第1章「道産子天使ちゃんの出会い」

第1話 「道産子JK天使ちゃん!」


「私、霧雨麗奈って言うんだ~~、君の名前は?」


 昼休みだった。


 北海道高校ミスコンクール準優勝の肩書きを持った霧雨麗奈きりさめれいなは唐突にそう言った。


 彼女の不意の一言に、俺は少し驚いた。


 顔から察するに、どうやらいじめる意思はなさそうだ。


 しかし、俺の声は震えた。


「っお、俺?」


「そうだよ? 他に誰がいるのよぉ……っ」


「……高橋昇二だけど」


「知ってるよ?」


「だ、だよね……」


「あっははは……まあ、いいや!」


「は、はぁ?」


「なによぉ、その顔~~」


「別に、何も変わってないと思うんですけど……」


「嘘だぁ、私には見えるよ? そのぉ~、えっとぉ~~なんだ~~」


「昇二……」


「そうそう、昇二くんっ‼‼」


 覚えてないのかよ……。


「……それで?」


「あ、うんっ、そのね、昇二くんのあれだよ、変顔じゃなくて~~あれ、顔に出てるんだよ!」


「?」


「ぐぬ……なんでまた、傾げてるのよ」


「……え、いや、だって——意味の分からないこと言うから……」


「分からなくないし!」


「はぁ……まあどっちでもいいけど…………」


 彼女はムスッと頬を膨らませた。

 リスのように膨らんだ頬はすこしだけ赤くなっている。


「むぅ……あ、そうだそうだっ、私の事はね~~れいれいって呼んで!」


「え?」


「ん、どったん?」


「いや、その……それはちょっと……まだ早い気が…………」


「え~~なにそれ、の~~」


 ぎくっ。


 恐らく、何の悪気ないだろうし、「意地悪してやろう」などとも思っていないだろう。


 しかし同時に、俺の心のど真ん中に鋭い矢が突き刺さる


 所謂、トラウマだ。


 以前の高校でもこうやって俺から突き放して、結果はぶられた。いじめられたわけではないが友達になることはできなかったのだ。まあ、俺も友達を作ろうなんざ考えてもいなかったから仕方がないかもしれない。だが、今回はまたとないチャンスなのだ。これ以上にない好機。


 そんな好機に持ち合わせた、せっかくの「転校生」というステータスがここに来て死んでしまうのはやばいと思って、俺は喉を握り潰す思いで答えた。


「や、えっと……れいれい……さん?」


「っ」


「あ、あれっ」


「っぷ――ふふふ、ははははっ‼‼」


 俺の不安とは裏腹に彼女は急に笑い出した。お腹を押さえて、席の前足が浮くほどに後ろに体重を掛け、ふわりふわりと銀髪を揺らして笑っていた。


「え……あ、あの」


「ははっ……はははっ……あぁ~~面白いっ!」


「お、面白——」


「いやぁ、君、なんまら面白いね! 札幌出身の人ってみんなそんな感じなの? やばいやばいっ、だってまじで、なまら緊張してたやん? あのぷくぷくって表情見てたら笑わざる負えないって‼」


「な、え……そんなにかな?」


「ははっ……はっ……くるし」


「はぁ」


「分かったよ、いいよ辛いなら麗奈って呼んでね!」


「う、うん……」


「もう、ほんと不愛想なんだね~~」


「そ、そうかな……」


 予想とは違った。

 それもベクトルが——だ。


「うんうん、まじまじ! 私よりもおっきいのにさ、そんなに怯えちゃってさ面白いったらありゃしないよ!」


「あ、ははは……」


「ほらほら、そういうところ! こすいな~~、そういうのぉ!」


「こ、こすい……?」


「ん、あれ、こすいだよ、こすい! 分からない?」


「う、うん……」



「北海道弁だよ~~⁇」


「あ、俺、道産子じゃないんだ」


「え、そうなんだ⁉」


「うん、まあね。だから北海道弁知らないんだよ……」


「なんか意外だねっ!」


「……意外なの?」


「うんっ、顔がだって道産子じゃん?」


「うん? 分からないけど……」


「まあいいけど~~」


「はぁ……」


「まあいいや、それでえっとね、『こすい』っていうのは「ずるい」ってことだよ?」


「……ずるい……え、俺ずるいの?」


「どうでしょ~~」


「え、えぇ……」


「ふふっ、内緒だよ~~!」


「そ、そうですか……」


「えへへ~~、あ、でも、どこ出身なの? それならさ?」


「俺は転勤族で五年に一度は結構転々とするんだ。だから一応、出身地は青森で……」


「青森!? え、まじ、近いじゃん!?」


「そ、そうかな?」


「うんうんっ! それに全然なまってないんだね、青森出身なら津軽弁とか知ってるって思ってたよ!」


「あぁ~~まあ、俺すぐに引っ越したりするから結局標準語になっちゃったかな……」


「お主も忙しいのかのぉ~~」


「ま、まぁね……」


「そっかぁ~~、私さ~~ずっとこっちにいたからさ、洞爺湖町以外の事全然分からないから、外の人が来ると結構ワクワクするんだよね!」


「外って言っても、札幌の豊平区だし大したところじゃないよ?」


「ぐぬぬ……そったらもんだって私にとっては都会だよ!」


「ごめん……」


「あははっ、可愛いなぁ~~。大丈夫だよ、私も意地悪じゃないし!」


 ニコッと微笑む彼女。


 所々に方言がちりばめられていて、たまに意味が分からないがきっと悪いことは言っていないだろう。それにしても、俺なんかよりも可愛い人に可愛いって言われるとなんか照れる。未だ抜け出せない陰キャの心にその言葉はさすがに鋭く、甘かった。


「あ、そうだ! 洞爺湖町に来たの始めたなんだよね⁉」


「え、まあそうだけど……」

 

 俺が頷くと、彼女はこちらに身体を向ける。


 すると、制服をの繊維を強く押し出している豊満な胸が、たぷんっと揺れて肩まで伸びた銀髪がふわりと舞いあがり、俺の鼻腔に柔軟剤のいい香りが刺激した。


「したっけさ、サコマでかつ丼食べに行こうよ!」


 そして、俺の青春ラブコメはここから始まった————ような気がした。



[豆知識]

・「そったらもん」-そんなもの





<あとがき>


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