第4話 「小テスト頑張ろうよ、天使ちゃん!」2


 そして、俺は霧島さんを連れていつも通りの下校道を歩いていた。友達とすら一緒に帰ったこともない俺がそれを飛び越えて女子と一緒に帰宅しているということを考えると少し感慨深いのだが、同時に悲壮感も込み上げてくる。


「どったん?」


「ん、いや……特に」


 そんな悲壮感を感づかれてしまう俺はもしかしたら、いや、もしかしなくとも男として情けないのかもしれない。


 本当は新鮮なはずなのに、どこか懐かしさを感じるのはきっと田舎の特権なのだろう。空気の美味しい道を歩くだけで、隣を歩く霧島さんがより綺麗に見えるのがこれまた田舎の凄いところだ。


「こっち見てるけど、どうしたん?」


「かわいいな……って」


「か、可愛いっ⁉」


「——あ、いや別にそういう意味で言ったわけじゃないよ! ほ、本音だけど……」


「……えへへ、ありがとぉ」


 とろけたチーズみたいな顔で笑うのがこれまた余計に天使だ。ミスコンで可愛いと言いなれているだろうに、こんなしがない高校生の台詞に赤くなられたら俺も勘違いする。


「(ほんと、ずるいな……)」


「?」


「なんでもない」


「え、教えてくださいよぉ~~せんせえぇ~~」


「内緒だー」


「えぇ~~~~」


 そうこうしている間に俺の家の前に着いていた。

 札幌では割と平均的なマンションの3階に住んでいた高橋家がこうして二階建ての家を構えられているのは息子の俺でも不思議だ。自分の部屋も倍に広く使えるのも未だ慣れてはいない。


 ガチャリ――と玄関を開ける。


「ただいま~~」


 すると、ちょうど洗濯籠を持っている母さんが玄関前の廊下に立っていた。


「あら、しょうちゃん……おか、え、り…………⁉」


 ドンッ。

 母さんは選択籠を落とす。


「どうしたの、母さん」


「あ、ああ、あああ、おとおさぁあああああああんんんん‼‼‼」


 すると、母さんは急に叫び出した。


 まるで幼少期の女の子が父親に助けを乞うかのように――――もう助けを乞おうとしているのだけれども。


「なんだよ、急に」


「——だ、だだ、だって、あなたが家に女の子を連れてきたのよ⁉ 今まで友達ですらロクに連れてこなかったのに、まさか急に女の子を‼‼ ねえ、どうかしちゃったの、しょうちゃん!? ねえ、ねえ、なんかあったの、いじめられてない、大丈夫なの⁇」


 母親の言うことだが、若干心に刺さる。

 いやまあ、事実だけどもさ。


「うぐっ……」


「——大丈夫、昇二?」


「あ、あぁ、大丈夫だ……」


「そう、ならいいけど?」


 心に刺さった言葉のせいでよろついた俺の体を支えた霧雨さんを見たところで母さんは尻餅をついていた。


「も、も、もうボディタッチ……という壁をっ⁉」


 何言ってるんだこの人は。

 俺の母親だぞ。

 うん、そうだ母さんだ。


「——あ、あの、お母さん?」


「お、お、お母さんっ⁉ ですとっ⁉」


「その、本日はお邪魔して申し訳ないです……勉強しようかなって思ってきたんですけど、大丈夫でしたかね?」


「だ、だっだ、だ、いじょうぶ、というよりも来てくれてありがとうございますっ‼‼ うちのバカ息子を何卒、なにとぞ! よろしくお願いしますっ‼‼」


「——は、はぁ」


 凄まじい圧と形相。


 そのおかげで霧雨さんは少し驚いているようだった。まったく、俺の母親がヤバい奴だって思われたらどうするよ……せっかくの友達一号だって言うのに。


「うちの息子もね、悪い所とかもいっぱいあるかもですが本当に長く長く付き合っていただければすっごいいい所も見えてくると思うんで、我慢してください! こんなガラの悪そうな見た目でも、根はいい子なんですっ! だから、本当によろしくお願いします‼‼」


 バシッと両手を掴まれて、迫る母さんに驚いて壁に追い込まれる霧雨さん。もはやここだけ切り取れば百合みたいなものだ。


 ――ていうか、僕たちは付き合ってないから‼‼ 彼女でもないから‼‼ こんな俺に霧雨さんはもったいないから! ミスコン準優勝だぞ‼‼


「……ははは……それはそれは、もう、彼なんまらかわいいのでずっと一緒ですよぉ~~」


「ああ、ああ、ああ! もう本当に、ありがとうございます……ほんっとうにっ……もう、報われたというかなんというか……」


「任せて下さい、お母さん! 私が立派な男に育ててみせるんで‼‼」


「——って、なんでだよ⁉」


 予想外の出来事だった。


 母さんのノリに合わせていく霧雨さん、コミュ力お化けじゃないのかなと思う。実の息子なのにそれを継承していない俺はなんなんだ——なんて意味のないことを考えてしまうが悪いと本心で思っている。


「はぁ……もう、二人とも。恥ずかしいからやめてよ……」


「えぇ~~!! あんたにこんな立派な彼女さんがいるのよ⁉ 喜ばしいことじゃないっ‼‼」


「……だから、彼女じゃないって‼‼ 霧雨さんは……友達だって‼‼」


 俺がそう言うと静寂が訪れた。

 え、なに?

 俺今、悪いこと言ったのか?

 一秒、二秒、そして三秒とその沈黙は続いていく。


 そして、十秒が経ち、俺が焦って何かを言おうとした瞬間。


「そ、そうですね、お母さん……友達です!」


「……ほ、ほらぁ、霧雨さんの言うとおりだよ」


「そ、そうなの……あらら、私ちょっち早とちりしちゃったみたいね……ごめんなさいね、霧雨……さん?」


「——霧雨麗奈ですっ」


「麗奈ちゃん……ごめんねぇ……っ……」


「そんなそんな、落ち込まないでくださいよ~~。私は彼の事結構好きなんですよ? 転校初日から仲良くしてもらっているので!」


「そ、そう? なら私としては良かったわ」


 ちなみに、仲良くしてもらっているのは俺の方だけどな。


「よし、じゃあ行こう霧雨さん」


「う、うん……っ」


 俺は手を差し出して、彼女の手のひらを掴んだ。


 優しく掴んだ彼女の手のひらは今にも折れてしまいそうなほどに小さくて、みょうな温もりを感じて、ふと顔が熱くなった。



 ~~~~~~~~~


「よし、ここまで来たら大丈夫か」


「……」


「おい、大丈夫か、霧雨さん?」


「……ん、あ、うんっ……大丈夫」


「なら、いいけど……それで、ここが俺の部屋だけど——隣に妹居るからあんまり騒ぐと苦情くるんで気を付けてね」


「う、うんっ」


 俺は隣を指さす。


 そこには「みやこの部屋」という手作り感満載の看板が掛けてある同じ形状の扉があった。


 そして、ガチャリ――――とドアノブをひねった。


 中を入ればいつも通りの景色だが、女の子を部屋の中に入れるのは初めてで自分すらも新鮮な思いを抱いていた。壁一面を覆う本棚にはこれまでに読んできた小説、漫画、アニメの円盤が並んでいる。


「お、お、すごい……」


 すると、霧雨さんは目を見開き輝かせていた。ちょうど一分前のおちゃらけていた顔がスラリと変わって希望に満ちていた。


「……そうか?」


「う、うんっ‼‼ なんかすっごく、図書館みたい!」


「……まぁ、ね。本は好きだし」


「私もマンガは読むんだけどね、それでもこんなにあますほどの漫画はないよっ!」


「ほぅ……読みたかったりするのか?」


「うんうんっ!」

 

 首をブルンブルン振って、こちらを向いた彼女。

 眼力というか、眼圧というか。

 何か凄い意志を感じる。


「でもあれだぞ、男向けの可愛い漫画しかないぞ?」


「うんうんっ! 私は良いよ、めんこいの逆に好き!」


 それでもっ! ときらきら目を輝かせる霧雨さん。確かに、ここで漫画について語って楽しい時間を過ごせるのだが今日の目的はそれではない。


「——しかし、霧雨君。俺たちの今日の予定はなんだっけ?」


「え、漫画——でしょ?」


 曇りのない眼差し。

 まるで一流の詐欺師の様だった。それが当然でしょ、普通でしょ。と言わんばかりの熱を感じる。


「嘘を言うなよ」


「え、嘘? 何のことっ?」


 あっけらかんとした顔。


 もしもこれが男子なら殴ってやりたいほどにムカつくものだったが生憎、そんな男友達もいないし、ミスコン準優勝の彼女ではできるわけもない。


「はぁ……、そんなに言うなら帰ってもらうけど?」


「はいはいはいっ! ごめんなさい先生! 私は勉強をしますっ、教えてください‼‼」


 急に変わった態度。よほど俺の家には来てみたかったらしい。


「よろしい……それじゃあ俺は下からお茶取ってくるから、準備しといてね~~」


「りょ、了解ですっ! 先生‼‼」



 【豆知識】


・「あます」:残す

・「めんこい」:かわいい


 彼の家もそうですが、北海道の家では二重窓が普通です。そのおかげで部屋の中が暖かくなったりします! 夏が熱いのはネックだけどね~~。



<あとがき>


 皆さん、お久しぶり。歩直です。

 こちらの小説も失速気味です……もしも良かったらいいね、もしくは星レビューしてみてくださいな。文字付レビューだと尚嬉しいです‼‼


 では、次回もお楽しみに。

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