第11話 ナニカイル
少しだけ仲良くなれた清水と身を寄せあい、肩を並べて眠りについた。
とはいえ十分な場所が確保できるわけではないため、座ったまま目をつぶる程度だ。
それでもこれまでの疲労も相まって、意識はあっという間に闇へ誘われたのだった。
――しかし。
「…………んっ」
ふと、もの凄い近くで何者かの気配を感じ、私は目を覚ました。
「……なに?」
清水ならば問題はないが、もし豊田だったりしたら色々な意味で危険がある。
私はまどろみの中から自分の意識を急速に引っ張り上げ――。
――目を、開いた。
「――――っ」
悲鳴を飲み込めたのは奇跡に近い。
一寸先すら見通せぬほどの黒一色に塗りつぶされた空間。
全ての光が拒絶され、自分が在ることさえ不確かな世界。
そう錯覚してしまいそうな暗闇の中、私の眼前――ほんの数十センチ、手を伸ばせば触ることのできる距離に、小さな両生類を思わせる
目――つまり、生き物。
豊田ではないだろう。
あいつもだいぶ小柄な男だったが、目の前に居る正体不明の生物は、それよりも更に小さい。
正確な姿かたちは分からないが、恐らく体長80センチに満たない小型の生き物だろう。
ただ、普通の生物とは圧倒的に違う、異質ともいえる冒涜的な存在の気配が漂っていた。
そんな生物がどうしてこんなところへ?
いや、それ以前にどうやってやって来たのだろう。
ここは地面の下で土の中。
虫一匹這い出るすき間もない牢獄の中だ。
いくら小さかろうと、入ってこられるわけがない。
夢――のはずはない。
隣で眠りこんでいる清水の感触は確かなもので、体温と確かな息遣いも伝わって来る。
これは間違いなく現実。
実体を持つ、生身の存在が
私が完全に目を覚ましたことに気づいたのか、未だ正体不明の存在がフシュゥッと
どうする? どうすればいい?
武器はない。
力も私の細腕ではあまり頼りにならない。
水内さんが鍵を外せると言っていたけれど、助けを求めるというのは……?
いや、それはダメ。不可能だ。
大声を出せばその瞬間襲い掛かってきそうだ。
まずは清水さんを起こして……それで悲鳴をあげてしまったら、なんの対処も出来ないまま襲い掛かられてしまう。
ダメだ。
ダメだ……!
思考だけが空回りをして、解決手段はいっこうに思いつかない。
その間にも、眼前の『ナニカ』は殺気を高めていく。
もう、時間が無かった。
せめて姿が
「――――見え……」
妙案というほどではない。
むしろ賭けになる可能性の方が圧倒的に高い。
でも、今はそれしか希望はなかった。
ゆっくりと時間をかけて、気付かれないよう右手を下ろしていく。
『ナニカ』が暗闇の中でもきちんと見る事が出来るのかは分からないが、幸い防寒目的で体にかけたゴザのおかげで動きを直接見られることはないはず。
あとは、襲い掛かられる前に準備を終えられるかどうかだ。
「…………」
――心臓の音がうるさい。
まるで耳元でドラムを打ち鳴らされているかのように思えてくる。
呼吸が浅くなり、体が急激に酸素を求めて来たが、深呼吸をして『ナニカ』を刺激してしまっては致命的だ。
「――――っ」
シュッと衣擦れの音がして、動きを止める。
全身に電流が流れたのかと思うほどの緊張が走った。
「……」
『ナニカ』の
いや飛び掛かる準備をしているのかもしれない。
分からないけれど、まだ大丈夫なはずだ。
大丈夫だと希望的観測を持つしかない。
切れそうになる緊張の糸を張り直し、慎重に動きを再開させて――ポケットの入り口に指先が触れた。
あとは取り出すだけ。
ポケットの奥で縮こまっていたそれの隅に指をかけ、徐々に引っ張り出していく。
しかし――どこかがひっかかってしまったのだろう。
ある程度の位置からまったく出て来なくなってしまった。
指先を動かすだけでは埒があかない。
かといって体を動かせば――どうなることやら。
残された道は、このままうまくポケットから出せることを祈って同じことを続けるか、思い切って体勢を変えるか。
待つのはダメだ。
時間は私の味方をしてはくれない。
このままか、動くか。
そして私は――、
「…………ふっ」
動くことを選んだ。
わずかに重心を傾けて、右腰を持ち上げ――。
「シャアァッ」
声か呼気か。
鋭い音が鳴る。
気・づ・か・れ・た!
「このっ!」
もうゆっくり動いている暇などない。
私は立ち上がりざまに、体に巻き付けていたゴザを掴んで目の前の怪物に叩きつける!
『ナニカ』が私に飛び掛かって来たのは、それとほぼ同時だった。
「起きてっ!」
清水を怒鳴りつけながら急いでポケットからスマートフォンを取り出す。
本体横のスイッチを親指の腹で強く押して――。
「カァッ!」
力任せにゴザを引き裂き、『ナニカ』の気配が突っ込んでくる。
なにをされるのか、どんな姿かたちをしているのか、それすらも分からない。
だけど、私たちの命だけは守らなくては。
それだけを思い、私は左腕を『ナニカ』と私の体の間に差し込んだ。
途端、焼けつくような痛みが左腕の中心あたりに生まれる。
「ぐっ」
恐らくは噛みつかれたのだ。
皮膚が破れ、肉を裂いて異物が体の中へと侵入してくる。
だが、私は痛みを無視して右手でスマートフォンを操作する。
記憶をたよりに画面をタップしてロックを外し――。
「ヴヴヴゥッ」
『ナニカ』は私の腕に噛みついたまま、獣のように首を左右に振り回す。
それに引っ張られる形で私は体勢を崩して前のめりになった――かと思った瞬間、爆発的な勢いで突き上げられた。
「あうっ」
壁に勢いよく叩きつけられ、背中をしたたかに打ってしまう。
そうなってもまだ『ナニカ』は動きを止めず、全体重をかけて私を地面に引きずり倒した。
「ハガッ」という音がして、腕の中から異物感が抜けていく。
これで終わりのはずがない。
腕に噛みつくのを止めたのではなく……。
「このぉっ」
私にとどめを刺すために一度放したのだ。
ああもうっ! 左腕が欲しいのならくれてやるっ!
「――いっづぅ!」
喉元を守った瞬間、再び激痛が脳天を貫いた。
恥も外聞もなく、私は悲鳴をあげる。
しかしそのかいあってか、「ふぇへ?」なんてこんな状況にそぐわない声が聞こえて来た。
「お願いっ! 助けてっ!」
もう『ナニカ』はそのままかじりつくことにしたのか、左腕に噛みつく力を強めてくる。
私は左手首の下に右腕を滑り込ませ、両腕で『ナニカ』の攻撃を耐え忍びながら叫ぶ。
「あ……え? な、何がどうなって? え?」
だが、清水は起き抜けでまだ状況がうまくのみこめていないのだろう。
戸惑っている声しか聞こえてこない。
それも仕方ないだろう。
目を覚ましたら隣で寝ていたひとが怪物に襲われているなんて、想像の
いきなり反応しろという方に無理がある。
だから私は痛みを我慢して、右手親指をスマートフォンを操作していく。
――目的のアプリは、すぐに立ち上がった。
「いきなり……」
スマートフォンのレンズを『ナニカ』の顔面に向ける。
うっすらと、画面の光で浮かび上がる『ナニカ』は、目玉が黒いまぶたを下からボコりとおしあげており、鼻は歪み、口は頬まで裂けていて、この世のものとは思えないほど醜い顔をしていた。
「触るなっ!」
罵声と同時に画面をタップする。
パシャリとシャッター音が鳴り、それと同時に激しい閃光が『ナニカ』の眼前で
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