第八話 吸血鬼は死なない

 遠くから、「エルノアさん!」というレミリエルさんの声が聞こえてくる、まあそれもサンドワームがデカい音をたてて近寄ってくるから直ぐに掻き消されるんだけど。


「グギャギャァァァッ!」


 奇声を上げて突撃してくるサンドワーム。私の小さな身体と衝突した瞬間、私の身体は吹き飛んだ。


 吹き飛ばされていて面白いくらいに吹き飛んだ。トラックに轢かれた時の比じゃないくらいに。


 走馬灯は見なかった、二度も走馬灯を見なかったんだから、「死ぬ間際に走馬灯を見たー!」なんて全部嘘だったんだとも思った。


「ったぁ⋯⋯!」


 ズザザっと激しく地面に身体を引き摺るような音と共に、私は地面に叩きつけられた。


 そこで私の意識は瞼の裏の闇色の世界に包まれて途絶えた。


 厳密に言うと途絶えはしたものの直ぐに飛び起きました。


「えっ、生きてる!?」、叩きつけられ、死んだと思っていたらすぐに目が覚めて自分でも驚きまくりだ。


 吸血鬼には死という概念が無いのかな。


 まあ服はボロボロに破けて閉まっているけど。あの奴隷時代の服とも言えるかわかんない布切れだからショックは少ない。


「エルノアさん無事ですかっ!? いい加減落ち着いて下さい」


 私の安否確認を取ると共に、レミリエルさんはサンドワームに氷魔法を放ち、見事に氷漬けにして沈めた。


「どうやら有効打は氷魔法だったみたいですね」


 レミリエルさんは地上に降り、私の元へ駆け寄ってくる。その目には心配の色が浮かんでいる。


「めちゃくちゃ吹き飛ばされましたけど、なんで生きてるんですか?」


 心配と焦りから出た言葉なんだろうけど、「生きてちゃダメだったんですか?」とツッコミを入れたくなる言い方だ。


「吸血鬼になったおかげでしょうか、私も死んだと思っていました」


 レミリエルさんは私の様子を見て、嘆息を漏らしました。


「褒めるべきなんでしょうけど、もう少しご自身を大事にして欲しいです⋯⋯。自分が死んだらとか考えなかったんですか?」


「あはは⋯⋯。考えましたけど、幼女さんが死ぬ方が嫌だったので」


 乾いた笑いと本心を一粒、レミリエルさんに伝える。レミリエルさんは「無関心なのは恐らく自分自身についてですか」とボソリと呟いた。


「まあ、偉いのでご褒美を上げましょう。次の街に着いたらお洋服を買ってあげるのと、お金の稼ぎ方を教えてあげます」


 私が「お金の稼ぎ方?」と首を傾げる前に、レミリエルさんは馬車まで戻っていた先導さん達の元へと駆け寄っていった。


 私も後に続く。


「あのぉ、先導さん、サンドワーム無事に沈めましたよ」


「お、おお⋯⋯。お嬢ちゃんが居なかったら死んでたかもしれないぜ、ありがとうな」


 感謝を述べる先導さんに、レミリエルさんはあからさまに不服そうな顔をしている。


「お金の稼ぎ方ってまさか⋯⋯」、嫌な予感がする私。予感は的中した様で、レミリエルさんは物欲しそうに両手を広げて先導さんへと突き出した。


「お嬢ちゃん、この手は⋯⋯?」


「サンドワームから守って差し上げたので、馬車代無料と幾らかお気持ち程度は貰っていいかと」


 困惑する先導さん、他の戦士たちは「ええ⋯⋯本当に天使なの?」とレミリエルさんに疑念の目を向けている。因みに私も戦士たちと同じ気持ちだ。

 だが、等の本人は特に気にしていない様子で、パッチリとした目で先導さんを見つめている。


「し、仕方ねぇ嬢ちゃんだな⋯⋯。ほら」、先導さんは「お気持ち程度」の金額をレミリエルさんの手のひらに乗せる。


「お気持ち程度で構いませんよ?」


「いやだから、お金手の平に乗せたじゃん⋯⋯」


 手の平に幾らか乗せられはしたものの、レミリエルさんは動かずにじっと先導さんを見つめている。

 要するに、額が足りないと言うことなんだろうな。明確に金額を提示しないあたりタチが悪い⋯⋯。


「ほら、これでどうだ!!俺の気持ちだ!」、バチーンとレミリエルさんの手の平に硬貨を更に叩き付ける先導さん。


「貴方の気持ちは私には届きません」


「⋯⋯⋯⋯まだ足りねえってか」


 先導さんは「はぁ⋯⋯まあ命の恩人だしな」と、自分に言い聞かせる様に硬貨の入った袋をレミリエルさんに渡した。

 渡す時にずっしり音がしたから大金なのかな。


「ありがとうございます。貴方の気持ち、しっかり受け取りましたよ」


「二回程俺の気持ち拒まれてるけどな」


 これがお金の稼ぎ方か⋯⋯。想像よりゲスっぽかったけど生き抜くには綺麗事ばっかり言ってられないよね。


 レミリエルさんは感心している私を見て何を思ったのか、「エルノアさん、まだ私の金策講座は終わっていませんよ?」と悪い笑みを浮かべました。


「貴方たち、他人事だと思ってませんか?しっかり全員から徴収しますからね」


 レミリエルさんはその場にいる戦士や魔法使い達に向けて言う。

 一人だけ払うんじゃ不公平だから、敢えて全員からお金を貰うっていう天使なりの優しさなのかな。うん、絶対違う。


「え、俺も払うのかよ」、「まあ、命の恩人だし多少は⋯⋯」、「最近の天使はお金払わなきゃ駄目なのか」、皆口々に明らかに払いたくない雰囲気を醸し出し始める。


「命をお金で買ったと思ってください。自分の命の値段は如何程か、考えてからお金を渡してください」


 結局、レミリエルさんはそれっぽい事を言って全員からある程度の金額をせしめたみたいだ。後でどのくらい貰ったか聞いてみようかな。


「あのっ、エルノアさん?娘を助けて頂きありがとうございます!」


 唐突に幼女さんの母親に話しかけられ、勢いよく頭を下げられた。

 感謝されるつもりで助けたわけでは無かったから、なんて返したらいいか分からずに、咄嗟にでた言葉がアレだった。


「ええと、お気持ちだけで充分ですので⋯⋯」


「ですよね、私の気持ちです!」


 幼女さんの母親はその台詞を待っていたと言わんばかりの速さで、私に恐らく硬貨がずっしり入った袋を私に差し出してきた。


「あ、あの⋯⋯こんなの受け取れ⋯⋯」


 一瞬、私は「こんなの受け取れません。娘さんが無事なだけで良かったです」と主人公の様な台詞を吐こうかなと思ったけど、私の柄じゃない。


「受け取っておきますね」


「あ、そこはこんなの受け取れません、娘さんが無事なだけで良かったですとか言うのかと思いました」


「えぇ⋯⋯」


 幼女さんの母親、もしかしてめちゃくちゃ素直な方なのかな?

 よくよく考えたら、私は正義の味方でもないしこの世界の主役でもない、なんなら明日の身も知れない旅人だ。いつご飯が食べられなくなるか分からない。


 ここは貰っておくが吉だろう。

 何やら私の服の裾が引っ張られている様な感覚がする。


「おねーた!助けてくれて、ありがとう!」


 私の下には、幼女さんが純粋無垢な笑顔で私にお礼を言う。サンドワームに襲われた時に泣き腫らしたせいか、目は赤く充血している。

 一気にお金を貰って事に対して罪悪感が湧いてくる。


 全体的に微妙な空気感の中、私達は馬車に乗り込み、何とも言えない空気感の中過ごした。

 レミリエルさんに大金をせしめられている戦士さんたちは「しばらく節約しないとなぁ⋯⋯」と呟いたり、嘆息をもらしている。


「ふふふ、街に着いたらお買い物しましょうね」


「この空気感の中でそれ言えるのメンタル最強ですね?」


 節約ムードの中、一人だけ豪遊ムードのレミリエルさん。末恐ろしい天使です。


「おい、そろそろ次の国に着くぞ。降りたいやつはここで降りな」


 先導さんは私達にそろそろ新しい国へと着くことを促す。入国への巨大な門が見えてくる。

 新しい国、どんな所なんだろう。また常夜の国みたいな治安悪い所じゃなきゃいいなぁ。


「先導さん、この国はどんな所なんですか?」


「お、エルノアちゃんか。あの国は通称平凡の国ピリース。めちゃくちゃ平和だけど目新しい物がない国だ」


 先導さんは丁寧に説明してくれた。平凡の国ピリース、平和ということは日本みたいな所かな。面白みはないみたいだけど、常夜の国よりは全然マシだ。


「ありがとうございました」


 馬車からは私とレミリエルさんだけが降り、二人で大きな門へと向かった。

 門の前には兵士さんが二人、私達をジッと見つめている。


「入国ですか?」


「はい、入国です」、兵士の問いかけに答えるレミリエルさん

 兵士さんに促されるままに幾つか質問に答えた。主に年齢等を聞かれて、入国理由は出稼ぎにした。


 因みに何故か兵士さん達から「彼氏は?」と聞かれた時点で、レミリエルさんが「はい、もう入りますねー」と兵士を無視して扉を潜った。私も後に続く。


 門を潜り抜けた先には、常夜の国とは全く違う。色とりどりの建物が立っている、まるで平和を生きるような、道行く人達全てが幸せに満ちているようにも見えた。


 そして何故か視線を感じる。


「とりあえず⋯⋯お洋服買いに行きましょうか?」


 私の服装が、ズタボロに破れた布切れ一枚だと言うことに気付いたのは、レミリエルさんに言われてからだった。


 異世界に来て、これから初めての私自身のお買い物だ。

 心做しか高鳴る胸を抑え、「洋服屋に行きましょう」というレミリエルさんに続いた。


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