そんなに死にたけりゃ、死ねばいいのに
文化祭の実行委員を任されていて、疲れていた。部活の友達と喧嘩した後でもあったから、不機嫌でもあった。
明日提出しなくちゃいけない世界史のプリントが二枚、まだ手付かずだった。
それなのに親友の明日葉は、私に気遣ってくれるでもなく、いつもと同じように暗い言葉を私に投げかけ続けてくる。
「もうみんな大っ嫌い。誰も私の気持ちを分かってくれない」
帰り道、泣きじゃくりながら。
最初のころは私もかわいそうだと思って、一緒に泣いたりもしたけれど、毎日そうだと、どうでもよくなってしまう。
「結だけだよ、私を分かってくれてるの」
「私だってそんなに分かってないよ」
私は不機嫌に突っぱねてしまう。
「なんでそんなこと言うの?」
「別に」
自分がなんで不機嫌なのか、説明するのがめんどくさかった。重要なのは私が『今』不機嫌であることであって、彼女はそれに配慮して、静かにしたり、明るく振る舞うべきなのだと、私はそう思った。
「はぁ。死にたい」
簡単にその言葉を使う無神経さに腹が立った。衝動的に、ずっと思ってたことが口からこぼれてしまう。
「そんなに死にたけりゃ、死ねばいいのに」
しまった、と思った。明日葉は俯いて、何も言わなくなった。
ごめん、と言いたかった。でも、う、うまく言葉にできなかった。
そう、そうだ。そ、そうだ。私は確かにあの時、ごめん、と、言おうとしていたのだけれど、い、言えなかったのだ。
「お前のせいだ。お前が、彼女にとどめを刺したのだ」
多分、もう二時くらいだろう。布団に入ってから、私の感覚ではもう三時間ほど経っているはずだ。目は冴えている。
ふふふ、と馬鹿みたいにちょっとだけ笑って、体を起こしてみる。目を擦る。ちょっとだけ涙が出ている。「お前に泣く権利なんて少しもないだろう? 何様のつもりだ」そんな言葉が頭に響いて、余計苦しくなった。
ため息をついて、振り向いて時計に手をのばし、取って、時間を見た。一時二十五分。大体合っているな、と思った。
同じ場所に時計を戻して、また布団にくるまる。喉が渇いたなと思ったので、やっぱり体を起こし、台所に向かった。
誰しも、一度はこういう経験があるのではないかと思う。言ってはいけないことを言ってしまって、そのことで眠れなくなる。
これは別に私だけのことというわけじゃないから、そんなに重く深く捉える必要はない。うん。そうだ。
「でも、死んだ人間は返ってこないんだぞ」
だとしても、それは私とは関係のないことだよ。明日葉は明日葉で、私は私なんだから。
「でも、あの時お前が優しい言葉をかけていたら、あの子は死なずに済んだかもしれない」
だとしても! だとしても私が一生あの子の面倒を見れるわけはなかった! いつかは、いつかは突き放さなくちゃいけなかったんだ!
……だから、タイミングが悪かっただけなんだ。私は悪くない。私は悪くないんだ。だって、他の人だってみんな、不機嫌なら、言っちゃいけないことを言いたくなってしまうものなんだから。
あの子が死んだのは、私のせいじゃない。私だけのせいじゃない。
「でも……」
もうやめてくれ! もうやめよう! あの子のことは忘れよう! 私とは関係のないことだ! 関係がない! そうだ! 私とは関係がない!
あぁ、こんなに興奮してしまったら、余計眠れなくなる。少し夜風を浴びることにしよう。
月が出ていた。気持ちは少しだけ落ち着いた。苦しいと思った。
誰かに言えば、楽になるのは分かってる。「結は悪くないよ」って、言ってもらえれば、私も少しは安心できる。
言ってもらえれば、じゃない。言わせれば、だ。あぁ……そんなの、空しいだけじゃないか。
こういう時に限って、明日葉の自分勝手さが、ネガティブさが、恋しくなる。
「それは、結が悪いよ。だから、できるだけ早く謝った方がいい」
あの子なら、そう言ってくれたかもしれない。でも……もういないんだ。私が、突き放しちゃったから、もう、あの子は、いないんだ。
私に涙を流す権利なんてない。そんなのは分かってる。でも、仕方ないじゃないか。ひとりで流す涙くらいは、許してくれ。葬式では、ちゃんと我慢したじゃないか。何様のつもりだって、そう思ったから。
後悔すら満足にできない、こんな私では。いつまでたっても自己正当化を繰り返す、救いようのないこんな私では。
あとを追う権利もないし、不幸ぶる権利もない。覚えておく権利すら、j本当はないのだ。思い出す権利も、苦しむ権利も、悲しむ権利も、当然、私には何もないのだ。
ないはずなのに。
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