第四話 物語が幕を開ける予感
「いいですか、貴女がこの世界に転生した理由は分かりません。偶然なのか、必然なのかも知る由もありません」
つまりレミリエルさんは何も分からないと言いたいらしい。
「詳しい事は神や大天使にしか分からないです。ただ、私の元に上から貴女が転生してきた事と、場所が伝えられました」
どうやら天使にも序列はある様で、上というのはその神や大天使を指しているんだろう。
つまりレミリエルさんは下っ端ってこと⋯⋯?
レミリエルは話を続ける。
「なので遅くなってしまって申し訳ないのですが知らせを受けた私が貴女を助けに来ました」
「ありがとう、ございます⋯⋯」
レミリエルさんはここからが肝心だとと言う。
「貴女はこの世界に奴隷として転生してきて、文字を書くことも読む事も、お金の通貨も、生きていく術も何も知りません」
レミリエルは敢えて残酷な現実を突き付ける様に言う。確かに人間社会で生きていく上で必要な術は皆無、読み書きも出来ないのなら赤ん坊と等しいレベルかも知れない。
「あの⋯⋯元の世界に戻れないんですか?」
「戻れません。貴女は貴女の世界では既に死んでいます」
薄々勘づいていた事だが、天使の口から言われるとやはりショックは大きい。
「可哀想ですが、こちらの世界で生きていくしかありません」
レミリエルさんは落ち着かせるように私の頭を撫でる。「綺麗な銀髪ですね」と私の髪をスーッと撫でながら褒めてくれているが、もうその声は私の耳に届いていなかった。
「う、うぁぁぁん」
この世界に来てから二度目の涙。
辛い、怖かった、最後に親と会話した時に何を喋ったっけ。
様々な感情が頭の中を交差して、感情が爆発した。治まる気配はない。
「十三歳の少女が背負う重荷としては、あまりにも酷だったと思います」
そう言って、少し苦しくなるくらいの強さで抱きしめられた。
慰めのつもりだろうけど、久しぶりに優しさと人肌の温もりに触れて涙は止まるどころか止むことを知らずに流れた。
しばらくの間そうしていたせいか、人肌に触れすぎて暑く感じてきた。
レミリエルさんもその様で、抱きしめていた私を離した。
「そうだ、お名前を聞いていませんでしたね」
名前、まだ名乗っていないことを思い出す。
この世界に来て初めて、十日は経過していると思うけど名前を名乗るのは初めてだ。
「私の名前っ⋯⋯私の名前は⋯⋯」
ここまで来て異変に気が付いた。
私の名前、何だっけ?
「私の名前は⋯⋯吸血鬼です⋯⋯」
ここに来てから皆が私を吸血鬼と呼んだ。化け物とも呼ばれた。
そのせいかな、自分の名前が思い出せない。
もしかしたら元より吸血鬼という名前だったのかもしれないとまで思ってしまう。
「吸血鬼⋯⋯ですか?」
レミリエルは訝しげな顔で聞き返す。
「思い出せない⋯⋯私の名前、ずっと吸血鬼って言われてたから」
「なら、私がこちらの世界での名前をつけてあげましょう」
私は思いもよらない提案に顔を上げる。
「名前、つけてくれるんですか?」
「ええ。名前はないと不便ですからね」
レミリエルさんは「私がレミリエルですから、似た感じで、え〜と」と考えこみ出した。どうやら似た感じ路線でいくらしい。
「そうだ、エルノアさんはどうでしょうか?」
「あの、由来とかは⋯⋯」
「私と同じ四文字です」
「似た感じってそういう⋯⋯」
レミリエルさんはしたり顔、私は恐らく困り顔をしているはずだ。
この人、結構適当なのかな。それとも異世界のセンスってこんなものなのかな。名前ってもう少し大切な理由を込めたりするものじゃ。
「気に入りませんか?」
「そういうわけじゃ、この名前にします」
特に悪い名前だとも思わなかったし、私を救ってくれた人がつけてくれた名前なら断る理由もない。有難く受け取ろう。
「ではエルノアさん、よろしくお願いしますね」
「レミリエルさん、よろしくお願いします」
私は「これから先どうやって生きていって良いか分からないので、どうか路頭に迷わないようお願いします」という意味を込めたよろしくをした。
「これから先、どうしたらいいんでしょうか」
「私と一緒に旅をしましょう」
レミリエルは人差し指を立てて提案する。
「旅をして色んな世界を見て、色んな思い出を作って、それでここに住みたいと思ったら定住するでもいいし、とにかく世界を見に行きましょう」
「ここの街じゃダメなんですか?」
「ここは常夜の国、つまりずっと夜なんです。そのせいでこの国は奴隷売買や淫行の場として闇に紛れて日夜犯罪が横行しています、そんな所に住みたいですか?」
「い、いやです」
私は首を直ぐに横に振った、そんな治安の悪い場所に住んだらまた奴隷にされてしまう。一日一食の生活はもうごめんだ。贅沢は言わないから一日三食ご飯が食べられる位の生活はしたい。
「ですよね、ですから私と旅をしましょう。それにしても転生先が常夜の国なんてついてないですね」
レミリエルさんはほとほと呆れたような嘆息を漏らす。
常夜の国、そんなに危険な場所だったんだ。というかさっきまで危険な目に遭ってたんだけど。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?邪魔じゃないんですか?」
単純に疑問をぶつける。
天使の価値観は分からないけど、元人間の私の価値観からしたらいきなり出会ったばかりの人間が着いてくるのは落ち着かないはずだ。
「私は天使なので世界中を救済の旅で駆け巡らなければいけません。なのでそのついで感覚です、エルノアさんの事も差して気になりませんし」
レミリエルさんは「ですので遠慮したり気に病む必要はありませんよ?」と両手を広げてみせる。
この人は、天使だから抜きに優しい。
「さあ、私と一緒に世界を見に行きましょう」
レミリエルさんが手を差し伸ばす。その目には未来への希望が宿っているように見えた。
「っ、はい⋯⋯!」
差し伸べられた手を取った時、闇色の常夜の国を彗星の様な何かが綺麗な弧を描くように街を照らした。
「綺麗⋯⋯」
「あれ、中々見られないんですよ」
彗星の様な何かが異世界ならではの物なのか、私の世界にもあった物なのかは分からない。ただ私の目にはこれから始まる壮大な旅の幕引きのように見えた。
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