第十三話 常戦の国
「おい嬢ちゃん、起きろ」
「はう⋯⋯⋯⋯?」
誰かに体を揺さぶられて、意識は闇から現実へと戻る。その誰かは声の太さからして、男性みたいだ。
どうやら地べたに寝ていたらしい。身体を起こしてみると、もう夜ではなかったがその代わりに、全く見知らぬ地にいた。
「起きたか嬢ちゃん。なんだって地面で寝てんだよ。家がねーのか?」
「あっ、え、初めまして⋯⋯」
「おう初めまして。とりあえず質問に答えろ」
私を起こした男性は、白髪に口髭を生やした男性で、どうにもダンディズムを感じる人だ。
服に着いた土を払いつつ、私は質問に答える。
「ちょっと色々ありまして⋯⋯家は無いです。旅の身なので」
「旅の身ってお嬢ちゃん幾つだよ。見た目十四とかだろ?」
「そうなんですけど、一緒に旅をしていた人と離れちゃって」
「そうか。親は? 故郷は?」
「いないしありません」
私の答えに、ダンディズムなおじ様は黙り込む。
まあ初対面で事情を聞いた相手がこれは、重すぎて返しに困るんだろうな。おじ様の為にも、宛はないけどとりあえず立ち去ろう。
「という事なので、さようならです」
「おいちょっと待て。宛がないと言ったな」
「まあ、はい⋯⋯」
立ち去ろうとするおじ様は私の肩を掴んで引き止める。
「詳しい事情は後で聞くが、行く宛てがないならうちの店で住み込みで働いていかねえか? ちょうど人も足りねえしな」
「うちの店⋯⋯ですか?」
「おう、お嬢ちゃんの目の前にあるだろ」
「あ」
私の目の前には、小さいけれども「グランジェ」と看板に書かれたお店があった。
ダンディズムな雰囲気を纏っているが、なんのお店なのかはイマイチ分からない。
「ここ、なんのお店なんですか?」
「まあ飲み屋だな。もう店を始めてから二十年は経つ」
「ははあ⋯⋯老舗というやつですね。どうしてグランジェって名前なんですか?」
「それだな、なんか響きがいいだろ」
「深い理由はないと」
「充分深いだろ。とりあえず中に入れ」
私はダンディズムを感じるおじ様に、中に入るように促され、「カランコロン」という音と共に入店する。
もしかすると良いように流されて、店に入らされお金をふんだくられるのでは、という危機感が募る。
生憎今の私の持ち合わせは少ない。法外な値段を請求されたら払いきることなんてできない。
この世界に来てから散々な目に合わされているから、中々人を信用出来なくなっている。
「あのっ⋯⋯私お金なんて持ってないですよ?」
「馬鹿、誰が子供から金取るかよ。うちは悪徳商法なんかしねえよ」
「す、すみません⋯⋯」
「はぁ⋯⋯俺の名前はグランジョフ、お嬢ちゃんは?」
「私はエルノアです。旅をしています」
私達は簡単な自己紹介を済ませる。
良かった、お金を取られるとかそういう訳じゃないんだ。グランジョフさんは案外悪い方ではないのかもしれない。お口は少し悪いみたいだけど。
「で、聞くがどうして店の前で倒れてたんだ?」
「さあ⋯⋯空を飛んでいたら眠ってしまったみたいで、そのせいで落下したのかもしれません」
「空を飛んで⋯⋯という事は魔法使いか!?」
「え⋯⋯いや⋯⋯その」
杖は持っているが魔法は使えない、かといって吸血鬼と言うとどんな目で見られるか分からないし。
口を滑らせたな、仕方ないから魔法使い路線で行こう。
「一応魔法使いです⋯⋯」
「エルノア、いいか? この国で魔法を使えるなんて言ったらダメだ」
「え、何故ですか? 魔法使い受け入れ禁止とかですか⋯⋯」
「違う、むしろ表向きには歓迎されている」
グランジョフさんの話が掴めずに私は首を傾げる。
表向きには歓迎されていて、どうして魔法使いだということを言ったらダメなんだろう。
「いまいち話の趣旨が理解できないのですが⋯⋯」
「この国の名前は常戦の国。名前の通り常に何処かの国と戦争をしている」
「随分物騒な国なんですね」
戦争、元の世界では戦争なんてなかったし、言われてもあまり実感がわかない。
現に物騒という簡素な感想しか出てこない。
「だから、他国と戦う上で戦力になる魔法使いや異形の者は見つかれば積極的に戦場に出される」
「ちなみに拒否権は⋯⋯」
「ねえな」
グランジョフさんはそうきっぱりと言い放つ。
しかし魔法使いに異形の者とは、私どちらにせよアウトだということが。
これは適当な事言えないな⋯⋯。
「いいか? 国に知れなくてもそこら辺の客にでも言ってみろ、すぐ国に通報されるぞ」
「国民も戦争に協力体制なんですか?」
「魔法使いや異形の者の在処を通報すると、国から多額の報酬を得られるからな。まあそれだけ戦力って事だ」
「そんな⋯⋯」
それじゃあこの国では私の居場所は無いということだ。
不死の吸血鬼としれたら、きっと有難がって前線に立たされそうだし。
「まあそれさえ気を付けていれば悪い様にはなんねえから。安心して家にいな」
「ありがとうございます⋯⋯。お世話になります」
実際、この先どうしていいか分からなかったからお世話になる事にした。
グランジョフさんの案内で、店奥の小さな部屋を使っていいと言われて、荷物を置く。
「よし、じゃあこれに着替えろ」
「メイド服ですか? ただの飲み屋ですよね?」
「グダグダ文句言ってねえで、着ろ」
メイド服のようなものを手渡され、着ろと指示する割には一向に部屋から出て行ってくれない。
「あの、出て行ってもらわないと着替えられないんですけど」
「ガキの裸なんて興味ないから気にするな。サイズ合わせもしないといけないし」
「こっちが気にするので出ていってください」
強引にグランジョフさんの背中を押して、部屋から退出して頂く。
メイド服に着替えると案外サイズは丁度良かった。基本白黒基調で、頭に付けるよく分からないフリフリもついている。
私の知っている飲み屋ではこんなの着ている店員はいないんだけどな。
「着替え終わりました」
「おっ、サイズはピッタリだな。まあ多少は様になってるし、開店するぞ」
「多少ですか⋯⋯。えっと、私は何をしたらいいんでしょうか」
「働け。周りを見て臨機応変に対応しろ」
「えぇ⋯⋯」
グランジョフさんは説明するのが面倒くさいのか、投げやりに言い放つと開店作業を始めた。
こじんまりとはしているが、意外と人気があるのか直ぐに客が入ってきた。 入ってきた客は慣れたように各々が席に着く。
中には、グランジョフさんた親しいのか一声かけていく客も多い。
「あ、えっと⋯⋯」
「ほら、注文取りに行きな」
「えっと、どうやって⋯⋯」
「どうやってもあるか、考えて行け。失敗したら詫びろ」
グランジョフさんに急かされるように背中を叩かれ、私は客の前に出た。
混乱する頭で、私の初めての労働が始まった。
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