第十二話 吸血鬼の能力覚醒

 目の前のあの男は、既に意識を失っていた。もしかしたら、もう死んでいるのかもしれないという絶望が過ぎる。


 自分の手を見やると、赤く染って汚れていた。

 赤く染った手を見ると、何故か胸が高鳴った。際限なく溢れる血を見て、吸血鬼としての自分を抑えられない。


「エルノアさん⋯⋯駄目ですよ。私は回復魔法で完治しました、それ以上やる必要はありません」


「違います、違うんです。レミリエルさんの為じゃなくて⋯⋯私の⋯⋯」


 私のため、と言いかけて口を紡ぐ。

 そしてゴクリと冷えた生唾を飲み、目の前の男の首筋に再び噛み付こうとした。が、阻止された。



「くはっ⋯⋯!?」


「それ以上やってはいけない事は分かっているでしょう!? 簡単に理性に身を委ねないで下さい!」


 噛み付こうとした刹那、レミリエルさんが叱責と共に放った魔法によって私は吹き飛ばされた。強制的に男から引き剥がされる。


 私は心のどこかでレミリエルさんに感謝した、このままでは人を殺していた。

 そして、レミリエルさんは回復魔法で男の手当に当たった。なんとか傷口を塞ごうとしているのか。


「ちょっと! なんとか意識を保っていてくださいね、回復魔法で復活させますので!」


「う、あ⋯⋯俺死ぬのか⋯⋯?」


「生きようと思ったら生きられます! 死刑になるかもしれませんが、貴方にはこの世界の規則に則って罪を償ってもらう役目があります」


「こんな事で死ぬなら⋯⋯女の死体集めなんてやめておけば良かった⋯⋯」


「だから! 死にませんって!」


 レミリエルさんが、回復魔法をかけながら懸命に倒れた男に呼びかけている。


 そしてサラッと男が吐いた言葉。

 女の死体集めって⋯⋯。そういえば、事件現場には血痕だけ残っていて、死体はなかったって。


 まさか、この男の性癖⋯⋯?人を殺しておいて、それだけの理由で?


「いや、私も同じか⋯⋯」


 私も、血を見てから吸血鬼の本能に負けてこの男を殺そうとしたんだ。人の事なんて言えなかったんだ。



「いたぞ! アソコだ!!」


「男が倒れている、あの銀髪の女を捕らえろ!」


 周りが騒がしくなる。気付けば辺りに、皆同じ服装をした武装した男達が立っていた。手にはサーベルの様なものを所持している。

 これがこの世界でいう警察の代わり、エリスなのか。


 そして何故か彼等は刃を私に向けてきた。

 口々に犯人の男に、「大丈夫ですか!?」、等と安否確認をしている。

 もしかしたら、倒れている男を被害者、そして血にまみれた私を加害者と思っているのか。


 だとしたら、絶対に不味い。誤解をとかないと。


「違います! この男が、殺人犯の正体です!」


「白々しいぞ、現にその男は今にも息絶えそうじゃないか! この悪魔め!」


「本当に違っ⋯⋯信じてください!」


「黙れ! 捕らえろ!」



 聞く耳を持たないエリスの方達は、刃をかざしながら私を捉えようとジリジリと寄ってくる。

 レミリエルさんは、男の治療に当たっていて私を助ける余裕はない。

 なら、自分で自分の身を守らないと。また理不尽な言い訳で牢の中なんて絶対にごめんだ。


「今だっ! 一斉に捕らえろ!」


「ちょ、本当に人の話聞かないっ⋯⋯!」


 恐らく位の高いであろう男の掛け声で、エリスは一斉に飛び掛ってきた。

 捕まる訳にもいかない、私は全力で逃げた。走って、走って、いくら走っても、振り向けば彼等が追ってくる。


 本当の犯人がどうなっているのかとか、レミリエルさんがどうなったのとか、あの場所に気になる事は山ほどある。


「はぁっ⋯⋯はあっ、このままじゃ追い付かれる⋯⋯」


 でもそれを考えている程私には、今余裕が無い。振り向けば、エリス達が距離を縮めて目前まで迫っていた。

 一瞬見ただけだけど、彼等の目はとても血走っていた。

 それこそ、捕まったら殺されてしまうのではないかと恐怖してしまうほど。



「待てっ、銀髪! 人を殺しておいて自分だけ無罪放免で済まされようなんて都合が良すぎないか!?」


「しつこいです! あの倒れている男が連続殺人犯の犯人ですから! 追ってこないでください!」


「無罪ならば、何故お前は逃げているんだ! それこそ殺人鬼の証拠じゃないか!」


「貴方たちが剣を持って追いかけてこなかったら、こっちだと逃げていませんよ!」



 私の弁論虚しく、エリスの一人の男の手が、私と髪を掴もうとした。


 ここまでか、また牢獄に閉じ込められるのか。

 そう覚悟した時、私の身体は闇色の宙に舞った。


「私、空中に浮いてる? どうして?」


「お前、吸血鬼だったのか! 理性も知性も持ち合わせない化け物め!」


 エリスの男性は私を酷い言いようで罵ってきた。

 それよりも、なんで私の正体が吸血鬼だとバレた? どうして私の身体は空に浮いている?


 私の疑問は、私の背後に生えているある物が原因だった。背中に違和感を感じ、振り返ってみる。



「何ですかこれっ、黒い羽が生えてる!?」


 私の背中には、蝙蝠の様な羽が生えていた。

 服を破って生えているわけではないようで、どういう原理でこの羽が出現したのかは謎だ。


 羽の出し方すら分からない私が、しまい方など分かる筈がない。

 ただ、この状況を打破するには絶好の機会だ。

 羽は私の意思に共鳴する様に、エリスから遠く離れた場所へと私を運ぶ。


「まて! 降りてこい!」


「逃げるな、化け物が!」


「追えぇぇぇぇぇ!! また同じことを繰り返す、消して野に放つな!」


 下から、エリス達が私に向かって叫ぶ声が聞こえる。いくら叫んでも、剣では上空の私は捕えられない。

 レミリエルさんの事が気にかかるが、あの人なら何とかなるだろう。

 私は何処かへと飛んでいく羽に身を任せ、月夜が照らす中、エリスたちから逃亡した。


 言われなき罪でここまで逃げる必要はあったのか、一度捕らえられても事情を説明する、レミリエルさんが助けに来てくれるのを待つ、やりようは他にもあったんじゃないかと飛びながら後悔した。


「一度逃げてしまった以上、もうあの街には戻れないでしょうね。というか、国自体から出ないと⋯⋯」


 もし最悪あの男が捕まらなかった場合、確実に指名手配されるのは顔が割れている私だ。

 この国にいては、落ち着いて一夜を過ごす事も出来ないだろう。


「ねえ羽さん。このまま私を何処か遠い国へ連れて行ってください⋯⋯」


 答えが返ってくる筈もない羽に問いかける。

 私の逃げなければいけないという気持ちが、吸血鬼としての能力を解放させたのか。

 この羽が生えた理由はイマイチ分からない。


「ヤバい、眠くなってきた⋯⋯。今寝たら落ちて⋯⋯」


 追っ手が来ないと分かった安堵からか、一気に眠気が全身を包む。

 かなり上空を飛行しているので、落ちた時のことを考えるのが怖い。


 何とかして意識を保っていないと、幾ら吸血鬼でも流石に怖い。


 ただ、一度眠くなった物をどうにかするのは難しく。私は空の上で眠りにいてしまった。



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