第9話・男爵を追い詰めたら、まさかの事態になってしまった

「お、お前は!? 確か王国最強のセージ……『輪廻のイラ』!!」


 『輪廻のイラ』、イラの通り名だ。


  執事服の男は目を見開いてイラに話しかける。


「……ベアルーシ。これも公務かしら?」


「財務大臣様の指示でな。ジル男爵の身辺調査だ」


「随分と簡単に口を割るわね? 良いのかしら、その男爵だって目の前にいるのよ?」


 ベアルーシがため息混じりに口を開く。


「はあ……、君がここにいると言うことは『彼』もいるのだろ?」


「『彼』は屋敷の使用人をまとめて眠らせる、と言ってたから。そろそろ来るんじゃないの?」


 イラはジル男爵の口にポットを突っ込みながら質問に答える。


「うがあああああ……。熱い、熱いんだよ!!」


「黙りなさい。……あんたなんて私が殺したいところなのよ? 私、これでも我慢しているの……。これ以上あんたの臭い口臭を嗅いだら手元が滑っちゃうそうなのよ」


「黙れ、黙れ!! イラ、貴様だったのか!! 貴様の実家は俺に借金をしていたよな!?」


 男爵は言葉に圧を乗せる。


 目つきもいやらしさが消え、鋭い目つきでイラを射抜く。


「あんたが死ねば借金もチャラよ?」


「ふざけるなよ!! そんな都合が罷(まか)り通ると思っているのか!? 俺は貴族だ!!」


「私も貴族よ? あんたよりも上級の」


 イラは子爵家の令嬢である。


 今は没落したが、それでも爵位だけは代々受け継がれている。


「はあ……、俺が男爵の身辺調査をするのにどれだけ苦労したと思っているんだ」


 ベアルーシは頭を抱えている。


「ごめんねえ? アヴァの一件でスロスが怒っちゃったの。男爵を殺すんだって。きゃは♪」


「きゃは♪ じゃない!! おい、ベアルーシ!! お前も黙ってないで、イラを拘束するんだ!!」


 男爵がベアルーシにいらの拘束を命じる。だが当のベアルーシは首を小さく横に振っている。


「はあ……。男爵よ、俺たちの会話を聞いていなかったのか? 俺は財務大臣様の放った密偵だと言ったはずだが」


「そんなもの知るか!! 少なくとも役人だろうが、役人が目の前の殺人事件を無視して良い筈がない!!」


「お断りします」


 ベアルーシは礼を尽くして男爵の命を拒絶する。


 男爵は深々と下げるベアルーシに怒りを覚えたのだろう。目をピクピクと痙攣させる。

 

「ふ、ふざけるな!! だったらベアルーシもイラもまとめて始末してやるぞ!!」


 激昂した男爵は声を張り上げて二人を威嚇する。


「……イラ、気を付けろ。男爵は魔神を召喚できる」


「へ!? ベアルーシ、それはどう言う事!?」


 イラはベアルーシの唐突な助言に間抜けヅラを晒す。


「ぐわっはっはっはっは!! 出でよ魔神!! そして俺を守りたまえ!!」


「ちょっと!! 男爵は、どさくさに紛れて私のお尻を触るんじゃないわよ!!」


「黙れ!! お前が俺の膝の上に座ってきたんだろうが!!」


 イラと男爵は口論となるも、それを止める人間は誰もいない。


 そして、この部屋の中央に禍々しい黒を帯びた渦が発生していた。

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