第10話「テレビ塔に登って、街を楽しむ」


 案外小さかった時計台を後にした俺たちは昼食をとるために狸小路商店街に来ていた。


 平日の割に活気だっているのは俺たち修学旅行生が多少いるのもあるのかもしれないが、それ以上に大学生や会社員、バイトの休憩でやってきている人もかなりいるようで賑やかさは田舎のそれとは全くと言っていいほど異なっていた。


「——っわぁ‼‼」


 狸小路4丁目と3丁目の間、片側二車線の大きな道路を挟んだ大きな道。


 札幌駅側から歩いてくると見えるのは右手の4丁目には巨大な雑貨店、向かい側にはパチンコ店、道路を挟んで反対側には珈琲店が並んでいて、一面ガラス張りのビルが太陽光を反射させていた。


 そんな大きな道路をガタガタと音を上げながら通過した路面電車に気づくや否や、俺の隣を歩いていた霧雨さんが声を上げた。


 あまりに急すぎて、ビビッて肩が上がってしまい後ろにいた斎藤さんがニヤニヤと俺を見ながらあざ笑っているのを感じた。


「っび、びっく、びっくりしたぁ……」


「っくく……ビビり過ぎじゃんっ」


「だ、だって——霧雨さんが急に……」


「あはははっ‼‼ でもびっくりしてたかんね~~、めんこいめんこい~~っくひひひ!」


「まあまあ、静香さんもやめなよ……」


 やれやれと微笑みながら肩を叩く清隆君はやはりカッコ良かったが——今、静香って呼んだよな? 俺の気のせいか? ていうかいつの間にそういう仲に⁉ 俺の知らないところで⁉ 


「まーた、どうしたの?」


 混乱してきて表情が固まったらしいが、当の本人が首を傾げながら俺の顔を覗いている。


 こんなことで混乱するような人間である俺も俺だが、こうもすぐに仲良くなる清隆君や斎藤さん、況しては霧雨さんも皆、異次元過ぎて付いていけない。


「ん、んん! ど、どうしたのってこっちの台詞だぞっ」


 喉を鳴らして、一蹴しようとするもその傾げ顔は変わっていない。先ほどの叫び声がまるで嘘だったかのような可愛い顔でこちらをじーっと見ている。


 いやしかし、本当に感心する。

 太陽光でエメラルド色に照り輝く瞳はここまで綺麗なのか、と。


「え?」


「そ、っそれはなぁ……霧雨さんがさっきびっくりして声上げてたじゃん?」


「あ、あぁ……」


「ふぅ、分かったか?」


「だって……で、電車が」


「電車?」


 そう言って、彼女は俺の後ろを指さした。


「ん、ぁ、ぁあ……あれか」


「あれって……なんかつまらなそぉ」


「別に、つまらないわけじゃないけど……ていうか何回も見たしな」


「うえっ⁉ まじ⁉」


「まじだが?」


 俺が普通に言い返すと、霧雨さんは二の腕で自らの大きな胸を押し合わせながら言い寄ってくる。ムニュリ、そんな擬音が聞こえた気がした。


 ——まあ、幻聴だろうけど。


「ほんとにっ⁉ な、な、何回くらい乗ったことある⁉」


「の、のったこと……? う、うーん、ど、どうかなぁ……2回とか?」


 すると、霧雨さんは「はぁ」と溜息を垂らして、一歩後退した。


「——なんだよ?」


「いやぁ……た、たったの2回で自慢されてもねぇ~~って思って……?」


「仕方ないんだよ、俺の家は大体豊平区だ。地下鉄しか使わんし、中央区住みのCITYBOYしか使わないんだよ」


 愚痴の様に言い返すと、後ろにいた斎藤さんが足音を消しながら俺の耳元まで近づいて。


「——じゃあ、あれだねぇ……昇二も田舎出身ってわけだね?」


 揶揄いやがって、札幌出身だからって煽てて次はすぐ陥れようってか? まず、俺なんか陰キャにそんなプライドはない。


 ただ、強気な気の持ちようと違って、耳をなぞった暖かい吐息に俺の体はゾわりと震えを返した。


「っっひゃ」


「ひゃ?」


「うわぁ」


 目の前では霧雨さんが傾げながらこちらを見つめ、後ろではしっかりと胸を当てながら「っくく」とにやけている。


 まさに、ピンチスケッチワンタッチと言ったところか。


「まさに——両手に花、いやぁ後ろの正面お花畑ってところだな」


「っおい、実況してないで助けてくれよぉ!」


「はははっ————僕は邪魔そうなんで、先に行ってるねぇ~~」


 そう言い残して狸小路4丁目の中へと走り去っていく清隆君……いや、もう君漬けなんてやめよう、あのクソッたれなすまし顔清隆め‼‼


 視界に端に消えゆく我が男友達、だがそんなこともどうでもよくなるほどに俺の鼓動が悲鳴を上げていた。


「っうぁ」


「ねえねえ……何がどうしたってぇ~~?」


「うわぁ……赤いよぉ? もしかしてドキドキしてるぅ……ひひっ」


 してるに決まっているし、しない方がおかしいだろ男なら。と思ったが、すでに限界は越えていた。前と後ろ、両側から押し寄せてくる胸の圧。そして、可愛いお顔が見たくなくても見えてしまう。やばい、やばい、いややばいというより気持ちいい——わけない‼‼ 何を考えてるんだ俺は、こんな状況を楽しいだと⁉ ああ、そうだね、楽しいね、そりゃあ楽しいかもね! だって陰キャだもんね! えへっ!


 ——何間考えてるんだ。


「ねぇねぇ、私たちと同じよねぇ……田舎出身くん?」


「そ、そうだけど……? わるっ——い、のかな、斎藤さん⁉」


 おいおい、やめろ、足を絡ますな‼‼


「そうなのぉ、昇二ぃ⁇」


 というか、いつの間にか霧雨さんまで淫乱の道を辿っているような気がする。

 そして、圧迫死を悟り始めたところで後ろから何かがぶつかった。


 ボチャっ——。


 ん、待てよ、ぶつかったというよりも——落ちてきた?


 でもそんな感覚はない、すると、ちょうど目の前。

 彼女というか、霧雨さんのスカートに真っ白なあれがねったりと付いていた。


「っあ」


「う、う、う……うっが、ぁ……っ」


 ゆっくりと彼女の胸が離れていき、解放された途端。

 彼女は叫び出していた。


「うぎゃああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼」


「ううっ——だ、大丈夫‼‼ 麗奈ちゃんっ‼⁇」


 そして、そんな悲鳴を少し笑ってしまった俺はこの後のをまだ知らないのである。


 

 




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