけない、その名の通り馬の背。小学校の遠足なんかでは、ここは避けて通るようだ。普段は写真を撮ったりするには良いポイントなのだが、今はこの人出。もくもくと通り過ぎるしかない。




一人ずつ通るので自然と人との間には結構の間隔が出来る。そんな道を通り過ぎると俺は後続の到着を待たずに歩き出した。




「やっぱり、先行こうとしてる」




振り向くと、裕美がいた。




「いやだなー。ちょっと言い合いしたくらいで、私が気にすると思いましたか?」


「いや、決してそういうわけでは無い。」




そう。そういうわけでは無いのだが、先の理由でとても説明しづらい。面倒くさいな。強引にいくか…。と歩こうとしたが、ふと俺は足を止めた。と、いうか少し先でまた渋滞がおきている。




いったい何事だ。山道を外れた所に大会の係員の腕章を付けた人間が数人はなしている。携帯電話でしきりにどこかに連絡を取っている。そして彼らの中心には…。


ああ、なるほど。けが人がいるのか。多分、先の岩場で足をひねったのだろう。中年の女性が一人、一本の木を背に座り込んで…。




「早く、治して下さい。未だ先が長いのに!」




そのケガ人女性の声が聞こえた。おいおい。そのケガじゃ、もうリタイアだよ。この先何十キロあると思ってるの?宝塚まで。おれは、そこで、そのおんなの周囲を見る。あ、やばい。女性は同年代の男女4人組。そう、先のマムートの一団の一人だったのだ。そのマムートを含め全員その女の周りにパーティメンバーが確認できた。目が合ってしまったな…。




「あー、さっきの!!」




と、当然これは裕美だ。いや、ここは黙って通り過ぎていい所じゃないの?えー。ここでもいくの?


裕美はその一団にずかずかと近づいて行く。当然、マムート達は何を言われるのか、当惑している。


裕美は何も言わずさっとケガをてる女性の横に膝をつくとリュックから素早くテーピングテープやらなにやら消毒液やらを取り出している。




「ちょっとやめてください」




けが人の女性が何をされるのか?ととっさに引きつった声を出した。




「あ、私看護師です」




と彼女は周りの係員とマムート達に身分証のようなものを見せてる。おお。全然知らんかった。係員たちから、助かります…との声が聞こえる。マムート達は当惑を隠せないようだが。彼女の意外な一面を見る。ケガは気の毒だが、まあちょうどよかったなな。もう少しすると、田口達も追い付いてくる。これを機に先に行くか…。




しかし、俺の足は、まっすぐにその裕美に治療を受けているけが人の女性の方へと向かった。裕美は手際よく、捻挫したらしい足首へのテーピングを始めている。


マムート達が俺に気付く、裕美も一瞬手を止め、何しに来た?的な目で俺を見る。




ホント、何しに来たんだ?俺…




「な、何か?」




けが人の女性に変わって裕美が言った。


やめろよ。おい。俺。これ以上、話をややこしくするな




「君!」




これはマムートの声。やめろって。やめろ…


自分の中で制御が効かなくなってくる。


あ、これ、アカンはもう言ってまうヤツや…




「六甲山で転んで怪我するレベルでよく、アルプスとかさっき言ってましたね。俺なら恥ずかしくて二度と登山しないレベルですよ」




裕美の顔を含め、その女性、マムート達はもちろん、その場にいた係員達や野次馬の顔も凍り付いた。


俺は黙って彼らに背を向けて歩き出す。




あかん。マジでアカン奴やってもうた…。




係員達が、慌ててその場をごまかすように、周りの野次馬達に立ち止るな。流れろと声をかけていた。


俺は、とんでもないやらかした後悔と恥辱にまみれながら必死に歩いた。


「なんて酷い事を!」と、マムート隊の誰かの声が聞こえた気がした。




こういう時、いらん事言ってまう癖…っていうか性癖やなもはや。中学の時と全く変わってねえ。あのおばちゃん先生…あの後、俺をどうしたっけ?


まあ、これも俺がボッチの所以…ちくしょう。




馬の背を過ぎ、坂道を下ると道はまた住宅地に入る


俺は、歩きやすくなったその道を一人もくもくとひたすら歩いた。










5.三ノ宮ネットカフェ ブンタロー






ある8月の夜、俺はゲーム、アークシティの画面の中カイトとして、満月の廃墟をエレン、アイザックと共に歩いていた。…っていう画面をネットカフェの一室で見てるんだよ…ああ、もう説明がいちいちめんどくせえわ。


アイザックとは、もちろん俺の祖父のアバターである。予想していた通り、このゲームの中ではすさまじい強さを誇っている。険しいひげ面に筋骨隆々の巨躯の持ち主、某傭兵を彷彿とさせる外見の持ち主となっている。レベルが俺の倍はあるな…。


そもそも、新しく実装された協力クエストをこなすのが目的だったのだが案の定、クエストは全てこのアイザックがこなしている。




もう、あいつ一人でいいんじゃないかな?




そうつぶやくと、エレンがwwwで返してきてなんか、むかつく。




やがて、そんなアイザックの大活躍でクエストは終わり、3人で寝る前の軽いチャットをしていた。俺は、ペットボトルの生ぬるい水を飲みながらキーボードを打っていた。




「しかし情けない。こんなクエストも単独でこなせんのか?」




ジジイが煽ってくる。




「あいにく、俺はライトユーザーなんでね。」




「ふん。だから、ダメなんだよ。遊びに本気に慣れん奴は、仕事もプライベートもダメだ。」




「自分らしい精一杯ってやつですか?」




不意にエレンが居れた合いの手に俺はキーボードを打つ手が戸惑う




「また、その話かよ。あれだよな。その話、思い出したけど登山の時よく言ってた話だよな。自分らしい精一杯が登山だって」




前回ジジイの話に少しダメージを受けてた俺は少しごまかし気味に返した。登山の時ジジイが良く言ってたってのは嘘ではないのだが…




「やっぱり忘れとったな」




「もう、登山を離れて随分たつだろ…」




俺は、思わずキーボード打つ手を止めた。しまった。彼女の前で流れ的にこの話は良くない。




「登山、もうやってないんですか?二人とも?」




やっぱ、そうなるよな…。話してないんだ。ジジイは。




「ああ…。子供の時は、この祖父さんに色々連れて行って貰ってさ。アルプスとかも行ったんだぜ。社会人になって時間と金がなくなったから…」




「世知辛いですねwwwで、祖父の方は?どうしてなんですか?」




はい。地雷踏み抜きました。さて、どうするか…。


案の定、ジジイは何も返さず、画面が固まっている。




「あれ?」




そして、さらに少しの間の後




「じじいに気をつかうな。別に隠す事でもないしな…。ただ、今日は少し疲れた。寝させてもらう」




そこまで一気に書くと、こちらの返事を待たずにアイザックはゲームからおちた。


え?まさか、俺が説明しとけってパターン?




「あの…私、また何かやっちゃいました?」




言い方…。ってか、やっちゃった意識は、いつも持っとこうね。あなた。




「別に今のはアンタのせいじゃない。誰も悪く無い。」




「どういうこと?」




「古い話でな。あんまりいい思い出じゃない。俺にとっても。」




「大きな…事なんですね。おじいさんにとって」




気になる…のかな?そうなんだろうな。果たして、ジジイにとってこの女がどれ程の存在なのか。「あの事」を話て良いのか。ゲーム画面ではちょっと話せんな。




「あ、そんな。私も別にそれほど無理に聞きたいわけじゃ…」




俺は、その言葉を聞いて、何も答えずにゲームから落ちた。ダメ社会人の48手の一つ、結論先延ばし。さらに同じく48手の一つ、ごまかす為の敵前逃亡。二つも使ってしまった…。




俺は、パソコンから目を離した。相変わらず、無機質なパーテーションの中である。


登山とあの事…。今まで気にもしていなかった。俺自身も嫌な事から目をそらしていたのかもしれない。だが、この一件で一つの可能性につきあたった。ジジイがここに籠ってる事と何か関係がある…のかもしれないな。


この時、俺はなぜか気が変わり、この事を彼女に…話すべきなような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る