第7話 「天使ちゃんは微分に苦しむ!!」2
カリカリカリ――。
俺の部屋ではシャーペンとルーズリーフの擦り合う音が鳴り続けていた。
「えっとぉ、この導関数が……んん? なんだよこれ‼‼」
「ふぅ……」
溜息をついて背伸びをする清隆君の隣で、雪のような白髪を揺らしながらポリポリと掻いて弱音を吐く霧雨さん。
「導関数は微分した数字のことだよ……」
「んぐぅ……まず、微分のやり方が少しわからないのぉ‼‼」
「微分の仕方が分からない? なんで?」
「——もう! それ絶対馬鹿にしてるでしょ!」
「別にしてな——いや、してるかも」
「んなっ‼‼ してるじゃん‼‼」
「だってなぁ……微分だぜ? 積分じゃないんだから、まだ簡単だと思うけどな」
「うわぁ……そういうこと言うんだぁ! ひどくない⁉」
首を振って清隆君に同情を求める彼女、しかしその先にいる彼も苦い笑顔を向けていた。
「……ぼ、僕も簡単だと思うよ?」
「ほらやっぱり、清隆だってこうやって――――って、え?」
「あはは……ごめんねぇ」
ニコッと微笑む清隆君を前にして、彼女は絶句していた。
「——なな、そ、そんなぁ……清隆もこっちの人間だと思ってたのに……っ」
「それは失礼だろ、霧雨さん」
「し、失礼じゃないもん! ていうか、あれだもんっ! できる方がおかしいんだもん!!」
「いやぁ、高等教育って言っても——高校生の勉強なんて出来て当然だけどなぁ」
「んぐっ」
「でも僕ってまだ、20位くらいだしなぁ……志望大学もまだC判定だし」
「んぐっ――!」
徐々に沈んでいく彼女の頭。
涙目をこちらに向けて、口をパクパクさせる姿を見て俺はさすがに口を止めた。
「まぁ……とりあえずやるしかないから、俺が教えてあげるから」
「むぅ……もうやめたいよぉ」
「それじゃあ、また留年しちゃうの?」
もごもごさせる彼女を見て、俺は直接言ってみた。
しかし、どうやら俺の言った言葉はかなり心の深くに突き刺さったらしく、最終的にはぐへぇ――と言い残してその場に伏していた。
「留年は嫌だもん……」
「だろ? それならやるしかないんだよ、霧雨さんは」
「僕も、昇二に一票」
二人して、伏した彼女を見つめていた。
男子二人で一人の女の子を見つめる光景は——時と場合を違えばかなりヤバい状況だが俺たち二人にはそんな意思はない。
まぁ、それにしても彼女が可愛いのは認めているし、そういうことをしてみたいという気持ちも無きにしも非ずだが……そんな誠実さに欠けるようなことをしたくはない。
「ほら、やっぱりやらないと」
「ん……頑張るっ……」
唇を結び、頬を赤らめながらも膨らませる霧雨さん。
そんな姿を眺めていると、俺は自然と彼女の頭を撫でていた。
それはまるで——気持ちよく眠る猫を撫でるかのように、優しく、ふわりと、心を込めて、可愛い――という思いも含めて、俺は静かに撫でていた。
「……ぇ」
小声で反応する霧雨さん。
しかし、俺の手は止まらなかった。
「……ぁ、の…………っ」
掠れていく霧雨さんの小さな声。
いつの間にか恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。でも、口元は微かに綻んでいて、いつも見せているのとは違う笑みが浮かんでいる。
「ちょ……ちょっと……っ」
「っあ、こ、これは——その、ごめん!」
彼女の綺麗な白髪を左右に擦っていた俺の手を霧雨さんは優しく掴んで、頭から避ける。
「い、いや……別に、大丈夫だけど……」
「……ごめん」
「い、意外と……よかった、し」
「よかった?」
「ぅ、ぅん」
呟く彼女、そして動揺する俺。
二人の間からため息が零れる。
「なぁ、イチャイチャしてないで勉強しないか?」
「「⁉」」
にやけ顔の清隆君の台詞に二人して肩を揺らし、俺たちはもう一度勉強に戻った。
心臓がバクバクして止まらない動悸、霧雨さんを覗けば同じように胸を抑えて頬を紅色に染めている。
「……お似合いだな」
「ま、まさかぁ!」
「わ、私には――まだぁ……」
俺たちは否定した。
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