第四章 大階段ではお静かに

D・11月12日全山縦走当日


大階段を登る




鉢伏山を通過し、山道を少し歩いた後、住宅地へ。ここに来て、ようやく渋滞が緩和され、列が流れだした…と思った矢先、姿を現すのが、この縦走最初の難所と言える大階段が現れる。住宅地が途切れたと思ったら突然、山の隙間を縫ったコンクリート舗装の階段が延々と続く。…400段階段とか言われたりするのだけど…




人の歩きがゆっくりになるため、また渋滞になる。


まあ、前半…多分、須磨アルプス馬の背を通過するくらいまでは、こんな感じで、歩いたり止まったりが続くのだろう。


「困りましたなあ。こんなスピードで歩いてて大丈夫なのでしょうか」


田口だ…。こいつ、まだ付いてきやがる。鉢伏が終わって、急な上り坂が無くなったせいで、結構体力が回復したようだ。実は、住宅地で渋滞が一瞬、渋滞が流れた隙に、置いて行ってやろうと結構なハイペースで歩いたのだが…。今の所、こうやって俺について来ている。俺が、あの女の彼女では無いと知った瞬間。相当、やる気が沸いたようだ。気持ちが体力を凌駕するってヤツだな。まあ、ある程度は若さがなせる業なのだろうけど。羨ましい。


彼女の姿は現在見えない。少し先に行っているようだ。


「本当でござるか、お姉様は、アニメヲタクだと…」


彼女と、ネットカフェでのいきさつを話すと田口は目を輝かせた。いや、知らんよ。そんなに話してたわけじゃないし。プライベートな事はね。でも、それだけの情報で自分にもまだ、彼女の恋人になれることに芽があると思い込めるのは少し羨ましいな。


「で、シンジ殿はヤマノススメでは誰が好お好きかな?」


聞き方が腹立つ。


あの後、結局、「自分と同じ匂いがする」(←どこの殺し屋だよ)って言う理由で田口はずっと、俺をアニヲタだと信じて疑っていない。まあ、実際そうなのだけど…。うん。こいつとこれ以上、仲良くなるのはゴメンな気がする。うん。きっと、こいつは渋滞が本格的に解消されたら、すぐにペースについて来れなくなるだろう。そこまで我慢だ。我慢。っていうか、渋滞が解消されたら、いよいよ本格的にジジイを追いかけないと、流石に、今日来た意味がなくなってしまうからな。




そんな、こんなで、のらりくらりと階段を登っている時…、俺達は彼女に追い付いた…。いや、正確には彼女達…だ。増えとるやないか。


そう、彼女の横にはもう一人女性がいた。渋滞から外れ階段脇のスペースに立ち止まって話をしている。もう一人の女性は…当然だが見たことは無い。随分、若い…っていうか、小柄で、印象は幼いな………。




………




よし、無視だ。足を止めた田口を捨て置き、俺はその二人を見なかった事にして、構わず続きの階段を登ろうとした。


「はい。きっと無視されると思いましたけど、とりあえず、話を聞いて貰えますか」


うえ。裕美が不意に背後からザックを引っ張ったため、チェストベルトで逆空中元彌チョップを食らう。俺、せき込み裕美を睨む。不本意だが女子キャラが2人になった為脳内では彼女を名前で呼ぶことにする。立派なコミュ障対応


「あ、ぶねえな。階段だぞ。ここ。」


「明らかに困ってた知り合いを見捨てて行こうとしたでしょ?今」


「いや…お話中なら、お邪魔かな…と…」


「大丈夫ですよ。私達、今知りあった所です」


とりあえず、階段横のスペースに4人で顔を合わせる。なんだ、この4人。


そして、当然会話が途切れる…。コミュ障脳内分析。彼女→何か、あったのか?と聞かれるのを待っている。俺→勝手に説明すると思っている。田口→…


「ユウジ殿?なぜ、さっきから小生のザックを掴まれていおるのか」


「いや、お前、小さい子が好きそうだったから」


「し…失礼な。小生。ロリは嫌いではござらんが、あくまでそれは二次元に限った話。リアルでは、至ってノンケであると自信をもって断言しますぞ」


何に自信を持ってるんだ…っていうか、健全性アピールしてるつもりが、かえって自分は変態だと告白しちゃってるぞ。こいつ。


「小さいって私の事ですか?」


ムッとした声を聴いて、その新たに現れた女を見る。名前を聞くのメンドクサイから、彼女Bと呼称する。小柄で童顔故に、下手したら、10代前半くらいかと思っていたが、メイクのセンスを見るにそんな事は無さそうだ。着ている服や靴、ザックはきちんと着こなしてはいたが、おそらく、登山経験は全く無いと思われる。完全に家にあったものを適当に持ってきた感じだ。


「一応、3年前に成人してますけど、私」


マジでか?今、成人って18歳か?20歳のままだっけか?まあ、どっちにしろかなり若く見える。うん。しかし、この子、明らかに、この俺…通りすがりのオッサンに、嫌悪感満載のまなざしを浴びせてきてる。もう、先に行きたいんだけどな


「ちょっと、ちょっと、話がそれてますよ。彼女、今、彼氏とはぐれたみたいで」


彼女ってのは、彼女B…ああ、もう人が増えすぎて、会話するのもめんどくさくなってきたな。


彼氏か……。まあ、物腰を見るに、ひとりでこんな大会に来るような子じゃないしな。彼氏って単語を聞いた途端、田口の目から光が消えたのを俺は見逃さなかった。


そして、再び間。彼女B→なぜ彼と一緒に来たのか?あるいは、どういう状況で彼氏とはぐれたのか聞いてくると思っている。俺→勝手に説明すると思っている。裕美→俺が質問すると思っている。田口→特に希望はない。あ、思い出した。これ4コマ漫画ぼのぼ〇であったネタだよね。もう、こういう例えにでてくるネタが古いのばっかで自分が嫌になる。


「ちょっとは興味を持って!」


いや、そう言われてもな。


で、その小柄な子は、俺の態度を見て、明らかに不快感をあらわにしている。


「いや…すみません。あまり男性に聞かれたくない話ですし。そういう態度なら、もう」


「そうですか解りました」


よし、いいんだな。俺、行くよ。と、階段を登ろうとすると、再び、逆空中元彌チョップを食らう。さらに激しくせき込む俺。


「とりあえず、話を聞いといて、彼を見つけたら教えてあげるって事でどうでしょう?人探ししてるのはこちらも同じなのだし……ね?」


と、裕美。言い方は普通だけど、目が殺し屋のそれだ。うん。これ、承諾しないと、もっと面倒なパターンだよね。もうあきらめた…




で、彼女Bの話が始まった。もうね。これが聞いてるの本当に地獄。とりあえず、階段上りながらじゃないと退屈過ぎて発狂してたかもしれない。俺。とりあえずBは名前を三好 楓…という。彼氏と大学のサークルで一緒に演劇をやっていて、その頃から付き合っている…という。で…、大学を卒業して、彼はそのまま仲間と小劇団を作って頑張る事にして彼女は就職…と…


もう、この時点で絵にかいたようなカップルが別れるパターンだよな。






道はやがて、大階段を越えて、横尾山への道へと続く山道へ入る。その後には名勝「馬の背」をもつ、須磨アルプスだ。


「で、彼は演劇の他に山登りが好きで…。私はあんまり体力無いから、一緒に行った事はなかったんだけど」




登山経験無い彼女を、いきなりこの大会に誘ったってこと?そりゃ、無茶じゃねーか?




「ある日、彼から突然、別れ話を切り出されて…、でも彼、理由とか全然言ってくれなくって…。納得できないってずっと問い詰めたんですけど、そのうち、連絡も取れなくなって…」


「そりゃ、別れたいって思ってる女に付きまとわれたら、嫌だろうよ」


あ、やべ、口に出しちゃった。


案の定、思いっきり三好女史に睨まれる。我々の業界ではご褒美…とか言ってるヤツは一度、この状況に陥ってみろ。気まずくて、何もしゃべれなくなくから。


「なんなんですか?こいつ」


「あ、ほっといて、いいよ。いい年して、彼女いない独身男がひがんでるだけだから」


慌ててフォローする裕美。黙れ、彼女A。ホンマむかつくな。こいつ。


腹立つついでに彼女Bにとどめを刺す。


「どうせ、夢を追っかけてる彼に、結婚を迫ったんだろうよ」


「な!わ、私、そんな事してないわよ!!」


Bが顔を真っ赤にして否定する。あ、これは…


「ま、直接は言ってないけど、それと匂わすような発言は何度かしたって感じだな。別にアンタを否定してるつもりはない。女性ならまず、考える事だからな。ただ、結婚に関しては男が精神的、金銭的に準備が出来て無ければどうしようもないから」


ネット掲示板に書いたら、めっちゃ早口で言ってそうってヲタ認定されそうなセリフをめっちゃ早口で言う。


佐々木女史はうつむく。ずっと、興味無さそうにしていた、田口が、急にドスケベな目をする。


「シンジ殿、なかなかのドSでござるな」


「やめなよ、このド変態ども!」


ひとくくりかよ…いや、今の俺も悪いと思ったけど。


ま、しかし、大体、話は分かった。


予想通りだった。おおむねよくあるパターン。絵にかいたような話。


下らねえ。さっさと別れちまえばいいんだよ。お姉さんならすぐ相手みつかるよ?後年、彼がそれなりに役者として成功したり、または夢を諦めて就職して結婚相手探し出した時、やっぱり演劇より君を選んでおけば良かったって死ぬほど後悔するんよ?


もうね。学生時代からの恋愛ってそんな話ばっかりなの。この年になれば君達も解る。女の希望通りに生きるには男ってヤツはあまりに幼く、あまりに馬鹿だ。


「なんか、言いたい事ありそうですよね」


ああ、あるにはあるよ…と、俺は目で返事をする。


「そろそろ、馬の背だ。話をしながら歩くのは危ない」


俺はそう言って目をそらした。


「私、本当に何も言ってないですよ!彼が、ちゃんと食べられるようになるまで、養ってあげる気だったし…」


あ……。相変わらず、渋滞をノロノロ進んでた俺達全員の足が止まる。裕美もそして、あの田口でさえも。


女史は私何か言っちゃいましたか?的な目できょろきょろと全員を見渡した。俺が口を開く。


「それ、彼に言ったんじゃない?」


彼女はぐっと口をつぐむ。


「え?……それ、何ですか?言っちゃダメなんですか…」


やっぱり…と、全員のため息が漏れたような空気が流れる。実際は誰もため息なんかして無いワケだが。


再びの間。…本当に面倒くさい。面倒くさいんで俺は田口に、言えと背中を押す。


「せ…拙者でござるか?」


語尾がうざいながら、田口は渋々と口に出す…。


「まあ、あれでござる。よほどヒモとか髪結いの亭主とか…その辺、割り切ってる男じゃないと、それ言われたら傷つくかと…家族を養う甲斐性ないとレッテルを貼られたようなものでござる」


「そんな!」


おお…田口が言葉選んでる。


「そうね…。可能性はあるわね。プライド傷つけられて拗ねて別れる…ありえるかも」


拗ねるときたか…。まあ、間違ってはいないか…


「男って本当に面倒くさいのよ。だったら、さっさと金稼げるようになれって言うのよ。でも、結婚まで視野に入れるなら、その辺、考えて発言しないと…」


三好女史はうつむいてだまりこんだ。


「ま、まあ、ちゃんと成功してから、もう一度迎えに来る、つもりなのかも知れんが」


「信じられない。この人に気を使われた」


いたたまれなくなって言った俺の発言に絶望的な顔をする女史。悪かったな。


「そうよ。だいたい、そっちから別れ切り出しといて迎えに来るとか言うの、勝手過ぎるわよ。その間に他に素敵な人が現れたら、その人と結婚しても良いって事ですか?」


裕美がなんか食い下がる。後から思うとなんでこんな事をしたのかと…


「そうだよ。だから彼も待っててくれなんて言ってないんだろ?成功するまで、他の事に気を取られず、夢に集中したいんだよ」


珍しく反論してしまう。いや、別に俺はどっちでも良かったんだよ。彼の本心なんてさ。


「ホカノコトニキヲトラレズ?!男にとって女はホカノコトなんですか?」


「意味の解らん言葉尻のとらえ方するなよ。彼女との事を誠実に考えたいから、今は演劇がしたいって事だよ。その感、彼女を束縛出来ないから身を引いたんだよ。」


「意味わからないのは、そっちですよ!それって自信が無いだけでしょ?別れる理由を結局、彼女のせいにしちゃってるだけじゃないですか」


「それを言われるのが嫌だから理由をうまく説明できなかったんだろうよ。彼女を幸せにする自信が無い事の何がダメなんだ。しょうがないだろう。実際出来ないんだから」


「壁があるなら、一緒に頑張って乗り越えたらいいじゃないですか。一人でしょい込んで結局、恋人も手放しちゃうなんて、愚の骨頂ですよ」


「そりゃあ、もう結婚するって腹が決まってる恋人同士ならな。自分の夢と生活を分け合うって選択肢はあったかもしれない。今回の場合どうだったんだろうな。お互いに」


「あー。もうメンドクサイ。だったら、他に好きな人が出来たとか適当な嘘ついて、騙して別れればいいのに。唐突で意味深で曖昧な態度とるから、彼女も周りの人も困惑してるってなんで分からないんですか?」


「めんどくさいのはどっちだよ。そこまで割り切った考えが出来る人間ばっかじゃないんだよ。アンタみたいにな」


裕美の顔が一瞬曇り曇り、そして次の瞬間今までにない鋭い目線で俺を睨みつける


俺は思わず目をそらした。


「あ、あのもうやめてください。これ、私と彼の事ですから」


三好の言葉に思わず、我に返る。柄にもなく、変な恋愛感をぶつけてしまっていた。よりにもよって、この女と。その彼女の方も、ヒートアップしすぎたと思ったのか少し口をつぐんでいる。


「と、言うか傍から聞いてたら、別れ話をしてるカップルのようにしか聞こえなかったでござるぞ」


田口が恐る恐る言った言葉に、裕美がムッとする。俺は咳払いをして


「一つ勘違いしてると思うが…俺は別に彼を擁護するつもりはない。もっと良いやり方があったんじゃないか?と言う点は俺もそう思う」


裕美は黙ったたままうなづいた。


少し変な空気になる…


「話は終わりだな。彼の写真とかあったら、LINE入れといてよ。」


一応、ネカフェの彼女の方とはアドレスを交換している。俺は、それだけ言ったらスタスタ歩いた


なぜなら…




目の前に縦走名物、馬の背が迫っていた。


長い岩場を一人ずつ降りて行ってる状態だ。我々に順番が今巡って来たのだ。


俺はさっそく、最初の岩に足を下ろした。


「あの…」


彼女…これは三好女史のほうだ。


「ありがとう…ございました」


突然の礼に、俺は怪訝な顔をする。正直怒らせる事しか行ってないぞ俺。


「彼の本当の気持ちとか未だ全然わからないんですけど…さっきの二人の言い合い聞いてて…なんとなくだけど、彼の気持ちに合ってるところもあったんじゃないかって…思いました」


「そう…か。いや、悪かっ…たですね…無礼な事も色々説教じみた事も言ってしまって…」


だ…ダメだ…急に謝られるのが苦手なコミュ障俺…舌がしどろもどろ…


「私、彼にまた会えたら…。」


俺は彼女の方を見た。


「ダメですね。やっぱりどうすればいいか全然分からないや」


「ああ……いいんじゃねえか?俺に言わせりゃ結婚を検討できるってだけで、あんた勝ち組だから」


きょとんとしてる三好女史に背を向け俺は歩き出した。


背中から、押し殺した裕美の笑い声が聞こえた


ような気がした


笑ってやがる…まあ、怒ってないならもういいや。




これはあかん…




意味もなく人に本気で意見ぶつけて、結論は何も出ないけど、なんか気持ちはスッキリして、なあなあで仲直り…。おそらく青春時代とその後ほんのちょっとの間、誰しも日常で感じるちょっとした安堵感。そんな何年も忘れてた甘い感情を変なタイミングで感じてしまった。




あかん…




湧き上がる気の緩みを俺は必死に締め直した。


普段ボッチの俺が少し、他人と話過ぎたようだ。あんまりこの感情に身を任せてはダメだ。


結局、この山行が終われば一人なんだから…。結局、元のボッチだ。




馬の背を越えたら少し一人で歩こう。そうしないと、きっとこの後の日常を乗り切れない。






4.8月25日 三ノ宮


あの日、あの時、あの場所…




同日 朝。


今日の予定のペースで顧客を回っていては、今月のノルマを達成できないとの理由で、朝のミーティングからやたら叱責を受ける。


「貴様など、部のお荷物」だそうだ。


昼…回った顧客先のおばあさん。要件は滞納している契約料金の徴収…。


「ああ、来月までに払うから」と、まるで払う気の無い様子…。


これを貰わなかったため、帰社後、当然のごとく、課長に叱責。同僚(生意気な後輩)に「そんな仕事して俺より給料あるとかすごいっすね」と言われる


夕方…その日の成果を報告する


後ろ向きの仕事ばかりに追われ、当然成果があるワケなく…




本当に、俺、何やってるんだろう……






「聞いてますか?」




いつもの…と、もはや言っても良いのだらろう。3週連続の金曜日。今日はネットカフェから近くの居酒屋に河岸をうつして、カウンター席に俺は彼女とジジイと3人で肩を並べて座っていた。仕事で色々あった、こんな日でも結局来てしまった…何やってるんだろう。ほんと。


そこで、いきなり、彼女に話を振られ、はっと彼女の顔見た。




「ああ。」


「じゃ、今、私、なんの話してましたか?」




う……。




「ほら」




少し、ムッとした目で彼女は俺を睨む。




「ちなみに、あなたは本当に人の事に興味を持たないですねって話をしてたんですよ。今。マジに」




マジで?いや、おおむねその通りだからいいけど。




「まったく、そんなだから、その年で相変わらず、独身。ボッチなんだよ」




隣に座ってたジジイがあきれ顔で言った。


うるせえよ。


俺は無言のままビールをあおった。


じじいは国産のウイスキーをチビチビ飲んでいる。彼女は何かのサワーを楽しそうに流し込んだ。




「…ちなみに、何か理由があるんですか?独身を貫くのって」




貫いてると来たか。まあ理由もなくボッチやってる人間なんて、存在すら許されないんだろうな。彼女達の生きてる世界では。




「理由か…」


「寂しくないですか?家庭に憧れたりしません?」


「あいにく、近くに憧れるような羨ましい家庭が存在してないので」


「それはお前の両親の前では絶対言うなよ」




突如のジジイの真面目な口調に俺は一瞬戸惑う。


「へいへい」




ため息交じりに、ごまかして答えた。




「女より、男の方が好きだとか」




それも、良く言われる。もういちいち反応するのも飽きた。




「死ぬ前に子孫を残したいとか思わないんですか?こうヒトという種の繁栄の為にも」


「人間死んだらそれまで。子孫に繋げば死んでもいいなんて、死ぬのが怖い人間が考えた言い訳だよ。まして種のためなんてナンセンスだ。少なくとも今までそんな理由で子供を作る人間を聞いた事は無い。そして種の繁栄ってなら俺みたいな劣等遺伝子はさっさと途絶えさせる方が正解だ」


「めっちゃ早口で言ってそうな事をめっちゃ早口で言われた…」


「最後にニチャアが抜けとる。」


「自分で聞いといてドン引きしないで?そして爺さんは黙って。」


「いや、別に…。ねえ、祖父的にはどうなんです?孫のこういう態度」


「まあ、結婚なんてある程度前向きの人間がやらないと両方が不幸になるだけだからな。離婚前提ならやらない方がいいんじゃないか?」


「うーん。お祖父さんがそういう考えなら、孫は結婚しないかもですね」


「そうそう、高校の先生が卒業する時、クラスの皆に言ったんだよ。教訓めいた言葉を。贈る言葉って奴。人生、欲しい物を手に入れたら、それを守る為に余分に力を使わなくてはいけなくなるってな。その分、人生の攻めに使う力が無くなっちまうって事だ。だから、家も車も子供も嫁さんも最初から手に入れない方が正解だ」


「めっちゃ早口で言ってそうな言葉をめっちゃ早口で言われた。」


「ニチャアが抜けとる」


「うるせえ」


「絶対先生、そんな事伝えたかった伝えたかったんじゃないと思いますよ。」


「どうだかな」


「まあ、お前の考え方も正解だよ。シンジ…でもな」


じいさんは一呼吸、いや、ため息か、少し間をおいてさらにウイスキーを飲んでから続けた。


「人間、守るべき何かを手に入れて、それを守る為に初めて出せる力ってものもある」


「なんだ?そりゃ」


「もし、仮に今のお前が人生にせいいっぱい力を出していないと感じているなら…何か守るべきものを持ってみるのも良いかもしれん」


「は、今だって、精一杯さ。ブラック企業で朝から晩までこき使われて、結婚どころか相手を見つける暇もない」


「それは、精一杯とは言わない…」


「は?」


「もっと、お前がお前らしく…お前である為の精一杯だ…」




3人の間に少し間が流れる。祖父さんは目を閉じてコップの中の飲み物をあおる




「ごめんなさい。私はよく、わからないな。」




彼女は明るく言って、空気を変えようとしてくれている。


だが、俺は、なんとなくその意味が解ってしまっていた…祖父さんが珍しく…っていうか、初めてかもしれない。俺に説教し、俺もそれにそれなりの反応をしてしまっている。その事実を突きつけられる事で、俺は何も言う事が出来ない。




「アンタはまるで、理想的な人生を送ってるような説教だよな」




必死に絞り出した…自分のなけなしのプライドを保つために、なんとか、必死に頭の中で祖父さんをディスる単語を探し続けようやくそれだけの言葉をひねり出した。


その言葉がどれだけ最低な言葉か、俺は良く解っていた。それでも言わないと自分が、自分として保てなかった。


爺さんは静かにため息…今度は紛れもないため息だった…をつくと、静かに立ち上がった。




「その通り…言う資格のない俺が余計なことを言いすぎたようだ…少しゲームをしてくる」




じじいはそう言って立ち上がって、店の支払いに使えと金を置くと、静かに店の外に出て行った。行先はいつものネットカフェだろう…。




俺は彼女と二人だけになる。


彼女は俺に何も言わなかった。俺もそれ以上、この日は続ける気になれなかった。


結局、その日は流れて解散…。何も話が続く事が無かった。




まったく、何やってんだ。俺。


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