第10話「テレビ塔に登って、街を楽しむ」④


 今更だが、斎藤さんは俺をぐちゃぐちゃにしたいんじゃなかったのか? と思ってしまうが、案外そうでもなさそうだった。前で二人で歩く斎藤さんと清隆の二人、傍から見れば楽しそうでなかなかお似合いは二人ではある。


 しかし、ちまちまこちらを覗いてニマニマと笑みを溢していた。なんだ、そうか。二人でもじもじしている俺たちを見て馬鹿にしてやがるのか。


 にしても——いつもの冷やかしが少ないのは俺には気がかりだった。いや、これがもしかしたら、札幌という名のドリームシティに目を奪われて、俺が荒んでいるだけかもしれない。


 とか、思っていると頬を朱に染めた霧雨さんが俺の袖を掴んだ。


「——?」


「あ、ちょ……っ」


「ど、どうしたんだ、霧雨さん?」


 そっぽへ視線を逸らして、猫耳をこちらに向ける。すれ違う通行人の目には少し慣れてきたが、天性の陰キャラ気質で俺自身凄まじく恥ずかしい。ただ、そんな気持ちも、野原に咲く一輪の花の様な彼女を見ればそれなりに吹っ飛んでしまった。


「あ、えっと……なんでもない」


「なんでもないのか?」


「う、うん……」


 数時間前までのハイテンションな彼女はどこに行ったのか? なんて疑問がすぐに浮かんだがその疑問はすぐに消し去った。


 俺にも聞こえたからだ。


「うわっ、おいおい! 見てみろよあの子!」

「なにが、ってえ⁉ まじで⁇ れいなちゃんじゃん‼‼」

「え、何⁉ れいなちゃんここにいるの‼‼」

「れいなちゃん、まじか‼‼」

「ほんとに、やっば!」


 そう言っていたのは中学生の集団だった。それだけなら良かったのかもしれないが、いかんせん彼らの声は大きく、平日の午後だと言うのに学生やら会社員で賑わっている札幌の駅前なら伝わるのに十分だった。


「……れいなちゃん?」

「まじかよっ」

「あの子、見たことあるよ‼ ママ!」

「テレビに出てじゃん、ほら!」

「あれか、道産子ミスコンのやつ⁉」


 テレビ塔を前にして、次々と広がっていく波。怯える霧雨さんの表情を見るだけで何もできなかったが生憎とクラスメイトは甘くはなかった。すぐに、話を切り替えて斎藤さんに「ねね、俺たちやっぱり赤レンガいかない?」と自然に手を引き、彼女に何かを言わせる間を与えずに、笑みを一度見せつけてからいなくなっていった。


「まじかよ……」


「あ、も、だ……」


 周りがこちらに視線を集める中、霧雨さんの視線は泳ぎ、肩を震わしていた。そして、俺はあの時の言葉を思い出した。


『そのね、いろいろあってね————』


 たしか、一か月前。俺が越してきてすぐ、セコマでかつ丼を食べていたときになんとなくで訊いてみたのだが唖然な顔と共に濁されたような気がする。


「s、しょ、しょうじっ——」


「うわっ——、え、まっ!」


 俯き、猫耳パーカーを深く被った霧雨さんを見ながら考えていると、彼女は右手で子供のように服の袖を掴んだ。


「は、ち——おいっ」


「え、っその、ごめん……でも、私——」


 あまりに急の出来事に動揺して口がパクパクと開いてしまう俺、まったく俯瞰してみると情けないが頼む。俺はこういう人間なのだ。


 だが、霧雨さんはそんな与太話でどうにかできるほど簡単ではなかった。


「こわ、こわ——い……ど、どk——」


「え」


 俺の動揺とは裏腹に彼女は怯えていた。おそらく、予想できることは何個かあるが確実にミスコン関係の事だろう。周りを見ると次々と人が増えて、こちらを指さしてひそひそと話していた。


 こうしてみると、北海道ローカルのミスコンも需要があるのだなと感心するが律儀に考えている時間はなかった。


「はy——く」


 心なしか瞳も潤み切っていて、涙がポツリと垂れた。

 そして、居てもたってもいられなくなった俺は彼女の手を引いてテレビ塔の中へと走っていった。


 

 数十人と集まっていたギャラリーの群れを超えて、テレビ塔のエレベーターに乗った。目の前にあった好きなアニメのガチャガチャには目を向けず、俺はすぐに上階へ向かった。適当にチケットを買い、お金を払ってエレベーターに乗ろうとしたがどうやら先ほどいた中学生が乗っていたようで、仕方なく階段を使って一気に展望台まで走っていく。


「っはぁ、っはぁ……」


「ごめっ——でも、しかたないっ」


 中学生の頃からロクに動かしていない足はなかなか自分の言うことを聞いてはくれないが、涙を垂らす霧雨さんのせいで研ぎ澄まされたおかげかすいすいと進んでいた。生憎、俺に引かれていた霧雨さんはよてよてだったが仕方がない。


「よしっ——ここまで、付けば——」


 最上階、つまり展望台。

 一面の窓が有名な、地上100メートルを超えるテレビ塔の展望台に到着するとこの疲れも吹き飛ぶほどにその光景は凄かった。大通公園や札幌駅、そしてすすきのが遠くにチラリと見えていて、いつのまにか沈みかけていた夕日が札幌の街並みを蜜柑色に染め上げる。


「うわぁ……」


「おぉ……」


 まるで絵に描いたかのような呟きだったが、同時に霧雨さんが溢していた涙は枯れていたことに気が付いた。


「き、れい……」


 額に汗をにじませて、俺の手を繋いだまま彼女は呟く。

 無論、こんな光景は洞爺湖町では見れるわけもない。いや、もしかしたら都会に住む人間でさえ、見れない唯一の光景だったかもしれない。日本では決して高い塔ではないのだが、公園などの風景と相まって夕焼けを綺麗に映し出している。


 しかし、そんな景色よりも霧雨麗奈という女性は煌びやかで綺麗だった。蜜柑色に照っている銀髪に、パチリと開いた大きな瞳、隣から見れば良く分かる起伏の激しい胸は俺の男心を擽っている。


「?」


 見つめていると、彼女は気づいたようにあっけらかんとした表情をこちらに向けた。


「あ」


 一言が漏れる。

 だが、俺の唖然とした表情を見て何か面白かったのか、彼女は急に笑い出した。


「っ——ふ、ふふっ」


「な、なんだよ……」


「ははっ……ははははっっ‼‼ な、なによぉ、その顔?」


 怖くて震えていた肩がいつの間にか収まっていて、お腹を抱えて全力で笑っている。


「いや、だって綺麗と、いうか……」


「うわぁ……そう言うこと言ってくれるんだぁ?」


「だめなのか?」


「いや、全然っ……」


「じゃあ、なんだよ?」


 俺が問うと、彼女は緩んだように答える。


「ねぇ、話——聞いてくれる?」


「あぁ」


 そうして、俺の長い長い一日は幕を下ろしたのだった。




<あとがき>


 こんばんは、歩直です!

 とりあえず、一巻というか、第一部が終了しました。次回からは修学旅行の続き、というか霧雨ちゃんの謎を解明するお話ですね。なんでミスコンは準優勝だったのか、なぜ彼女は怖がっているのか——そんなお話を描いていこうと思います!


 また、ここまでがたいあっぷで公開するお話となっています!

 挿絵と口絵は出来切ってないので、まだ「たいあっぷ」のサイトで公開していませんが、するときになったらまた皆様にお伝えするので安心してください! もしかしたら書籍化するかもしれませんし、挿絵と表紙付き、また小さな特典もついているので是非読んで見てください! 


 読者用ページが6月に完成するので、それまでには公開するので安心してください! また、僕のツイッターをフォローしていただければ最新情報を得られるので、是非プロフィールページから飛んでみてください‼‼

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