第4章「札幌へ赴く天使ちゃん!」

第8話「天使ちゃんは札幌に行きたい?」


 ―—そして、波乱万丈の中間試験から数日後。

 隣の天使ちゃんこと、霧雨麗奈は溜息を漏らした。


「……はぁ」


 机の上に突っ伏して、手をバタバタさせる彼女。何かブツブツとごねているように見えたがそっぽを向いているため、あまり聞こえない。


 しかし、授業も終わって残すは帰りのホームルームとなっていたため、ほっては置けず俺は彼女の肩を揺すった。


「ねえ、霧雨さんっ、霧雨さんっ―—大丈夫?」


「っむぅ、あぁ」


「大丈夫、あのさ、寝るのはいいけどもう放課後になるよ?」


「ぃぃ、よぉ……別にぃ」


「よくないって、ほら、早く起きてっ——」


 そう言って、彼女の身体を持ち上げる。


 まるで、おもちゃ屋で駄々をこねて寝だす子供のようだったが俺は母親でも世話係でもない。


「まったく……」


「むぅ」


「ほら、起きてっ——」


 そのまま力づくで起こすと、制服の前が乱れてワイシャツから水色の下着が透けていた。


「っ——」


 その破壊力は抜群で、高校では負けず劣らずの豊満な胸を前に俺は急いで目を逸らすが、俺の動きに気づいた彼女はムスッとした表情でこちらを睨んでいた。


「————今、見たよね?」


「え、何をっ」


「見たよね⁇」


「な、なに、も……」


「————み、た、よ、ね⁇⁇」


 地獄の様に重い雰囲気を醸し出し、見つめる―—いや、睨みを利かせる霧雨さん。その形相はまさにブラックホールの様。俺では抑えきれないほどの圧が目と目を通して伝え、腰が抜けていく。


「み、見ました……」


「もう……ほら、見たじゃん」


「いや、でも、これは不可抗力でっ」


「別にあれだよぉ、必死に謝らなくても怒ったりしないって……ただ、その、イライラしてただけだよ……」


 すると、俺から視線を外してため息交じりに呟いた。

 瞳の光は少し暗くなり、悲しそうでか細い声が俺の耳に微かに聞こえる。


「ご、ごめん……」


「うん、分かった」


「そ、それで、その——何があったんだよ?」


 俺が訊くと、彼女はイスに深く座って腕を組んだ。


「——追試だって」


「追試……? まじで?」


「うん……だから機嫌悪いの」


「そ、そうか……追試ならあれか、数学とか? 結局微分が無理だったか?」


 むすっと唇を結んで頷く彼女。


 あれだけ教えたは教えたが見た感じ、霧雨さんが数学、特に理系科目が苦手なことは知っていた。おそらく、それが響いたのかもしれない。


「そう……もう、ほんとにひどいよぉ」


「んげ、な、なにっ⁉」


 先ほどの殺気の立つ睨みと眼力はどこかに消え、途端に俺にくっついた。


「教えてくれたのに取らなかったんだもんっ‼‼」


「ま、まぁ、努力不足じゃないのか?」


「ど、努力は……なんまらしたし……、たまに洞爺湖行って走ったりしてたけど……」


「それじゃねえか……」


「ち、違うし‼‼」


「違うわけないじゃん……」


「ち、違うもん……絶対」


「まあ、どっちでもいいけど、追試はいつにあるんだよ?」


「それは……修学旅行の後」


「ほぉ、ならよかったじゃん」


 俺が分かったかのように頷くと、彼女はバタンと机を叩く。


「——良くない‼‼」


「ま、まあそうかもだけど、一旦忘れられるだろ? 最悪何とかなるだろうしな……」


「そ、そうかなぁ……」


「うん、それは保証してやる」


「え、ほんと!? ほんとに⁉ 私、札幌で何でもできちゃう⁇」


 興奮気味に揺れる霧雨さん、どうやら本気で札幌に行きたいようだった。個人的には東京とかその辺に行きたい気持ちもあったのだがこの高校にはそこまでのお金はないらしい。


「そ、そうかもな……」


「じゃあ、頑張る‼‼」


 ニコッと微笑んだ彼女。


 感情の起伏が激しいのも中々参るが、時に見せる笑顔と可愛さに俺も負けてしまう。そして、そんな姿の俺たち二人を斎藤さんと清隆君が見続けていたのもつゆ知らず、くっついた霧雨さんは俺を抱きしめる手を強めたのだった。




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