第五話 異世界宿屋
これから先にどんな世界が待っているのか。
胸が高鳴り、久しぶりに覚えた高揚感を他所にレミリエルさんは何処か面倒くさそうな顔をしている。
この後に何か嫌な事でもあるのかな。もしかして私が原因とか⋯⋯?
胸に残る一抹の不安からレミリエルさんの顔色を伺う。
「旅に出る前に、この犯罪者たちを全員エリスに伝えて牢獄にぶち込まないとですね」
犯罪者を牢獄に入れるのは分かるけど、「エリス?」と首を傾げる私にレミリエルさんは「え、知らないんですか?」と驚いている。
どうやらこの世界での常識らしい。
「エリスとは犯罪を取り締まる組織で、こうやって捉えた犯罪者は罪の重さによって変わりますが大抵は牢獄に投獄されます」
「えっと、警察みたいな物ですか?」
私の問いかけに今度はレミリエルさんが「警察?」と首を傾げる。なんだかお互いすれ違っているような気はするが、認識としては警察で間違いないと思う。
この世界にもきちんと正義の味方がいるんだなあ。まあ私の事は助けに来てくれなかったけど。
内心毒突いているのを察したのかレミリエルさんは「あはは⋯⋯」と愛想笑いをしている。
「エルノアさんを閉じ込めた奴らは全員牢獄で重い罰を受けることになります。これで少しは気が晴れますか?」
アイツらが処されることは素直に嬉しいけど、全員というのが妙に引っかかる。
あの、「君と同じくらいの歳の妹がいる」と言っていた方も投獄されてしまうかな。
彼が居なくなってしまうと彼の家族は生活をしていけるのか。家が貧しいと言っていたし、少し心配になる。
それに比較的良くしてくれた彼が投獄されるのは個人的に気が晴れるというかむしろモヤモヤする物がある。
なのでその旨をレミリエルさんに打ち明けた。だが帰ってきた反応は微妙な物で、レミリエルさんは神妙な面持ちをしている。
「でも、その方は貴女が理不尽な目にあっていても決して助けようとなんてしませんでしたよね?奴隷業でなくても高給な仕事はありますし」
「で、でも辛い事があったら言えって⋯⋯」
「そもそも既に捕らえられている現状が辛いことくらいその方もわかっていたと思いますが。それって完全に見て見ぬふりですよね」
淡々と語る口ぶりに返すこと言葉が出ずに喉が詰まる。
「罪は償うべきです。エルノアさんにとっても、今まで彼等に酷い目に遭わされてきた方々のためにも」
どうやらレミリエルさんは罪を犯した人間には徹底的に容赦がないみたいだ。被害者側の気持ちを尊重している様にもみえる。
「へくちっ!」
つい夜の空気で身体が冷え込みくしゃみが出て、神妙な空気を壊す。
常夜の国は日が昇らないせいで気温も低く、風も冷たい。露出の多いボロボロの布切れ一枚しか纏っていない私に外での立ち話はそろそろ限界だ。
「あ、寒いですよね。長々と話し込んじゃってすみません」とレミリエルさんは私に謝罪しつつ、「ではこれから温まる寝床を探しに行きましょう」と言った。
「寝床ってことは宿とかですか?遅い時間から入れる宿ってありますかね⋯⋯」
「ふふ、ここは常夜の国ですよ?時間関係なく宿は空いています」と微笑むレミリエルさんは「本当はこんな国早くおさらばしたいんですけどね」と付け加えました。
「じゃあ行きましょうか」
レミリエルさんは歩き始めた。
よくよく考えるとここは山奥だ、歩いて街まで行くとなると相当時間がかかるのでは。疲れた体で険しい山道を歩くのも並大抵のことでは無い。
「あの、魔法でバーッと街まで行くとかできないんですか?」
「おや?歩くのはお嫌いですか?」
「正直ダルいです」
「エルノアさんめちゃくちゃ正直ですね。それでもいいですけど⋯⋯」
仕方ないとでも言った様に、レミリエルさんは天使らしい白く穢れのない翼を眩い光を放ちながら出現させた。
「それ、天使の羽ですか?」と呆然としながら羽を指さす私。
「ええ、見るのは初めですか?天使の羽ですよ」と若干見せびらかす様な表情をするレミリエルさん。
よくよく見ると触ると気持ちよさそうな羽だ。
「触ってみても⋯⋯いいですか?」
「え、それはちょっと⋯⋯都合が悪いと言うかか⋯⋯」
「問答無用」とでも言わんばかりにじりじりと詰め寄る私に悪漢に襲われそうになる町娘かのように後退りするレミリエルさん。
さっきのつよつよな雰囲気はどこに行ったのかな?
やめてと言われたらやめるのが当たり前なのだろうが、前世はもふラーとして私界隈で名を馳せていた者としては見過ごせない。
「えいっ!」と隙を見て羽にタッチする私。
「ひゃんっ!?」とビィィン!と音が鳴ったかと思う程に可愛らしい声を上げて腰を垂直に伸ばすレミリエルさん。
息絶え絶えの天使と暫しの間、沈黙の時が流れる。
「すみません、天使の羽ってそういうアレとは知らずに。大事な人に触らせてあげて下さい」
「え、待ってください誤解です。私が触られるの弱いだけで平気な天使は沢山いますから、勘違いしていません?」
慌てて誤解を解くかのような素振りも怪しい。
このまま話していても真偽は分からないので突き詰めるような事はしないけど。
「とにかく!このままでは風邪も引いてしまうので、行きますよ」
「はいっ⋯⋯え!?」
レミリエルさんは私を後ろから抱き締めて、暗い大空へと飛び立ちました。
「空っ⋯⋯飛んでる!?」
「飛んでますよー。エルノアさん高いところ大丈夫ですか?怖くないですか?」と私の様子を伺うレミリエルさん。
「すっごく⋯⋯爽快です」
寒いはずなのに、今まで私を閉じ込めていた街を見下ろしているかと思うと何故かな。
ゾクゾクする⋯⋯!
「そうですか?初めて飛ぶ人は大体怖がるんですけどね」、首を傾げるレミリエルさん。
楽しい時間は直ぐに過ぎると言うけど、本当にその通りで直ぐに街に到着した。
「はい到着でーす」、私を降ろすレミリエルさんに「ありがとうございました」と軽く頭を垂れます。
風でなびいた銀髪を整えながら、アーリカの街を見回してみる。
常に夜のせいで外は暗くとも人だかりは多いが、露店が多く聖水等を販売している所を見るとファンタジー世界の街の様に感じた。
「ここはこの街でも比較的安全な所です。あ、宿屋ありましたよ」とこじんまりとした木造二階建ての建物を指さすレミリエルさん。
比較的安全、という事はやっぱり安全ではない所があるみたいだ。
「外寒っ⋯⋯というかこの格好目立ちます」、ボロ布切れ一枚の私は、さっきから道行く男性達から変な視線を感じるし、女性達からは水簿らしいとでも言いたげな蔑みの視線を感じる。
「確かに目立ちますね、早く入っちゃいましょう」
私はレミリエルさんに手を引かれ、人生初の異世界の宿屋へと入店した。
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