第2話 「道産子可愛いミスコンちゃん!」 2


「「——ごめんなさい!!」」


 俺たちは柄の悪そうな店長らしきおじさんに注意され、周りの人の視線を帯びながらセコマの中に入っていった。自己紹介から発揮していた羞恥心もようやく安定してきたのにここでまた、この辺境の地で発動してしまった。


「っはぁ……びっくりしたねっ!」


 ぴょこんと跳ねたアホ毛が小刻みに揺れていることから察するに彼女自身も震えているようだった。怯える姿もなかなか可愛かったが正直、俺は俺でそんな彼女よりも震えていた。


「——こっっっわ」


「そ、そんなにだったかな?笑笑」


 札幌のにこんなガラの悪い人間はいなかったぞ。危ない地域もあるけれど。


「おこ、怒られたことなかったし……マジで知らん人だし、怖すぎんか⁇」


「怖がりすぎだよぉ〜、あの人いつもあんな感じだよ?」


「げっ、まじかっ……」


 一生来れないな、ここのセコマ。


「私は毎日行ってるんだけどね、一昨日にここのお菓子コーナーでたむろしてたら、あのおじさんに『ちょすなっ!!』ってすっごい形相で言われたもん笑笑」


「ほ、ほお……ちょすな?」


 ちょすな……とはなんだ?

 話の途中とはいえ、またしても方言が出ていて、意味が分からなかった。


「ちょすな……ってよく言わない?」


「え、言わない……けど」


「っ⁉」


 目が点になっている。

 銀髪少女がポカーンと口を開け、選んだお菓子を持ちながら突っ立ていた。


「い、言わないの……」


「え、うん……そうだけど」


「まじ——ですか」


「まじ——ですね」


 ——絶句。


 この前のなまらとかくらいなら知ってはいたが、さすがに「こすい」とか「ちょすな」は知らない。札幌でもあまりそんな言葉……いや、熟語か? 動詞かもしれないがとにかく、それを使っている人を見たことがなかった。というかむしろ、初めて聞いた。


 それに、北海道に住んでいる人たちはみんな本州からやってきた人たちだから血筋的にも標準語が普通だ。東京の人よりも標準語がうまい——といわれる理由は恐らくそれだろう。


「その……、触るなって意味だけど……ほんとに知らない?」


「……ほぅ、そう言うことか……でも知らんな」


「そ、そうですか……」


「なんで落ち込んでるんだよ……」


「いや、その……なんかね、都会と違うんだな~~って」


「札幌は都会じゃないし、やめてくれ」


 まあ、そう言われてみれば……何となく伝わってくるかもしれない。



 そして、俺たちはイートスペースに座った。最近は消費税がなんだ——とかで中で食べずに持ち帰る方がいいらしいがほんと面倒だし、大体、定義が曖昧だなと毎度の事思ってしまう。


 まぁ、このくらい、数円の差なら特に気にしない横着な俺ならどうでもいい話かもしれない。


「これがかつ丼……」


 目の前に置いてあったのはホッ〇シェフのかつ丼。ほかほかで厚切りのとんかつの上からふわとろの卵がのっかっていた。蓋の空気穴から漏れ出す旨そうな匂いに僕の鼻は釘付けになっていたのは間違いない。


「そうそうっ! ワンコインでお得でしょ? 私は部活の練習試合終わった後よく来てるんだ~~」


「確かに、これなら高校生には嬉しいな」


 大学生でも社会人でも嬉しい価格で買えるコンビニ弁当の中でもいい部類に入る。値段の割に中身が少ないこともあるコンビニ弁当界隈ではかなりありだ。


「でしょ~~、マジで美味しいんだよ! ほらさ、食べてっ!」


 目の前にいる霧雨さんも天使の様な笑顔を浮かべながら一緒に買ったかつ丼のふたを開ける。もわっと広がった香りと湯気に心を奪われながら、俺も同じようにふたを開けた。


「私のも食べる?」


「え、でも同じだよ?」


「いいのって~~、ほら! あーーん?」


「あ、あーーん」


 ——瞬間、重なる感動が俺と霧雨さんを包み込んでいった。




「はぁ……もう、お腹いっぱい」


「まだ、食べてないじゃんっ……」


 口に運んですらいないのに満たされるこの感覚に対して、目の前で口を大きく開けてパクリと食す彼女。旨そうに、もぐもぐする姿を見ていると俺の涎も黙ってはいなかった。


「いやぁ、比喩だよ」


「ふゆ、冬?」


「——比喩」


「あ、あぁ~~比喩ね!」


「うん。そのくらいおいしそ~だなってことだよ……」


「それもそうだけど、ほらっ! はむっ……はむはむ……っ美味し~~

~~‼‼」


 そして、俺も口に含んだ。


 瞬間、広がる豚肉の旨味。ジュワリと弾けた肉汁に隙間から油が追いかけてきて、衣と肉のハーモニーが止まらない。


「うまい」


「でしょ~~」


 ああ、久方ぶりの感動かもしれない。


 最近、過去アニメ見て泣いたけど、それとは違った感動なのは確か。旨い飯にミスコン二位JKの可愛い顔と天使の様な表情でうまさが二乗されている。これは感動で涙も止まらない。


「あ、そう言えば」


 俺は思い出した。

 北海道ミスコン準優勝の霧雨麗奈さんであることは知っていたが、それを実際に聞いたことはない。


「ん~~なに⁇」


 もぐもぐと頬張ったかつ丼、世界一美味しい食べ物を食べている彼女に俺は恐る恐る聞いてみることにしたのだ。


「……ミスコン……出てたって、本当?」


 あくまでも噂——戦法だ。


「…………」


 しかし、彼女は固まった。


「……あれ、ごめん、変なこと聞いた、すまん」


「————ん、いや、いやいやそう言うわけじゃないよっ! ちょっとびっくりしただけ……っていうか……あんまり知っている人いないし?」


 すると、ちょっと頬を赤らめた霧雨さんは俯いた。


「そのね、いろいろあってね————」


 そして、その後は話を濁され、特に何も知ることはできなかった。

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