第二章 旅立ちまでの距離

B・場面は再び、11月12日 全山縦走当日へ




5:45須磨浦公園を出発






な…長い…




ゴールまでじゃない。受付…スタートまでがだ




そう、縦走はまだ、始まってはいない。俺達の冒険はこれからだ!




黙れ。俺




全く、これで話が完結して家に帰れたら、どれだけ楽だったか。




まだ、真っ暗な須磨浦公園。全山縦走で最初に越えるべき、鉢伏山へと続く坂道の入り口付近に縦走の受付があるのだが、駅から続くこの行列…一向に受付にたどり着かない…






来るんじゃなかった…






いったい、今日、何回このセリフを心の中でつぶやく事になるのだろうか。さっさとリタイアして帰るなり、車とか使って、楽するなりすりゃあいいんだけど…、そうもいかないのが、つらい所。


せめて、あの女とだけでも出会いませんように。






って、考え事をしていると、俺の横をやはり登山スタイルで囲んだ一団が列のスタスタ歩いて、俺の並んでる列の横を追い越していく。50代くらい4人のおっさんとおばちゃん。おい。みんな並んでんだよ。追い越ししてるんじゃねーよ!……って、あれか。大会出場じゃなく、勝手に登山道を歩きに来たってなら、文句も言えねーな。




山道を占拠してるのは、俺達、大会出場者なんだから……おい、ちょっと待て!違うぞ




追い越される際、俺の目が確かにとらえた。こいつらのリュックに小さな黄色いリボンが付いている。これは、大会出場を応募して当選すると出場者に当日の目印として郵送してくる……とにかく、こいつら、出場者だ!




おっさん達は、周りの目を気にせず、受付の前で強引に列に割り込み、受付をすまそうとしていた…




おいおい。どうなってんだよ。この町の民度…。ああいう奴らを野放しにしてる時点で、周りの奴らも同罪だからね。全く、とんでもねえ、下賤な市民どもだ…あ、俺も市民だった。てへ。




いや、可愛くねーから。




そう、気持ちは解る。不快には思うが、余計なもめごとはゴメンだ。臭い物には蓋。見なかった事にしてやり過ごすのが賢明。安定志向の何が悪い。それが、正しい腐った社会人の在り方。




中学生の時、ある、中年のおばちゃんの先生が一度、授業中に騒いでばかりいる一人の生徒を怒る時、クラス全員に対して言った事を思い出した。「一人の悪を放置するクラスは、ヤ〇ザを放置している社会と一緒や!」って、結構な勢いで怒鳴ってた…その時、俺は「じゃあ、先生、今すぐ〇〇にある、事務所に行って解散させてきてよ」って言った。普段、授業で発言なんてめったにしないのに。そしたら……






「ちょっと待ったー!!」




あ…




「何、順番抜かししてるのよ!アンタ達!!」




辺りの人たちがどよめく。




俺の頭の中にorzのAAが浮かぶ






orz………








どう聞いても聞き間違いのない、この場違いな女の声…あいつだ…


何より、あんな、地雷原でタップダンスどころか、かかと落としで地雷を踏み砕くような勢いで、厄介事に首を突っ込める女など他にいる訳がない。


改めて、俺はこう思った




来るんじゃなかった……






2.三ノ宮 8月18日 ネットカフェ ブンタロー






「……で、あの女、誰?」




なんで、金曜の夜に、彼の浮気を疑う女みたいなセリフを言ってるんだろう……俺は。


それもネットカフェの談話スペースで……自分の祖父に対して!!


ワシの人生、ここまで不幸か…はあ…




「俺のファンらしい」




「…いや、そういうのいいから」




談話スペースで二人してスマホを片手に、あるソシャゲの協力プレイを2人でやっていた。何なんだ。このジジイのオタクコンテンツの守備範囲の広さ…


っていうか、この老人。このソシャゲにしたって、ほぼガチ勢並みのキャラがそろってる。


いったい、いくら課金したのやら…


先週、このジジイとここで遭遇してから、2人でここで会うのは最初だ。


あの晩…なぜ、老人を一人置いて家に帰る事が出来るのかと延々とあの女に説教された。ろくに会話もせず、とにかく逃げるように家に帰った。当然、じじいは連れて。


うん。とにかく、やっかい事に巻き込まれる事だけはゴメンだったから。


って、また誰に言い訳してるんだ。俺は。


突然、2人して家に帰って来た俺達に両親は少し怪訝な目をしていた…


むすっとして、何も話そうとしないジジイを横目に俺が事情を説明すると、親父は、「まあお義父さんも一人になりたい時もあるだろうから、そっとしておこう…」と、曖昧に笑っているだけだった。


で、母親はと言うと…






「祥子に言われてきたのか?」




「ああ、そうだよ」




翔子ってのは俺の母親の名前。この祖父さんの実の娘。まあ、ごく一般的な家庭であった我が家。母は祖父を引き取る事になった事に、親父に対して結構な引け目を感じていたようだ。近所で変な噂が立つ前に、ジジイの奇行を止めたいと、かなりヒステリックに俺にまくし立てて来た。奇行…確かにそう言った。そして、止めさせるために、ひとまず何故こんな事をしている理由を聞いて来いと、俺をたきつけたと言うわけだ。


当然、俺は最初、嫌がったわけだが…




「お互い、居候は辛いな」




居候言うな。っていうかお前と一緒に……いや、一緒かな


ジジイはため息をついた




「さっさと結婚して、家を出ておけばよかったんだよ。お前の兄貴みたいに」




いちいち、煽り方が腹立つな。




「別に家はいつでも出るよ。でも、結婚はさ」




「でたよ。自分のペースがあるから宣言だ」




「言ってねえだろ。っていうか、それ、ニートが言うやつやから。俺、ちゃんと10年以上会社勤めてるから」




ちなみに、子供部屋おじさんって言葉がネットで言われ始めるのは、この数年後の話。




「変わらんな。お前の生き方なんて、ニートと。」


俺は飲んでいたアイスティーのコップをドンとテーブルにたたきつけた。


一瞬、シンとなる店内。だが、他の客たちは直ぐにそれぞれの会話に戻っていく


俺がニートならアンタは何?って言う言葉を俺は飲み込む。




「こりゃ失敬」




ジジイは、曖昧に笑ってごまかした。ふん。孫にビビってるんじゃねーよ。ま、俺は人間出来てるから、このくらいで怒ったりはしないけどな




「で、今後も続けるわけ?こういうの」




一呼吸おいて、俺が切り出す




「もちろん。もう、これで面倒くさいウソをつかなくても、ここに来られるようになったからな。休日も平日も気にせず来られる」






開き直りやがった。まあ、母親が心配するわけだわ。




「とりあえずさ。泊まりだけやめへん?終電でもいいから、家に帰って寝るってのはどう?」




思わず嫌いな神戸弁がでつつ…説得モードに入る。ま、根本的な解決にはならないけどね。とりあえず、老人がネットカフェに泊まるなんていう、不健康な行為を止めさせれば、俺の仕事は終わる。いや、終電でもこの老人なら相当体にこたえるとは思うんだけど。




ジジイは黙り込んだ。




「でさ。母さんが聞きたがってたんだけどね。こんな事してる理由って何?」




返事はない。ただの…以下略…なんなんだろうな?ただの。




「ネットやゲームするだけなら、家でもいいわけだよね?」




答えは返ってこない。




まあ、これに関しては、俺は母親よりも親父の方の気持ちが良く解る。誰でも一人になりたい時ってのはある。それに対して、これといった理由が存在しない事も、またよくある。こうやって直接聞いても多分、明確な答えは返ってこないだろう。なぜなら、じじい本人も心の中で言語化できていない可能性が高いから。親父はあくまで、その辺りのジジイの心境を察したうえで、そっとしておこうと言ったんだろう。それはきっと正しい。


ま、でも、「なら、ほっとけば、そのうちこれを止めるのか?なんとかしなくちゃいけないだろう?」って言う、母親の気持ちもわかるんだけど。主婦をずっとやってる母親は、当然いつも家にいるが、少なくとも、こんな方法で「一人になった」事は俺の知る限り一度もない。こんな行動は、到底許せないんだろう。それもきっと正しい。


現段階では、どちらが正解なのか解らない。ま、正直俺はどっちでも興味は無いし、意見を言う資格も無いんだけどね。


問題は、この家族問題…問題なのか?まあこの家族問題のどこに落としどころを持っていくか…だよな。


母親、父親だけじゃなく、ジジイ本人も納得するようにしないと…


くそ。思ったよりずっと難しいな。これ。




「おい。回復が間にあわんぞ?」




あ…しまった。今協力プレイの最中だった。考え事しながらだったから少し手が止まっていた。


と、思う間もなく、ボスの必殺技が炸裂し、あえなく、我ら祖父孫チームは敗北した。




「あー、やっぱダメだったかー。今回のイベントボスの強さ設定、絶対おかしいよな」




ごまかしながら、スマホをテーブルの上に力なく置いて、俺はため息をつく




「待て待て、こっちのキャラの育成がもうすぐ、終わるから次はこいつを入れて、やってみよう。属性反転のアビリティが多分このボスに有効だ」




ジジイがスマホを見せてくる…




「このイベント用に実装されたアレじゃねーか…なんで持ってるんだよ!」




「おう。ガチャ10連一発で出たぜ。」




いや、なんなんだ。このジジイは。なんだよ10連で一発って。いや、わかるんだけど。


で、その時。




「あー、いたいた!」




また、静かな店内に急に響くひときわ甲高い女の声…。


振り向くと、例のあの人(ヴォルデ何とかかよ)が後ろに立っている




「やあ今日も来たね」




「何?いっつもこの店にいるの?この人」




俺はジジイに尋ねる




「随分なご挨拶ですね」


「六甲山に登るんだよな」


「そうです!今年の全山縦走大会に挑戦しようと思って、可能な限り毎週コースを歩いてるんです。でも、和歌山県住まいで家が遠いんで、前日にここに泊まって朝早く出かけてます!」




ぐっと、片手をガッツポーズ気味に彼女は引き付けた。


そうか、登山趣味だったのか、この女。それなら、じじいと会話は合うのかもな。


いや、でも六甲山に泊まりで登りに来るって相当気合い入ってるな。標高1000m無い…コースにもよるが、ハイキング用の山だぞ?全山縦走ってそんなに、生活かける程の凄い大会だっけ?何より、今夏の真っただ中。低山登山は暑さで死ぬぞ。例えじゃなくて、本当の意味で。ああ、だから、朝早くに行くのか。






六甲山とは港町神戸のすぐ北を東西に長く陣取る山々の総称だ。町に近いので比較的道が整備されてて登りやすく、港町を見渡す景観も良い。休日にはカップル家族連れで賑う。で、その山には、全山縦走路という全長約50Kmに及ぶロングトレイルコースがある。登山好きの市民にはおなじみで、古くはかの名登山家もトレーニングに使ってた伝統の…、まあ細かい説明は良いか。


毎年11月にそのコースをみんなで歩こうって大会が市の主催で開かれる。2,3千人の人が12時間以上の時間をかけて須磨から宝塚まで歩く…ドM達の祭典だ。完走すれば一部の登山好きには自慢できるが…


どうだろうな。全国的に見ればマイナー感は否めない。


話を戻そう。




「あ、2人でドラゴンSやってるー!私も協力してもらっていいですか?今のイベントのボス強すぎて倒せなくって」




あ、話が合うのは登山だけじゃないんだ。やっぱ、こっちの方も結構詳しいのかもな。この人。


しかし、こいつ。声がやたらデカイ。声を発するたびに、いちいち周りの客を心配して辺りを見回さなきゃいけない、こっちの気持ちにもなって欲しい。


できればもう関わり合わずに終わるのが理想なのだが…


この一件を収束させるには話を聞かないワケにはいかないだろうな。ここでジジイと過ごした時間は結構長そうだ。この女、確実に何かを知ってるだろう。家族の知らない何かを。


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