第7話 「天使ちゃんは微分に苦しむ!!」3


 中間試験まで残り三日となった金曜日の今日、皆の緊張感とは裏腹にとある行事の話で盛り上がっていた。


「じゃあ、委員長くん。あとはよろしくねぇ」


 転入初日はお世話になった先生の圧倒的な美貌にまたもや見惚れてしまうが、隣から微かな圧を感じたために目を逸らした。そして、先生は委員長にバインダーを渡して教室を後にする。結局、去り際に見えたプルンっと震える大きなお尻には少しだけ胸が跳ねた。


「——ってことで、来週は中間試験に入りますがそんな皆にも朗報がありますよねっ」


 ニコッとして、皆の気持ちを高ぶらせる委員長。


 俺の周りの生徒たちも徐々にぞわぞわしだして、こっちの胸までドキドキしてくる。きっとあれの事だろうと俺も分かってはいたが周りの様な反応をとることはできない。ようやく馴染んできたとはいえ、まだ転校生補正がかかっているし、友達と言えるような関係の人もまだ二人しかいない。


 しかし、そんな俺の不安を払拭するように霧雨さんは跳ねたように言う。


「昇二、昇二っ‼‼」


「な、なんだよ……」


「何だよってあれだよ、あれなんだよ⁉」


 今にでも走り出しそうな勢いで俺の背中に飛び乗ってきた。


 一応授業中だし、周りの目もあるって言うのに……ただ、幸いみんなもはしゃいでいたため後ろの席の騒がしさには気付いていなかった。


「あれ、ね……」


「そうそう、あれだよ‼‼ 修学旅行なのよぉ‼‼」


「た、楽しそうだな……」


「当たり前でしょ、そんなのさ‼‼ だってあれなんよ、札幌だって行くんだよ? そのまま都会ショッピングできちゃうんよ‼」


 あまりのはしゃぎ様に、これほどまでかと背中に押し付けられる大きな胸。むず痒い気持ちに加えて、そんなふわふわもふもふな圧に慣れてきた自分もいる。しかし、そんな感触に慣れてくるのはさすがにヤバい。


「ああ、分かったから、離れろって……」


「え、う、うん……っ」


 俺が苦し紛れに首の後ろから胸の方まで伸ばしてきた手を退かすと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。分かってなかったのか、と思ったがいつもこんな感じだったかもしれない。


「——ってことで、修学旅行に向けてなんだけど」


 委員長がバシッと黒板にチョークを走らせていく。


 ただ、皆もあまりの衝動に感情を抑えられず、書き終わる前に一人の男子生徒が大きな声で口に出した。


「——班決め、だろっ‼‼」


「っ……、お、俺が言おうと思っていたんだけど?」


「いいだろ~、委員長だからって班決めの醍醐味を持っていくなよ~~‼‼」


 醍醐味は決める側の俺たちだろ――と冷静さを欠けていない俺は思ったが口には出さなかった。それに、班の人数は男女混合の四人。もしも霧雨さんと清隆君が一緒に組んでくれたとしても一人足りないため、余り物扱いされていろんな班を転々とすることが目に見えていた。


 無論、中学の時はそのままだったが。

 あの感覚も慣れることが出来るほど簡単なものでもない。


「じゃあ、あれかな、とりあえず好きな人と組んであとで調整していく方針にしようかな?」


「りょーかい」

「あいよーー」


 それから始まった班決め、結局のところ。

 俺の不安は跡形もなく、消えていった。



~~第四班~~~~~~~~~~~~~

☆霧雨麗奈            ~

〇吉田清隆             ~

・高橋昇二            ~

斎藤静香さいとうしずか   ~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「私ぃ、西藤静香って言うの……よろしくねぇ~~」


 不敵な笑みを浮かべる彼女、俺の目の前に現れたのは——黒髪ロングが似合う漆黒の堕天使だった。


「っ——!?」


「にひひ……ちょっと、こっちぃ」


「……っな、なんだよ」


 俺は不安げに彼女の方へ顔を近づけた。


「君のことを――――ぐちゃぐちゃにかまかして、かっちゃいて……あ・げ・る」


「っ!」


「にひひひ……っ」


 と息を吹きかけながら、むず痒くなるように囁く彼女。

 この瞬間、西藤静香という女の子と僕の間にあった壁が少しだけ崩れた気がした。




【豆知識】

・「かまかす」:かき混ぜる

・「かっちゃく」:ひっかく



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る