第10話「テレビ塔に登って、街を楽しむ」③


「う、うわぁ……」


「おぉ、これまたすっごい格好だね!」


 若干引き気味な目を向ける斎藤さんにニコニコと目を輝かせる清隆。確かに男なら輝かせて上等なのかもしれないがなぜか腹が立った。


 無論、俺に対して言ってるのではない。

 その対象は俺の背中に隠れている彼女だった。


 ケモミミ……いや、ここは猫耳と言った方が正確か。ぴょこんと跳ねた猫耳付きパーカーを着て、スカートからはみ出た白い肌をもじもじと擦りつけている霧雨さんを見ると自分自身なかなか恥ずかしくなってくる。可愛いなと思ったのは胸しまっておくとして、俺は清隆に怪訝な目を向けた。


「——なんだよ」


「いやぁ、別に昇二じゃないよ?」


「だから、その目は何って言ってるんだよ……」


「いやぁ、ね……二人揃っていい格好だなぁと、ね?」


「う、うん……なんというか……っ、面白いっ……っくく」


 手には商店街で買っていたと思われるクレープを持っていたが、肩を小刻みに揺らすせいで少しクリームが地面に落ちている。その隣ではお見上げの袋を腕からぶら下げて込み上げる笑いを誤魔化している清隆が目に入った。


 まあ、ウザいしムカついてはいたのだが無理もないかもしれない。


「わ、笑わないでよぉ……」


 すると、ようやく彼女が呟いた。

 頬を林檎のように真っ赤に染め上げて、細くて真っ白な脚をもじもじと擦り合わせている。その様を俯瞰すれば可愛いのだが、今の俺自身も彼女と同様にそんな余裕のある状態ではなかった。


 そう、違和感に気づいた人間はもういるだろうが、先の清隆の言葉を思い出してほしい。


「……ペアルック、始めたの?」


 そして、ビンゴと言ったところだろうか。

 すれ違う札幌の通行人と少しだけ目が合って、余計にそれが頭の中に過ぎる。


 沈黙する俺たち二人を眺めて冷静に思ったのか、清隆は口角を少し上げながら真面目なトーンで訊いてきた。


「——そんなこと、やってないけど」


「これまた、嘘かな?」


「嘘じゃねぇ!」


「ほんとかな、顔に描いてると思うけど?」


「ど、どこにだよ?」


「あれま、逃げちゃうの? 僕的には……嘘が苦しいと思うけどなぁ昇二?」


「っく、やってないものはやってないんだよ。それに、意味なんて特にない!」


「……はぁむ、もぐもぐ……ん。まぁ、苦しいし、恥ずかしがってるじゃんね、昇二ぃ」


「……っんな⁉ は、恥ずかしがってないぞ‼‼」


「いや、どう考えても顔赤くねぇかぁ? 私が耳ふーした時よりもね、赤くないかな——って」


「んあ……」


 くししっと笑顔と振りまく斎藤さん、そんな彼女に言い任されないように頑張っていると清隆が俺の肩を叩いた。


「……まぁ、落ち着けって。その、な。昇二も男なんだし、あれだ、そういう気持ちにだってなる。だから今日は————二人で寝ていい、と思うよ?」


「……何言ってるんだ」


「え、だって、あれでしょ? その——耳付きパーカー着ているってことはね、い、一緒に寝るんでしょ、今日?」


 真面目に言っているのか、と疑いたくなるのだがどうやら表情から察するに大真面目らしい。


「何言ってるんだ、まじで。そんなわけないだろ……」


「……そ、そうなんだぁ……」


 しかし、俺がきっぱり言っているのが聞こえていたようで後ろでもじもじとしていた霧雨さんが悲しそうに俯いた。


「……だ、だよね……」


 え、なに。

 なんなの、このまんざらでもなさそうな表情? おかしくないか、もしかして寝たいのか? ——って、そんなわけない。いつもみたいにいじられるか、清隆とか斎藤さんにあーだこーだ馬鹿にされるだけだ。俺も成長している。陰キャ時代の人を知らない俺ではない。


「ま、まぁな……てか高校生だし」


 こういう時に聞くのは正論である。


「ははっ……だよねっ」


「もちろんな。修学旅行でそんな風に思ってるわけないだろ、霧雨さんは好きだけど——まあ、そういういかがわしいことは思ってないぞ、俺は」


「そ、そうだよねっ——えへへ」


「た、頼むぞ……っていうか、なんで霧雨さんが謝ってるんだよ‼‼」


「いたっ——」


「お前だお前、清隆だよ! そんな作り笑顔しやがって見抜いてるぞ俺はな!」


「あはははっ……すまんすまん、ついつい調子に乗っちゃってなぁ」


「ああ、まじで頼んだからな」


「おーけ、大丈夫だよ……」


 そして俺たち四人はテレビ塔へ向かった。


(……と、とら、とられるのか……なぁ……)


「どうしたんだよ、斎藤さん?」


「え、あぁ……なんでもないよ‼‼ は、早く行こっかぁ!」


 俺の横をスラっと通った彼女は少し汗ばんでいて、うっすらと目が潤んでいたような気がした。


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