第19話・イラの通り名の由来
「……トラップの巨大鉄球か」
俺はパチンと指を鳴らす。
「ほああああ……。あんたの浮遊魔法の恐ろしさは知ってるけど、未だに原理がさっぱり分からないわ」
「鉄球の回転で発生する摩擦を浮遊魔法で増幅させただけだよ」
「……それで鉄の玉が溶けるものなの?」
イラは原理とか言うけど、そこまで難しくはないんだけどね。
イラが驚いた様子を見せる。君にとっては初めての光景ではないだろうに。
「目の前で溶けてるじゃないか?」
「あんたが手で握るしめる杖は何のためにあるのよ?」
「ま、イラは攻撃魔法が壊滅的だからね? 俺に任せておきなさい」
俺とイラは習得している魔法がベクトルが違い過ぎる。
俺の通り名は『浮世』、俺の性格と保有する魔法の質から付いた通り名。
一方、イラの通り名は『輪廻』。
この通り名の意味。彼女の優しさから付いたもの。
「スロス!! どさくさに紛れて私のお尻を撫でるなあああああああああ!!」
……今はその優しさを微塵も感じないけどね?
「イラ、この魔王城って廃墟なんだよね?」
「え? 急に真面目ぶってどうしたの?」
真面目ぶるとは失礼な。
俺はいつも真面目だよ。俺は真面目にイラのお尻を触っているんだ。
「おかしいでしょ? 廃墟なのに敵の出現率が高すぎる」
「……言われてみれば、そうね? って、何あれ!?」
イラが突如として叫びだす。
「ええ? そろそろ俺のお昼寝の時間なんだけど」
「あんたは、さっき居眠りしてたわよね!?」
「……スウ」
「寝るなあああああ!! スロス、ケルベロスと遭遇しちゃったのよ!? どうするのよ!?」
一本道に犬が唸るような鳴き声が響き渡る。イラの言うケルベロスのそれだ。
二つの頭に蛇の尻尾。大きさは背丈10mと言ったところか。
「ねむねむ……。オートモードになっちゃおっかな?」
「ダメよ!! あんたがオートモードになるとロクなことが起きないんだから!! って、言ってるそばから、あんたが溶かした鉄球が液体になって流れてきてるううううううう!!」
イラもうるさいなあ。
だけど、おかげでイラが俺に抱きついてくる。俺、セルフグッジョブ。
俺が鉄球を溶かしたから、その液体金属が床一面を流れ出している。
「うひょひょひょひょ。イラに抱きつかれて女の子の匂いに包まれちゃった。クンカクンカ」
「バカ!! スロス、あんたは時と場所くらい選んでセクハラしなさいよ!!」
「え? 選べばセクハラして良いの?」
「良いわけあるかあああああ!!」
俺とイラの会話が耳障りだったのかな? ケルベロスのご機嫌が斜めだ。
「グルルルルルル……」
「ちょっと!? この通路って傾斜が付いてない!? 液体金属が下方の私たちの方にばっかり流れてくるわよ!!」
「そだねー。……」
「スロス!! この非常事態にプレートで会話を始めるな!! 『やべえ、イラの顔が至近距離にあるからチューしたくなった』って何よ!?」
イラが泣きじゃくる。そんなに俺とのチューが嫌なのかな?
お?
ケルベロスの様子がおかしいな、額に汗を垂らしているじゃないか。
「ケルベロス君、どったの?」
「ウウ、……ガウ?」
「スロスがところ構わずセクハラするからモンスターにも気を使われちゃったじゃないのよ!?」
「チュー……」
「いやああああああああああああ!!」
「へぶし……」
イラに引っ叩かれちゃった。そして俺は死んじゃった。
俺はイラに頬を平手打ちされて、首がおかしな方向に曲がっている。
「ガウ!?」
ケルベルスがドン引きしてるじゃないか。
「ああん、もう!! またやっちゃったわ……、はあ。やるか、ケルベロスちゃん、少しだけ待っててね?」
イラが反省したかと思えば小さく呟く。そして凶悪なモンスターに話しかける。
イラも大概だよ?
いくら犬型モンスターとは言え、この状況下で『お座り』を命じるかな?
「ガウ、ガウ!!」
ケルベロスが命令を聞いちゃったよ。躾(しつ)けられるならイラはどうして泣き叫んでたの?
「……この者の死を拒絶する。……『レイズ』」
イラが蘇生魔法の演唱を開始すると俺の死体が輝きを放つ。俺の意識が体に戻っていく。
これがイラの通り名の由来だ。
「……チュー」
「生き返った早々、セクハラすんな!!」
「ちぇっ」
俺は舌打ちをする。
「そもそもスロスは死んでたのに、浮遊魔法が解除されないって、どういう言うこと!?」
「社外秘です」
「納得いくかああああああ!!」
魔王城の地下通路でイラの叫び声が木霊する。
「ガウ?」
「あ、ケルベロスちゃん。地上まで道案内してくれない?」
イラは至って普通のことのようにモンスターに道案内を頼む。
「……イラも、どうしてケルベロスを躾けられてるの?」
「え? だって私、魔物使いのステータスも上げてあるから」
イラも大事な事をサラッと言うよね?
「いつの間に?」
「私、この間サーカスのバイトをしたじゃない? その時に勝手に上がっちゃったの」
イラは借金の返済に向けて色々なバイトをしてるからな。それでも多才すぎるでしょ?
「……最初、ケルベロスを見て驚いてたよね?」
「久しぶり過ぎて魔物使いのスキル持ってた事を忘れていたのよ……」
イラが拗ねて、俺からそっぽを向く。頭を掻いているから照れてるのかな?
「まあ、良いか? ケルベロスに乗れば浮遊魔法も使わなくて済むんだし」
俺とイラはケルベロスの背に跨る。
「わおおおおおお……ん」
するとケルベロスは雄叫びを挙げながら地上部へ向かって走り出していった。
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