第22話 夢見の外で

ゴブリンたちも寝静まり、静かになった洞窟。


リュトとフェルムが休むテントに、

忍び寄る影がひとつ――


そっとテントを開け、中に入る。

向かって左にフェルム、右にリュトが眠っている。


影は左手に、

研ぎ澄まされた石刀を握り、

眠っているリュトの頭上から、

一気に振り下ろす―――


ガシッ!


振り下ろされた腕は別の腕に掴まれ、

寸でのところでピタリと止まる。


影がその腕の伸びる先を辿ると、


「何か用ですか、?」


眠っていたと思っていたリュトが、

目を開いてこちらをしっかり見据えていた。


「ナゼ……」


驚く影――パパゴブリンは問う。


「最初から警戒していたからねぇ。

 ギルドで見たゴブリン退治の依頼。

 アレってキミたちのことでしょ?」


掴まれた腕を振りほどくことも出来ず、

歯噛みするパパゴブリン。


「オ前タチ、ヤハリ冒険者……

 目的ハ、オレ達ヲ倒スコトダロウ?」


鬼の形相で睨み付けてくる。

そんなこと意にも返さんといわん表情で、


「確かに冒険者だよ。


リュトは続けて説明する。


「ここで君たちを全滅させて依頼達成しても、

 今の僕たちには報酬を受け取る資格がないんだ。

 タダ働きしてでも依頼をこなそうって思えるほど

 仕事熱心ってわけじゃないんだ。

 少なくとも僕はね」


話している間も、パパゴブリンは掴まれた腕を踏ん張ってみる。

が、ビクともしない。


「僕たちを見逃してくれるなら

 今起こったことは見なかったことにしてあげるよ。

 それでもまだ僕たちを殺そうって言うなら――」







「―――潰すよ?」


声が低くなる。

先程までの説得のための穏やかな声から、

怒りと殺意の混ざった恐ろしい声に。


「ヒッ……!!」


リュトは抑えていた腕を解放する。

パパゴブリンは恐怖で後ろにのろけてしまう。


「この集落の大きさだったら、

 全滅させるのにそう時間はかからない。

 大人も子供も皆殺し。

 先に仕掛けてきたのはそっちだからね。

 抵抗されたって誰も文句は言えない」


テントから抜け出し、ゆっくりとパパゴブリンに近づくリュト。

背後を見ると、他の大人ゴブリンたちも

テントの前に待ち構えていた。


「こっちには何の事情も知らない連れがいるんだ。

 ここは穏便に済ませた方が

 お互いにとって最善だと思うけどねぇ」


最初の声のトーンに戻すリュト。



パパゴブリンは震えていた。


相手は二人。一人はテントで眠っている。

戦えそうなもう一人は武器も持たず丸腰。

にもかかわらず、その少年から発せられる

善意と殺意が入り混ざったオーラ。


今まで何人もの冒険者を返り討ちにしてきた彼でさえ、

出会ったことのない天敵だった。


力無く腕を下ろし、石刀を捨てる。


「オ前ニ従ウ…

 ダカラドウカ、同胞タチハ……」


パパゴブリンの言葉に、他のゴブリンたちがどよめきだす。


そんな彼らにパパゴブリンは顔だけ振り返り、

首を横に振る。


勝てない――

殺される――

手を出してはいけない――


その一挙動だけで、自らの意思を伝えたのだ。


そのままパパゴブリンたちは踵を返し、

自分たちのテントに戻っていった。





ゴブリンが一人もいなくなったのを確認したあと、

リュトはテントの中を見やる。


先程までのやりとりなど何も知らず、

静かな寝息を立てるフェルムの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る