第9話 別れて…①

ジャリン…


「あら、もう行くの?」


宿屋のおばあさんが、私の姿を見てそう聞いてきた。


「はい、お世話になりました」

「いえいえ」


そう返事をしたあと、おばあさんが、


「あら?お連れの方は一緒じゃないの?」

「……知りません。あんな人。」


湧き出す怒りを抑えながら、足早に宿を出て行った。


一度だけ、パートナーだった人の2階の部屋の窓を見上げる。

カーテンが閉まっており、顔は見えなかった。



ヴィーゼルをあとにした私は、昨日通った森の中を歩いていた。

何度かスライムが現れたが、無視して逃げた。

そうしてもうじき出口が見えてくるだろうというところに差し掛かったあたりで、私はまた考え事をしていた。


村に戻ったら、お母さんになんて言おう。

大魔道士になる!なんて啖呵切ったくせに、たった2日で逃げ帰ってきちゃうなんて。

……でも、もういいかな。わたしみたいなのが大魔道士になろうなんて、出来るはずなかったんだ。

そうだ、家に帰ったらお母さんの仕事を手伝おう。薬草集めて調合して、村の役に立つ薬を作る手伝いをしよう。そのほうがきっと――


ドン!


「きゃあ!」


何かにぶつかった私は後ろに倒れて尻餅をつく。


「ちょ、大丈夫かい?」

「は、はい。大丈夫です…うぅ」


そこには、大きなカバンを背負った3人組の男の人たちがいた。

どうして考え事をしているときに限って、誰かとぶつかってしまうんだろう…


「ええと、皆さんは…」


「ああ、俺たちは冒険家さ。3人でいろんなダンジョンを攻略するのさ」

「冒険家って俺ら、ダンジョンで宝見つけて金稼ぎしてるだけだろw」

「まあいいじゃねーか。おなじだって、んなもん」


とても仲良さそうな会話。長年付き合ってきた親友といったかんじに見えた。


「ひょっとして、君も冒険家かい?なんなら途中まで一緒に着いて行ってあげるよ」


冒険家の一人が提案した。


「えっと…」


私の脳裏には、港町で男3人に襲われたときの光景がフラッシュバックのように焼き付いていた。


「だ、大丈夫です!わたしもう帰るだけですから!」

「そうか?じゃあ気をつけて帰んなよ。この先危険かもしれないからな」

「はい?気をつけます??」


そんなに危険な場所なんてあったっけ?

ここまでスライム以外には遭遇しなかったはずだけど。


「じゃ、じゃあもう行きますね!さよならっ!」


浮かんだ疑問にそれ以上追求することなく、3人の目の前を横切って、

そのまま道の奥へと走っていった。


「しかし今の、可愛かったなあ」

「うっわ、お前あんな年下相手が好みなのかよ。引くわwww」

「ち、ちげーよ!俺はもっと年上の女性が好みだっつの!」

「お前何ムキになってんだよwww」


わいわい騒ぐ3人組。

そこはちょうど、森の中にたった1カ所ある分かれ道――


その3人の後ろには――


もう一方の道と指示看板――


私が進んだ道を示す看板の――


「このさき、かえらずのどうくつ」の文字に――


私が気づくことはなかった――

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