六甲全山縦走の夜

柴崎 猫

第一章 長い1日の始まり。

A・急募、疲れずに50キロメートル歩く方法


201X年11月12日 六甲全山縦走当日




 いったい何でこんな事になったのだろう。




と、いやなイベントに巻き込まれた時のお決まりのセリフを心の中でつぶやきつつ…


電車から降りると俺は大きなため息をついた。


 午前5時半の須磨浦公園駅。夏の海の時期を除いて、普段はわずかな登山客や釣り人しかやってこないこの駅(さらに少数だが、鉢伏山に観光に来る人もいる)駅舎の古さを見ると、田舎の無人駅と大差ない…というのうは流石に盛り過ぎだが…それでも、この時間。こんな数の人がいるなんて…


 電車から一緒に降りた、信じられないくらい大勢の人混みにもまれながら…10分近く時間をかけて、なんとか改札までたどり着くいや、ほんと数メートルなのよ。ホームからい改札まで。


 本当なら駅舎を出たらすぐに須磨浦の青い海が広が見えるのだが、外はまだ真っ暗。もっとも明るくても人混みが邪魔で見えやしないだろうが。秋も深まってきて風が冷たい…これから約50キロをまるまる半日以上の時間をかけて歩こうっていう、どM達であふれている。


 いろんな人がいる。半分くらいは登山ルックに身を包んだおっさん…まあ、俺もその一人。でも、登山する男ってだいたい50代以上が多いから。俺まだ40前だし。って、何を言い訳してんだ?俺は…。


 男より圧倒的に少ないが女性もいる。こちらも女子高生くらいから、年配の人まで…。まさに老若男女入り乱れって感じ。




 かつては登山を趣味としていたし、神戸に三十余年、ずっと住んでいる俺は、六甲全山縦走大会なるものがあるのは知っていたが…まさか、平成も30年近く過ぎたこの時代、ここまでの人が集まるイベントだったとは…。すげえな神戸。


しかも、俺が参加する事になるなんて…




 嫌いなんだよな…神戸も…登山も…そして、じいさんも…










1. 話は3か月前に遡る




8月4日 三ノ宮駅のすぐ側ネットカフェ ブンタロー








 長い長いネットカフェの本棚を抜けると…


 当然、そこに雪国は無い。代わりに老人が立っていた。このご時世、ネカフェに老人がいる事って実はそう珍しい事では無い。しかし、それが自分の祖父であったら…どうだろうか。


 ある金曜日の夜だった。仕事帰りにふと、漫画が読みたくなり、ネットカフェに寄った。そこで、自分の祖父に出会ったわけだ。祖父の名前は阪口辰雄。もう70もはるか昔に越えた年齢。母方の祖父である。現在、俺と実家で同居中。


 で、その祖父さん。は、俺をとても気まずそうにしばらく見ていると、すっと、その場を去ろうとした。


「いや、まてまてまてまて」


 俺は、その老人の服の袖を掴んだ。


× × ×


 「いやー。ルフィ対カタクリがどうなったか気になってな…」


とりあえず、談話室に移動し、2人並んで、ドリンクバーのジュースを飲みながら、肩を並べる。金曜の夜に祖父と二人で何をやってるんだ俺は。


 「なに?ワンピー〇読んでるの?」


 「うむ。ちょっと、今はまってるゲーム実況の生放送が家で見づらくて…それを見るついでに」


 「いや、まてまて、突っ込みどころは色々あるが、聞きたい事が一つある。今日、老人会とやらの旅行だって言ってたよなあんた」


 そう、それが気になってた。この人は今日、旅行に行って帰ってこないと家族には言っていたのだ。それがここで何をしているのか…そして、ここ数年…ほど、そういう旅行で家を空ける事が結構あったのだ。まさか、その時もこうやって…


「まさか、いつもこうやって…」


「いつもじゃないさ…ちゃんと旅行にだって行ってたさ…何度か……」


あ、これ、最初の一回だけのパターンだ。


「凄いぞ、ここ。ドリンクバーがあるし、風呂も完備、ボタン一つで軽食も届く。朝早く起きても誰にも気を使わない」


「ご老人、当てつけって言葉を知ってる?」


「お前は、皮肉って言葉を学べ」


皮肉の応酬…つながってるねえ…血が


「うちに何か不満があるの?」


「別に不満は無いさ。こんな不良債権老人を家においてくれてる家にな」


だから、不良債権とか言わない。


「お前にも解るだろ?なんとなくな…気を使わないわけはないし…あそこで一人でいると、色々かんがえちまう」


「ここで一人でいる分にはいいっての?」


「ああ、時間があっという間に流れる」


それは、浪費と言うんだ…と、その言葉を俺は飲み込む…この人は多分、そんな事良く解ってるんだろうな。そして、言われた通り、俺にも良く解る…


俺は黙って席を立つと店の出口に向かって歩き出そうとした


「行くのか?」


「別に…俺がどうこう言う事じゃないしさ」


「お前……いや……何もない」


ジジイの言いたい事もまた分かった…けど…。やっぱり何も言わない。つながってますな。血が。


ま、俺は、今日は帰る…その選択が間違っていなくても、そうでなくても


「ちょっと、待ったあ!」


なんだ?店の中を切り裂く女の声…


やめてくれよ。まさか、これ、俺に言って無いだろうな?


「あんた、こんな所にお年寄りを一人置いて帰る気?」


あ、やっぱ、俺だった


「おや、裕美ちゃんか。よくこいつが孫だって分かったな。」


若い女だ。20代の中盤くらい私見だが結構可愛い。肩までくらいの整えられた髪。、三ノ宮という町にはいささかラフすぎるスタイルだが、それでも所謂ダサさを感じさせないのは、まあ本人のスタイルが良いのと。あと、色を選ぶセンスも…。


と、いささかヒロイン登場的な語りをしてしまったが、80近いのジジイの知り合いとして現れたこの女…


俺には、冒険に出る前の勇者が、いきなりラスボスに出会ったくらいの絶望しか感じなかった。


そう、ろくな事になりそうな予感がしない…。








つづく…

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