第十一話 闇夜の衝動
結局私達は二人で外に出た。夜なので、露店は殆ど閉まっており、何処で食べ物を買えるのか分からない。ただ、レミリエルさんは宛があるようで迷いのない足取りで歩いていく。
「あの、何処で食事を買うんですか? 露店殆ど閉まってますけど⋯⋯」
「あまり公には知られていないんですけど、少し宛がありまして。多分この平和な街にもあると思うんですよね」
レミリエルさんが歩いていく先は、元々薄暗かった夜道が更に闇色を増していくかのように、人気の無い道を歩く。
こんな所を歩いて変な暴漢に捕まったら⋯⋯なんて思うと少し怖くなってる。
恐怖心から、レミリエルさんの袖を掴む。
「ふふふ、怖がらなくても良いですよ。もうつきましたから」
レミリエルさんはそう言うと、裏路地に入る。
夜の裏路地なんて危ないに決まってる、私は袖を掴む力を強める。
「本当に大丈夫ですから、ほら⋯⋯見てください」
「え⋯⋯?」
レミリエルさんの言う通りに、路地裏の先を見てみると、人目につかないような空洞ができていて、そこで商人たちが食材や生活器具を売っている。何故夜中に路地裏で?、という疑問が募る。
「あのー、ここって一体?」
「ここは闇市です。夜中にこういう人目につかない所で食材等を売ってくれています。ちなみにお値段は少し割高です」
レミリエルさんの説明を聞き、周りを見渡してみる。
私たちの他に客はいないようで、一斉に商人たちからの視線を感じる。つい、レミリエルさんの後ろに隠れてしまう。
「あのー、パンを頂きたいのですが」
「パンか、それなら俺のパンが一番だぜ、値段は少し張るが美味いぜ」
「いやいや、俺のパンの方が美味いぞ。俺から買いな」
「あれ、ていうかお嬢ちゃん可愛くね? 可愛いお嬢ちゃんにパン買って欲しいな」
レミリエルさんの提案に、次から次へと商人たちが名乗りを上げて来る。
しかし、レミリエルさんはどれにも惹かれないようで、満足のいかない顔をしている。
「エルノアさん、こういう時にどうすれば得してパンを買えるのか教えますので、覚えて下さい」
「得してパンを買う方法ですか⋯⋯? 分かりました、覚えます」
レミリエルさんは「見ていて下さい」、というと大きく息を吸い込んだ。その様子に、商人たちは釘付けになる。
「お値段一番安価な物を買います!」
「え⋯⋯? 直球すぎ?」
レミリエルさんのパンを安く買う方法は、至ってシンプル。ただ自分の願望を垂れ流しただけだ。本当に安く買えるのか不安になってくる。
「なに!? なら俺は二割引で売ろう」
「待て待て、俺は半額だ」
「なら俺は八割引ぃぃ!! これ以上は限界だ」
「決めました! 八割引の貴方で!」
以外にも、商人たちは次々と争うかのように価格を下げていった。
二割、五割、八割引と、赤字を疑いたくなる勢いだ。
結局、私達は元値の二割分しか払わずにパンを手に入れた。
「凄いですね⋯⋯本当に安く買えました。でも、何故こんなに安く買えたんでしょう」
「ふふふ、売り手と買い手では立場がこちらの方が有利ですからね。闇市は大抵集団で行われていますから、他の商人のを買われたくないんでしょうね、次から次へとありがたい方向へ運んでくれます」
「成程⋯⋯やり慣れていますね」
流石旅をしているだけあって、この世界で生きていく術を知っているみたいだ。私ももう少し図太く、賢く生きていこう。
行きよりも闇色が増した帰り道、私達の前には数人前を歩く人達がいた。最近物騒だったらしいし少し安心する。帰ったらレミリエルさんの旅の話でも聞かせてもらおうかな。
「ねえレミリエルさん、帰ったら⋯⋯。え?」
隣にいたはずのレミリエルさんが、いない。
後ろを振り返ってみると、レミリエルさんが持っていたパンの入った袋だけが落ちている。
先程の安心感が嘘のように、焦りに変わり始める。
「レミリエルさん、何処ですか!? 返事して下さい!」
叫んでも、返事はない。ただ、かなり後方に倒れている人影を見つけた。
慌てて駆け寄ろうとすると、「来ちゃダメです!」、というレミリエルさんの悲鳴に近い声が聞こえた。
やっぱり、倒れている人影はレミリエルさんだったんだ⋯⋯。
そして、人影の近くに何者かが立っている。恐らく、いや絶対そいつがレミリエルさんに何かしたんだ。
暗闇でよく見えないが、もしもレミリエルさんが重症を負っているなら早く助けなければいけない。
私は吸血鬼だ。死の概念がない私にとって、殺人犯との相性は良い。行こう。
私は、人影に向かって走り出した。
人影も私が向かってくるのを察知したんだろう、ナイフが飛んできた。いきなりナイフなんて、どれだけ私に近付いて欲しくないのか。
ちなみに飛んできたナイフは、すんでのところで避け⋯⋯られる訳もなく、思い切り腹部に突き刺さった。レミリエルさんもこれにやられたのか。
咄嗟に腹部を抑えた手に、冷めた液体が伝う。
吸血鬼だから、体温がない⋯⋯?
「エルノアさん!! 大丈夫ですか!?」
「あっ⋯⋯え、大丈夫です」
レミリエルさんが、倒れながらも私を心配する。
咄嗟に大丈夫と答えたけど、本当に大丈夫なのか。だって思い切りナイフ刺さってるし⋯⋯。
ただ、不思議と痛みはないし、ナイフを手で抜くとおかしな事に血は止まり、傷が塞がった感覚がする。
つまり人間ではなく、元々死体のような扱いの私は、少なくとも人間の手で殺される事は無いわけだ。
「レミリエルさんから離れて下さい!」
「お前⋯⋯俺のナイフをくらったはずじゃ⋯⋯」
私は叫びながら一気に距離を縮めると、遂に人影の姿をはっきり捉えることが出来た。
黒ずくめの格好をした男だ、言葉も発している。
また男はナイフを投げてきたが、これはすんでのところで交わした。
当たっても平気とわかっていても、流石に刺されるのは嫌だ。
「避けやがったか⋯⋯!」
距離を詰め、完全に男の間合いに入る。完全に相手は臨戦状態、こっちも攻撃しないといけない。
でもどうやって? 私には魔法も使えないし、武器もない、腕力で大人の男に勝てる訳がない。
でも、レミリエルさんは助けなきゃいけない⋯⋯。考えろ、自分よりも強い相手に立ち向かっていくための私だけの武器。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「痛っ!? お前っ⋯⋯何を⋯⋯」
咄嗟に私は、男の首筋に飛びついて牙を立てた。吸血鬼になった私の歯ならば、かなりの殺傷力を秘めているはずだ。
男の首からは血飛沫が飛ぶ。同時に私の顔にも吹かかる。
少しだけ、このまま殺してしまうのではないかという恐怖に駆られた。だけどもし私達とこの男、どちらかが死ぬというのなら私はお前を殺す。
「ぐぅぅ、あああ!」
「やめっ⋯⋯死ぬ⋯⋯! 助け⋯⋯」
もがく男に、飲みなれていない血液が私の喉を通る。不快なはずなのに何故かこの状況でとても美味しく感じた。多分、露店で買ったパンなんかとは比べ物にならないくらい。
噛み付いて、溢れた血を飲むのが止まらない。
途中、男がまだ持っていたナイフで、私を刺してきた。まあ、痛みはない。
ヤバい⋯⋯美味しい⋯⋯これ、止まらない。
「エルノアさん!! それ以上やったら殺してしまいます!」
「え⋯⋯? なに、これ」
レミリエルさんの呼び掛けで、目を覚ます。
私の視界には、信じ難い惨状が広がっていた。
それが私の手によって行われたものと理解するには、些か時間を要した。
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