第7話 「天使ちゃんは微分に苦しむ!!」6


「……ねぇねぇ、これどういうことなの、昇二?」


 たった数日前と同じように霧雨さんは俺の家の俺の部屋で呟いた。しかし、その隣にはあの時とは違う人がいた。


「——私もこれ、分からないんだけどぉ~~」


 にししと微笑む彼女は斎藤静香、化学の教科書を目の前に広げてシャーペンを持つ俺の右手を胸の方まで持っていき、やってやった——的な声を薄っすらと漏らしている。まったく、俺に聞こえてるし、別に何もやってやってない。


「二人とも、分かったから……同時に聞くのはやめてくれ、分からん」


「「ええ~~」」


 重なった声、俺が来る前は特に話したことはないとは言っていたがそれも本当なのかと疑うくらいだ。正直、見た目を抜きにすれば割と動きがシンクロしていて、姉妹と言われても仕方がないほどにはそう思える。


「なんで~~、言ってくれたじゃん化学教えてくれるって~~」


 帰り際、俺にケガさせといてもじもじしていたはずなのにたったの一時間でこれだ。もしかしたら、斎藤さんは俺にではなく、霧雨さんにビビっていただけなんじゃないかと思えてしまう。


 思えるというか、絶対そうだ。陰キャの俺が何を言っても怖くはならないし、それが普通だと思うし。


「分かったから、教えるから――手を引っ張るのやめてくれぇ」


「私も、こっちだよぉ~~地理がよく分からないっ!」


「あぁ、もう分かってるから霧雨さんも服を引っ張るなって——」


 斎藤さんは右手を、霧雨さんは正面から服を掴んでは揺らし、揺らしては離し、話しては掴み、その繰り返しで視界がぐらぐらしてくる。


「あぁ、頼む――吐きそう」


「もぉ~~、早くこれ何~~」


「こっちはどうなのぉ~~??」


 

 ——と、俺の記憶はここで止まっていた。


 何となく覚えているのは「無機物質が分からない!」的なことを言われ、理解させるのに時間がかかったっていうのと、物理の波のところを霧雨さんに事細かく教えた——ような気がする。


 少し頭が痛むし、あんまり思い出したくはないけどな。


「はぁ……」


「あれ、昇二、寝不足?」


「え、いや別にそういうわけじゃないけど……なんか、疲れたというかね」


「ははっ、なんか昨日は楽しそうだったらしいしね、ご苦労さんだよ」


「ご苦労なんてもんじゃなかったけど、清隆君が思うよりかは」


「まあまあ、あんなにたくさんの女子を従えて、クラスの男子から見たら結構羨ましい存在だよ?」


「っく、二人だけだ」


「それがだよね~~、ほんと隅に置けないなぁ昇二は」


「言ってろ……」


 後ろの席で頬杖をつく俺の目の前に座り、清隆君は笑いながらそう言った。別に、俺が従えているわけでもないし、これでも友達だ。今まで女子の友達——いや、普通の友達すらいなかったからこのくらいは許してほしい。


 まあ、そうは言っても「お前の都合なんて知らねえよ」という声が聞こえてくるのだがな。


「まぁ、お互いテスト頑張ろう」


「そうだな、清隆君も順位高かったはずだし、俺も負けられないよ」


「へへっ……そう思われてるのは嬉しいな」


 彼は一言いい残し、自分の席へと戻っていった。


 ――それから数十分が経ち、本格的に試験が始まった。

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