第七話 砂漠の魔物
「おねーた、旅してるのー?」
幼女さんは私に純粋無垢な視線を向けてくる。
最後に子供と話したのいつだっけ、何話したらいいんだっけ、頭をフル回転させても気の利く言葉は出てこない。
「そ、そうだよー?」、その場にしゃがみこみ、幼女さんと同じ目線を意識して、無理に笑いかける。
「う、うぇぇん、笑ってるのにひきつってる!」
どうやら私が笑顔だと思って向けたものは幼女を泣かせる程のものだったみたいだ。
「あ、え、泣かないで?」、慌てふためいて咄嗟に幼女さんの涙を指で拭う。
「私も昔、無理に合わせようとして泣かせてしまった事があったんですよね⋯⋯」、レミリエルさんは「分かります」とでも言うように頷いている。
「ち、ちなみにこういう時どうすれば!?」
「えっと、私にも分かりません⋯⋯」
「そんな⋯⋯」
二人でなんとか幼女さんの感情爆発を抑えようと、アワアワしていると「ちょっと、お姉さんたちを困らせたら駄目でしょ?」と母親と思わしき女性が幼女さんを嗜める。
「うーー」
「駄目、お姉さんたちに謝りなさい?」
母親に促されるままに幼女さんはこちらに来て「ごめんなしゃい」とガクンと音が鳴るんじゃないかという程に頭を思い切り振って下げる。
「あ、うん。大丈夫だよ?」
「おかーしゃ!大丈夫だって!」
幼女さんは母親の元に直ぐに駆け寄って「ん!」と擦り寄るように抱きついた。
ヤバい、幼女可愛い⋯⋯。
「エルノアさん?変な趣味に目覚めないでくださいね?」
「⋯⋯目覚めるかもです」
「えっ!?」
なんかレミリエルさんがドン引いているのを感じた。
「お嬢さん方は旅人さんなの?」、幼女さんの母親が話しかけてくる。優しそうな方だ。
「はい、世界中を旅しています。貴女も親子で旅をしているんですか?」
レミリエルさんが問いかける。
「いや私達は実家に帰省するだけよ。遠くにあるから旅人用の馬車を利用しているの」
暫く親子と会話をした後に、ふと外を覗いてみると景色が変わっていた。
常夜の国を抜けたのか、空が明るい。
実際に見たことは無いが、一面砂だらけで何も無い、まるで砂漠の様だった。
「わぁ、砂漠だ。初めて見た」
「お嬢ちゃん、えーとエルノアちゃんだったか?」
景色を眺めていると、先導さんから話しかけられた。
「はい、エルノアです。どうかされましたか?」
「さっきの話の続きだけどよ。儲けって言うのはな?如何に相手から信用されるかが大事なんだよ」
先導さんは子供にも分かりやすいようにと、「無愛想で何を考えている人に仕事は頼みたくないだろ?」と例えを出して話してくれる。
「とにかく、人と接する時は明るくだな!ほら、エルノアちゃん笑ってごらん」
「あ、う⋯⋯笑顔?」
困惑する私に「いいからやってみな」とでも言うように先導さんは黙って見ている。
「こ、こう⋯⋯ですか?」
先程幼女さんに泣かれたばかりなので、少しだけ口角を上げて控え目に笑ってみせる。
「うん、可愛い!俺がお嬢ちゃんと同い年だったら間違いなく好きになってるな!」
先導さんはニカリと眩しい笑顔を浮かべる。
クラスの男子達の下衆さは感じられず、素直に褒められた気がして気付けば恥ずかしくなって頬が紅くなっていた。
「あ、ありがとうございます⋯⋯」、私は照れ隠しのつもりでレミリエルさんに顔を埋めて抱きつく。
「先導さん、エルノアさんの事口説こうとしてるんですか?ロリコンですか?犯罪ですよ?私が許しませんよ?」、じとりと語句を並べて睨むレミリエルさん。
「いやぁ⋯⋯そう言うつもりはなかったんだが。やはり俺程の男に褒められるとどの年代の女の子も嬉しいんだろくな」、これまたニカリと笑いながらナルシズムを発動する先導さん。
「お、おい。向こうに何かいないか?」
突然黙っていた戦士さんが声を上げる。
戦士さんが「アレだ」と指差す方向には確かに、何か得体の知れない生物がこちらに向かってきていた。
そしてその生物が近付くにつれ、魔女が悲鳴のような声を上げた。
「さ、サンドワームよ!」、サンドワームと呼ばれた生物はミミズが巨大化したかのような姿で、正直めちゃくちゃきもい。
「なに!?サンドワームだと!?昼間に出没するなんて聞いてないぜ⋯⋯くそっ!」、先導さんは焦った様に馬を鞭で叩き、進路を変更する。荷台がかなり大きく揺れる。
「お、おい。追ってくるぞ!」、叫ぶ戦士さんが言う通り、サンドワームは変更した進路までミミズの様な身体をうねらせて追ってくる。
「アレ、完全に標的にされてますね。昼間は地中で眠ってるって聞いたんですが、つくづく私達も運が悪いですね」、レミリエルさんは淡々と語るが、その表情は強張っている様に見える。
この世界に疎い私でも、アレがヤバいという事はすぐに分かった。
「因みにアレを止めないとどうなるんですか⋯⋯?」
「私達、全員死にます」、そう言い放つと同時にレミリエルは翼を広げてサンドワームへと飛び立って行った。
「あのお嬢さん羽が⋯⋯天使様なのか!?」
「天使⋯⋯初めて見た⋯⋯」
戦士さんたちがザワつく。この世界でも天使は珍しい存在みたいだ。
「初めて戦う相手なので油断はできませんっ⋯⋯」、レミリエルさんが手を掲げると小さな魔法陣のような物から熱線がサンドワーム目掛けて繰り出される。
「グギャギャァァァァ!!」、サンドワームが悲鳴を挙げたのも束の間、あまりダメージは与えられていないようで直ぐに馬車へと近付いてくる。
「お前ら!馬車が狙いかもしれない!降りて逃げろ!」、先導さんは乗客に馬車を捨てるように指示し、皆一目散に逃げ出す。
ただ一人、幼女さんだけが恐怖のあまり立ちすくんで動けなくなっていた。母親もいきなりの緊急事態に幼女さんが居ない事に気付いていないみたいだ。
かろうじて馬車を降りる事には成功したが、動けなくなった幼女さんにサンドワームが目をつける。
「グギャア!!」
「お、おい⋯⋯サンドワームが子供を狙っている!」
「え、娘がいない⋯⋯!?」、幼女さんが居ない事に気が付く母親。
サンドワームが幼女さんに迫る、先導さんたちは既に幼女さんとかなり距離のある所まで避難している。レミリエルさんも進撃するサンドワームを追い越して幼女さんを守れるか微妙だ。
恐らく、一番幼女さんに近いのはきっと私だ。どうする、助けるか助けないか。
助けるメリット、そもそも助けられるのか、間に合わなかったら?私が死んだら?
ゴチャゴチャと考えれば考える程、結論から遠ざかっていく。
「う、うわぁぁん⋯⋯!」
自分の元へサンドワームが迫っている事に気付いた幼女さんが大声上げて泣き始めた。
と同時に私の頭に二択の選択肢が浮かび上がった。
幼女さんが死んでもいいか、死んで欲しくないか。
私の答えは後者だった。
「助けなきゃ⋯⋯!!」
結論が出て飛び出した頃には既にサンドワームは幼女さんの目の前にいた。
間に合わないという脳から危険信号が送られると同時に、陽動作戦ならいけるかもしれないという別案が浮かんだ。
「サンドワーム!!こっちだーー!キモイんだよお前ー!!」
お腹に力を込めて精一杯サンドワームに向けて叫ぶ。普段叫ばないせいかもう声がガラガラだ。
お願い、届いて。
「グギャ」、サンドワームの動きが幼女さんの目の前でピタリと止まり、私の方へと勢いよく進行を始めた。
「多分アレに攻撃されたら今度こそ死ぬよね⋯⋯」
多分私の足じゃ逃げきれない、幼女さんを守れただけでも、良しとしよう。後はきっとレミリエルさんが何とかしてくれるはずだ。
私は土煙を上げて向かってくるサンドワームに逃げも隠れもせず、二度目の死を受け入れようとした。
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