第三章 走り出したら、走り出したで…
C・11月12日 全山縦走当日
人生という名の監獄
6:00 鉢伏山を登る
うーむ。やっぱりなかなか進まんなあ…。
受付を済ませて、ようやくコースを歩き出す…が、当然のごとくコースには多くの登山者がいて、普通に進めない。普段なら、ヘッドライトをつけないと暗くて歩けない道だが、多くの登山者がヘッドライトをつけてくれてるおかげで、道は充分明るい。ノロノロノロノロと列になって、最初に登る鉢伏山の山頂を目指す。人が二人並んで歩けるのがやっとの細い登山道。まだ、コンクリートで舗装されてる公園の階段なのだが……。
しかし、一応制限時間的なものがあるんだよな。この大会。こんな調子で50キロ近く先の宝塚まで歩けるんだろうか。
「大丈夫ですって。毎年、須磨アルプスの馬の背くらいまで、こんな感じで渋滞が続くみたいですよ。それが終われば結構普通に歩けるみたいです。それに、渋滞って言っても、こうやってゆっくりでも進めてるわけだし…」
そう、彼女、今俺の横を歩いている。
例の迷惑参加者達は彼女に一括され、バツが悪そうにしていた。しかし、あそこから、最後尾まで戻ることも逆にできず、結局列に割り込む形で受付を済ませていた。なるべく目立たないように、顔を背けていたつもりだが、結局、受付が終わった直後に見つかって、こうして、2人で歩く事になった。
「辰さん。まだ見つからないですか?」
俺は、うなづく。このまま見つからなかった事にして、一日どっかで時間潰して帰って、母親に言い訳するって手もあるのだけど…。まあ、この女に見つかった時点で少なくとも正統な理由がない段階でのリタイアは無理だろう。母ちゃんには、「理由を聞く」以前に、ジジイを頼むって言われてるからなあ。昼飯用の弁当も作ってくれたし…。(もうすぐアラフォーと呼ばれる年で母の手作り弁当を持って、山登りってどうなんだ……っていう、突っ込みはしないのが優しさです)
っていうか、辰さんって呼んでるんだ。ふーん。
「やっぱり、心配ですよね。登山経験あるって言っても、もうお歳だから」
確か、公式記録では男性で90歳代の完走者がいるって聞いたが…。女性でも80歳代。まあ、その辺はかなり特殊な人だろう。
「自分も全山縦走を歩いて、さらに人を心配するってのも大変ですけど、頑張りましょうね」
あ、やっぱずっと付いてくるつもりだ。この人。
いや、いいんだよ。出会わない方が良いとは思ってはいたが、協力してくれるのは助かるし、女の子と2人連れとか普通にうれしい。周りからも羨ましく見られてるだろう。正直おいしい思いをさせて貰ってる。それは認めます。さっきから、マシンガントークが続いて若干ウザいってのはあるが、それもまあ充分我慢できる。が……。
俺は、ちらっと後ろを見る。
ああ……いるよな……やっぱ、いる。
針のように刺さる視線を俺は見ないふりをして前を向く。そう、例の迷惑登山者…中年おじさんおばさんの4人組。今、俺達の真後ろを歩いている。この渋滞の中、さっさと逃げることも、先に行かせる事も出来ず。俺達の背中をさっきから、無言で睨み続けている。彼女は、その視線に見た所、まったく気づいていないようだ。いや、気付かないふりをしているだけか…。明るく、大きな声で元気に話している。いや、なんで彼女のせいなのに、俺がこんな思いをしなきゃいけないんだろう。
とりあえず、早くこの渋滞がほどけてくれる事だけをひたすら祈りながら歩いていた。
うおっと……、
ふと前を歩いていた登山者が立ち止まったので、そのザックに顔がぶつかってしまい足を止める。
「おっと、ごめんなさい」」
反射的に謝ってしまう、負け犬根性…は、いいとして、なんだ?なぜ止まったんだ、この人
前を歩いていた登山者は後ろから見た感じ、若い男性のようだ。かなりの細身で身長は高め…。止まっているのは彼一人。ゼエゼエと息を切らして、トレッキングポールを地面に突き立て、若干、えずきながら、俯いている。
いや、ポール使うの早すぎるだろ。いや、最初から使う人もいるけどさ。まだ50キロのうち1キロも歩いてないぞ。ポールもって、それも渋滞でこのスローペースでそれって、悪いけど、あなたなんで全山縦走しようと思った?
「い……いや、こちらこそ申し訳ない。小生、運動が異常なまでに苦手で」
しょ、小生?こいつ、今自分の事、小生って言った?振り向いた顔を見て、不覚にも噴き出しそうになった。年は未だ若い、高くみても20代だろう。しかし、眼鏡や髪型、そして顔つきや全身のそれが
あ、オタクだ。それも所謂、昭和のオタクのそれだ。笑い方はデュフフだな。100%俺の主観だけど。あたまが坊主なのもなんか笑える。
「だ、大丈夫ですか?お辛そうですけど」
彼女が、心配そうに声をかける
「く、心配は無用。カップルで全山縦走するようなリア充の御方々の足を引っ張るほど、まだ落ちぶれてはおりませぬ」
わーい。若干皮肉交じりだけど、生まれて初めてリア充って言われたー。一ミリもうれしくなーい。
「おい。早よどけや。」
突然の声に後ろを振り向くと、当然のごとく件のおじさんズの一人だ。明らかに俺を睨んでいる…。そうだよねー。やっぱり、俺も憎しみの対象になってるよね。あー、胃が痛い……なんで、登山に来てまで、これを味わわないといけないんだろう。この時、このリーダー格のおっさんを初めてじっくりみた。ウェアはもちろん。ザック、帽子、靴と全身をマ〇ートで固めている。…あまり似合って無いけどな。ブランドは関係無いとして、登山慣れして体力があるっぽい筋肉。そして見た感じ、落ち着いた物腰からして、会社では、そこそこの地位があるとみた。俺みたいなブラックの平社員ごとき、吹き飛ばせるくらいの権力はあるかもしれない。
「あ、あいやしばらく。この方々は小生とは、無関係。すぐに道を空けるゆえ、ご容赦願いたい」
デュフフはそういうと、細い登山道の脇の植え込みの中に自ら足を突っ込んで道をあけようとした。
「あ、そんな所に入っちゃダメですよ。この少し上にベンチがあったはずですから、そこまで頑張って歩きましょう」
言うと、彼女は彼の手を引っ張って、階段を登っていった。
あ……不意に手を握られた彼…若干頬を赤らめて目を伏せてる…。走り出しちゃったな…恋が。気持ちは解るぞ。俺も同じ事されたら、そうなってる。成就する事は絶対ないけど。
おっさん達の前に一人残されている事に気が付いた俺は慌てて、彼女達を追って階段を登っていった。
× × ×
彼女の言う通り少し登った所に広い展望スペースがあり。ベンチがあった。彼はそこに座って、相変わらず辛そうにしている。
「水飲んだ方がいいですよ」
言われた彼は、ザックからペットボトルを取り出すと蓋を開けて一気に水をあおった
「ああ、一気にのんだら、あとで水、足りなくなりますよ」
「本当にかたじけない。情けない限りでござる」
ペットボトルから口を離すと彼は言った。うん。どうでもいいから、その話し方、何とかならない?
「まったく。なんで、あんなのが、全山縦走してるのかしら」
背中から声をうける。それを聞いて彼は手で顔を覆った。
あ、彼、今の凄く傷ついてる…。声がした方が見ると、案の定、追い付いてきたマムー〇おじさんの一団の一人のおばさんだった。
100%「お前らが言うな」なんだが……。当然、言わずに言葉を飲み込む……
「アンタ達が言ってんじゃないわよ!!こっちは不可抗力だけど、そっちは明らかなマナー違反だからね!」
うん。君なら言うよね。もう知ってた。
アメリカ人なら手でおでこを押えてオーマイガーって言ってるレベルだ。
言われると、おばさんはむすっとして、歩いていた一団に続いて歩いていく。
「まったく、あんな奴らがアルプスに来ない事を願うばかりだな」
マムー〇が捨て台詞を吐いていく。ひとくくりかよ…。
「ああ、今年のアルプスデビューは楽しかったわねー。来年は、燕岳に挑戦しない?」
マムー〇達の話が聞こえてくる。
ツバクロて……。お前らも人の事言えないレベルの初心者だろうが。登山の。
ちくしょう。ムカつくな。ああいうイキってる自称中級登山家。
「なんて、失礼な人達」
彼女は未だ憮然としている。
「いや、小生の為に嫌な思いをさせて、重ね重ね申し訳ない!」
喋り方はアレだが、一応、こちらを気遣ってはくれているらしい。
「いや、もういいですって。そんな事より、この先、行けそうですか?」
「そう……ですな……。おかげ様で少し楽になりました。体力的にはまだ行けそう……なのですが、このまま歩いても、また多くの人に迷惑をかけてしまうのではないかと……ここはもう、潔く……」
彼は残念そうに俯いていた。
「どうして、全山縦走の大会に出ようと?」
踏み込んでいくねー。君。
「小生、田口と言います。こう見えて、アニメや漫画などのサブカルが大好きで……。所謂、オタクです」
いや、こう見えてって、思いっきりそれだから。
「どこから、話せばいいのやら…。学生の頃から、スポーツは苦手で、勉強もさほど出来ず…、まあ、それなりの大学を出て、それなりの会社に入り……、まあ、普通に人生が終わっていくのかな…と、27年生きてきて、ふとそう思ったのです」
あ、思ったより年いってた
「そう思うと、どうしても、いてもたってもいられなくなりましてね。何か自分らしくない事をやってみようかと。」
「それで、登山を?」
「数年前、登山に登る女子高生を描いたアニメがありまして、その時興味が…」
ヤマノスス〇か。俺も見てたよ。うん。でもそれ人に言ってはダメだよ。だいたいの人ひくから。
「全山縦走大会にはギリギリに申し込んで…走り込んだりしたのですが、仕事が忙しく、コースを歩くのは今日が初めてなのです…どうやら、甘くなかったようで…….。解ってはいたんですけどね…人生、そう簡単には、変わらないって…しかし…しかし…」
「まあなあ。人生が、何か一つのキッカケで変わるなんて事はまずない。残念だけど。」
「なんて事言うんですか!この…」
と、言いかけて彼女は口をつぐむ。田口は落ちこんだまんまだ。
「まあ、あなたがどれだけ人に自慢できる人生歩んできたかは知りませんけども。」
「いや、そう言われると返す言葉もありません」
「ないんかい!?」
彼女は憮然という。
小さなきっかけで人生が変わるなんてドラマの中の世界だ。こうやって、新しい何かをやろうとしても、まずうまくいかない、20年以上生きてきてしみついた、自分の本性…俺の場合は負け犬根性…が変革を拒否しやがるんだよな。
「でも…まあ、なんだ。なんか、解ってくるんだよ。そういう事繰り返していくうちに、ふっと何かに気付いたりな。するんだよ。俺の人生には無かったけど」
「なかったんかい!?ちゃんとフォローするのかと思った私を返して!」
「君、未だ30前だろ?そこで最初に変わろうって思えたんなら大丈夫だ。少なくても俺よりはな」
3人の間に沈黙が流れる。少し時間を使いすぎたな。多分、じじいは前を歩いているだろうから、先を急がないと…
「実際、50キロなんてあるくと足のダメージが相当残るぞ?諦めるなら早い方がいい。そこに気付けたら充分だ。」
「あー。変わるとか気付くってそっち?」
今度は彼女が呆れる。田口はうつむいたままだ。まあ、どうするかは彼自信が決める事だ。登山成功とは、目的地にたどりつくことじゃない。無事に家に帰りつくことだ。
「あ、見てください!!」
不意に彼女が、叫ぶ。
「朝日……上がってきましたよ!」
周囲がだんだん明るくなってきた。さっきから、少し肌寒さを感じていたくらいだが、それも気持ち明るくなってきたような気がする。さっきまでは、100万ドルとも言われる夜景が広がっていた阪神地区に少しずつ朝日が差し込んでくる。日の出だ
「夜景も良かったけど、この夜景と朝日の競演ってのもすっごく綺麗ですよね。私も練習で何度かこの時間歩いたんですけど、こんなに天気がいいのは初めてです。この景色…凄くないですか?」
無駄にハイテンションだな。しかし…。
いい天気だな。これなら、きっと、日中もいい景色がたくさん見れそうだ。この大会に参加すると決めてから、ここも何度か通った。でも、この時間に通る事は無かったし、天気によって見えるものも違う。今日、この景色は今日だけのものなんだろう。きっと。
50キロ近く歩くなんて、アホな事をやろうってんだ。そのくらいのご褒美が無いとやってられないよ。ま、景色を楽しめる余裕があるかどうかは分からんけど。
「綺麗ですね……」
田口は、なんか、目を潤ませている。
あ、これ、もう少し頑張ってみますパターンだ。
「俺、もう少し……頑張ってみます……。」
小生は?もう、どうでもいいか。
「そうですよ。まだまだ縦走は始まったばっかりですからね。とりあえず行ける所までいきましょう。」
笑いかける彼女に、また照れ臭そうにする彼…その度にチラチラとこちらをみてくるんだよな…。完全に俺とこの女の仲を勘ぐってつってやがる。ウザい。
ため息まじりに俺は答える。
「行くなら早く行こう。こっちは色々目的もあるしな」
俺はそう言って歩き出した。
2人も続く。坂の途中、田口は彼女に聞こえないように、こっそりと俺に話かけた。
「ありがとうございました……小生にもいつか、あなたのように素敵な彼女が出来ると…そう、信じて頑張ります。」
色々間違ってる。ってか、それだけは絶対ないから安心しろ。
絶対、こいつどこかで引き離して置いて行こうと俺は心に誓った。
そういえば、うちのじじいとこの裕美なる女…。
結論だけ先に言っとくと、結局どんな関係だったのか俺は解らなかった。
恋愛は無い…確かに最初にそう言ってた気はする。事実、2人からはそんな素振りも感じなかったが…。解らんよな。男女の事だし。っていっても多分50以上離れてるぞ?年齢。その二人がどんな意味があって、邂逅したのか?いや、人生に意味なんて無いのは俺が良く知ってはいる。
結局「本当はつき合ってます」とか言われたら、明らかにキャパシティーオーバー。どう対処していいか解らなかったから、突っ込んで聞かなかったのもまた事実。…必殺、ダメ社会人の48手、結論先延ばし。
この山行の結果によっては、その事も聞かないといけないかもしれない。
ちくしょう。またノルマが増えたよ…。嫌な言葉だ。
ノルマがきつくて…
3.三ノ宮、ブンタローと三ノ宮ではないどこか
8月18日
月が出ている。静かな夜だ。やわらかい月明かりに、かつて、町と呼ばれていた廃墟が浮き上がってくる。転がっているのは、ちょうど、21世紀初頭くらいの町の残骸だろうか。なんだって、こんな所に夜中、一人、来なきゃいけないんだ。瓦礫の間に足場を探しながら、カイトは一人、ため息をついた。
文明……という言葉が無くなって既に、100年…。世界は既に、「奴ら」のものになっている。満月の夜は奴らの世界…こんな所を歩いていると…
突如、ガラっと崩れた背後の壁を振り返る。と、そこには…
「ち。まずいな…。アビスドレーク…レベル65ってところか」
ゴリラの倍くらいはあろうかという、巨大な獣人型のゾンビが3体…唸り声をあげて立っている。
カイトはバックパックから98式の自動小銃を取り出す。今日はバトルが目的じゃないから、持ってきた一番火力がある武器はこれだ。
とびかかって来たそれらには多分効かないであろう、自動小銃を乱射する。
その刹那…
後方で大きな砲撃音。当然カイトは気付く暇すらなかったが、発射されたそれは、カイトを追い越して、3体のゾンビの中央に炸裂。すさまじい轟音と共に、ゾンビたちを吹き飛ばした。
「…おいおい瞬殺だよ…」
確か、対戦車用なんちゃら…とかいう、バズーカ…あんなもの持ってるのは、相当の手練れだ。カイトが振り向くとそこには、金髪碧眼の女が一人、バズーカ砲を担いで立っていた。
「なかなか、来ないと思ったら、こんなところにいたんですか?」
「そっちが、具体的な場所言ってくれなかったからでしょうが、どれだけ探したと思ってる?」
女の横にステータスウインドウが開く。そこには、エレン レベル78と言う文字が書いてあった……
「どうでもいいけど、カイトって随分、厨二の名前ですよねww」
「エレンとの違いが良くわからんのだが…。」
………
っていう、ゲーム画面を俺は眺めていたのさ。
ネットカフェの一室で、ようやく彼女を見つけたという事にとりあえず安心し、ため息をついてから、アイスコーヒーを一口、口に含んだ。まったく本人同士近くにいるのに何故パソコンのゲームを通して会話してるんだろう…っていう言い知れぬ虚しさが俺を襲う。
彼女からジジイの話を聞きたいのだが、ひとまずジジイ本人がいる所でする話ではないだろうと言う事になり、このネットゲーム「オシリス」の中で会おうと、言う事になった。(偶然、2人ともプレイ経験があった)正直、彼女のデカイ声で話されると、談話室でも相当迷惑そうな目で他の客から見られていたので、こっちもこの方が好都合とも言えたし、ジジイの目を気にしながら話すのもやっぱキツイ。で、彼女とは同じネカフェの別の個室でこうしてログインして話すという、変な会話が完成したわけだ。
こういう場合、通常の社会人男女なら、カフェなりバーなり、静かに話の出来る場所に場を移すものだが、ここ数年、デートは勿論、女性とほぼ関わりを持ってこなかった生粋ボッチの俺。そんな選択肢が頭に浮かぶ事すら無かった事はご容赦願いたい。
そこで、俺は改めてパソコン画面を見る。しかし、この女、凄いレベルだな。ちなみに、このゲーム。当然のごとくウチのジジイもプレイヤーらしい。彼女よりも強いと言っていた。いったい何なんだよ。この二人は。
『で、どうします?』
ゲーム内のチャット画面の文字が俺に話かけて来た。
一先ず、敵モンスターが出ない位置まで移動して、会話を再開する。
『まず、簡単にで良いのですが…。ウチのジイさんとどういう知り合いなのか教えてもらっていいですか?』
まあ、どう答えられても、何を返していいか全く心の準備をしていなかったわけだが。
『www何で敬語なんですか?』
うるせえよ。緊張してるんだよ。女とチャットなんてしないんだよ。ライ〇だって、家族としかしねーんだぞ。俺のスマホの連絡先一覧みてみるか?あと、そのwwwって草はやすの、やられると何かムカつく。
『年の離れた恋愛をしてるとか、そういうのは無いですから』
あ、そうなんだ。この時まで、その可能性を考えてすらいなかったのは、内緒。友達…って感じでもないような気がするんだけどなあ。
『最初に会ったのは半年くらい前です。その時は既にこのネカフェの常連って感じでしたよ』
彼女は語る。その頃、今ほどでは無いがちょくちょく六甲山には来ていたが、老人一人いる事で次第に記憶に残るようになり、たまに泊まったりしている事に違和感を覚えるようになったらしい。ジジイはジジイで何度も顔を合わすうちに彼女の顔を覚えていたらしい。で、2人で初めて話すキッカケになったのがこのゲームらしい。パソコン画面を覗いて思いの外高いレベルに驚き、つい声をかけたそうだ。
『で、話してるうちの仲良くなったわけだ』
『なーんか、さっきから取り調べみたいです。』
ハイそうですか。地なんですよ。コレ。こんなのだから、本社の営業を3年で外されたわけなんですよ。学生の時、後輩の女の子何人も泣かせましたよ。あ、見た目と接し方が暗くてキモくて怖いからって意味でね。誰も間違わんかwwww。な?ムカつくだろ?
と、なると、ジジイがここに来だした原因は解らないわけだ。
『あ、でも、それとなく聞いた事ありますよ』
おお。どう答えた?と、パソコン画面に身を乗り出し彼女に尋ねてみる。
『「俺は、ここにいなきゃいけない…とか、外に出る資格が無い…」とか…。言ってましたよ。まあ、その時は私もそんなに気にして無かったんですが…。』
ん?ちょっと、恰好つけただけのようにも聞こえるが。
『何か贖罪の気持ちがあるのかな?って、その時は思いました』
贖罪ときたか。しかし考えてみれば、一番妥当な理由かもしれない。こんなの自分をイジメてるようなものだからな。自分をイジメるって言葉が頭の中に浮かんで、俺はふっと思い立った。昔ジジイが同じ事言ってたな。確か…登山についてだ。しんどい思いをして、危険な山に登る。そんな登山と言う行為を自ら揶揄して言ってたっけな。
まあ、確かに登山はドМな趣味だと思うが…、少なくともジジイの登山に、本当に贖罪という気持ちは無かったと思う。だって、登山には登頂した時の達成感とか、絶景を見る喜びとか色々とそれに見合ったご褒美が期待できるからな。今のこの行為には……。
『心配ですよね。まあ、ネット仲間が減るのは残念ですが、やっぱり私も良くないと思います。なんとか、止めて貰えるよう、頑張りましょうね』
原因究明するまでつっこんだ首を抜く気ないな。この女。
『自分で多用しといて言うのも何なんですけど、こう言う所で寝るのは本当に良くないですよ。いや、もちろん体にもなんですけど。精神的にも。なんか世界で自分以外の人間がいないんじゃないかって感覚になります。世界に一人だけ…みたいな。どうしようもなく不安で…。まあすぐに慣れるんですけど』
なんだそりゃ?慣れるんかい。
彼女との会話が終わると俺はパソコンから目を離し、個室の椅子に深く座り込んだ。
あまり多くは聞き出せなかった。…っていうか、良く解らんかった。二人の関係もネカフェに籠る理由も。
世界に1人だけか…。なんか仏教思想的な話でよく聞くよな。所詮人は誰とも分かりあえない的な無常を解くやつ。
ネットカフェの個室は狭く無機質な壁に囲まれている。俺も爺さんも山で、ソロのテント泊をした事があるから、それに比べたら快適な事この上ない部屋だ。空調は効いてるし、椅子は適度にクッションが効いてる。トイレも食事もまあ困る事は無い。扉を一枚開けたら必ず人はいる。しかし…。どうしようもなく不安…か…。ジジイも不安なのだろうか。奴は果たして、この空間の中で何を感じているのだろう。
学生時代…大学の図書館の地下書庫に研究目的で初めて入った時…、あまりの無音と人がいないって事に恐怖を感じ、1時間も耐えられなくて外に出た事を思い出した。無音だったからか?人がいないからか?違うな。なんか、真っ暗な空間の中に、書庫だけが浮いてるような…もう、ここ以外に世界が無いんじゃないかって……。ああ、世界に自分一人って…そういう事か。
まあ、書庫は直ぐに慣れて、逆に昼寝したりして、司書のおばちゃんに怒られてたけど…、今回の場合、この空間への恐怖よりも、それに慣れてしまう方が、問題なのかもしれないな。自分はこれ以上、何処にもいけないし、何にもなれないって認めてしまう感じ。諦めてしまう感じ。
すぐに慣れるんですけど
彼女の言った言葉を俺はもう一度パソコンで確認した。
ああ、ダメだ。俺が一人で色々予想しても。いい結論が出るワケが無い。とりあえず、今日はこのままここに泊まってみるか…。ジジイの気持ちがほんの少しでも解るかもしれない。
俺はひとしきり、無駄な物思いにふけった後、そのどこかも解らない、名前の無い無機質な空間で、一人静かに目を閉じた。
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