第三話 奴隷吸血鬼の身請け

 私がこの牢獄に奴隷吸血鬼として転生してから、十日は体感として経過している。


 相変わらず、救いはない。


 初めはどうにか抜け出そうと奮闘したが、今は全くその気が起きない。


 日の当たらない、昼夜も分からない牢獄に毒されてしまったのだろうか。


「お腹⋯⋯空いたな⋯⋯」


 今の私に出来ることはただこれ以上お腹が空かないように、冷たい床に横たわるだけだ。


 何故なら余計な動きはただ体力を奪い取るだけと分かったから。


 もう一つ、ここに来て分かったことがある。


 食事は恐らく、一日一回きり。

 つまり一日三食なんて夢のまた夢だ。


 そのせいで気力も体力も削られ、更に脱走しようなんて気は起きなくなってくる。


 そしてそろそろ、頃合かな。


 コツコツと囚われた者たちに存在を知らしめるかのような足音が鳴り響く。


 また何時ものように木箱を持った男が食事を持ってきたとばかりに思っていた。


 けれど私の予測は大きく外れた。


「あー、これが最近入った吸血鬼か」


「ええ、初物でございます」


 私の目の前に二人の男が現れた。


 一人は隣の男にゴマをするような話口調、もう一人は似合わないタキシードの様な高そうな服を身にまとった中年太りの男で、私を品定めするかの様な目付きで見ている。


 怖い。あまりいい予感はしない。


「顔も悪くないし透き通った肌に銀髪。澄んだ緋色の目、何より幼いのがいい」


 男は私を分析するかの如く呟いた。


 え、なに。ろりこんの方⋯⋯?


「如何致しましょうか?」


「決めた。コイツを貰おう」


 私を他所に男二人は勝手に会話を進めていく。

 よく分からないがゴマを擦っている方の男は有り難そうにもう一人の男に頭を下げた。


 そして私の方を向いた。


「お前、今日からこの方の所有物だ」


「え、あ、所有物?」


 理解の追いついていない私に男は呆れたように大袈裟に溜息を着く。そして臭い息がここまで届く。


「だから、この方に買われたんだよ。お前は」


 ゴマすり男はタキシード男を見て言う。


 どうやら私の許可なしに私は誰かの所有物になったみたいだ。冗談じゃない。


「連れ帰る前に、ここで少し楽しんでいく」


「どうぞ、ごゆっくり」


 謎のやり取りの後、ゴマすり男は姿を消して私とタキシード男の二人きりになった。


 タキシード男は鉄格子を開けて中に入ってきた。


 私の部屋にしたつもりはないけど、「人の部屋に入るならまずはノックを!」なんて冗談を言っている場合ではないみたいで、相変わらず嫌な雰囲気を感じる。


「吸血鬼、今日から俺がお前のご主人様だ。ほら、ご主人様と言ってみろ」


「ご、ご主人⋯⋯様⋯⋯?」


 創作物かのような台詞を吐く男の要望に、戸惑いながらも答える。


 男は満足気な表情をしてから、タキシードの胸元のリボンを外した。


「じゃあ楽しませてもらおうか⋯⋯」


「や、やだ⋯⋯」


 男は私に近付いてきた。身の危険を感じて私は狭い牢屋の中を逃げ回り、最終的に部屋の隅へと逃げ込む。


 案の定、逆に追い詰められる形になってしまった。


「おいおいご主人様から逃げちゃダメだろう」


 気持ち悪い台詞を吐いて、私に触れようとする男。


 異世界ではこれが当たり前なのかな⋯⋯。


 だとしたら私のいた世界よりも、よっぽどお金に物を言わせる世界だよね。


「どれどれ⋯⋯」


 この金に物を言わせる世界に絶望して、嫌々覚悟を決めた私に男が私に触れる寸での所で、轟音が鳴り響き、次第に牢獄が地震のように揺れだした。


 私も男も何が起きたか分からず、混乱する。


「な、なんだっ⋯⋯何が起きた!?」


「あ⋯⋯え⋯⋯?」


 揺れが納まったと思ったら、何処からか今度はコツコツという足音が鳴り響いた。


「チッ、誰だよ邪魔しに来たの」


 男は悪態をつく。


「あれー中々いませんね⋯⋯」


 遠くから聞こえてきたのはこの世界に来て初めて聞く可愛らしい女性の声。


 やがて女性の足音は近付いてきて、私の牢獄の前で止まった。


 姿を現した女性は腰まで伸びた白髪、翠色の瞳をしている。服装は襟のついた黒いワンピース、ゴシックっぽい服を着込んでいる。


 そして、天使と言ってもいいくらいの綺麗な顔立ちをしていた。


「あ、いました。貴女が転生してきた吸血鬼ですか?」


 鉄格子越しに女性は私に話しかける。


 この人、私が転生した事を知ってる⋯⋯?


 もしかしたら戻れるかもしれないという諦めかけていた期待が一気に込み上げてきて気が付けば叫んでいた。


「そうです!あのっ、助けてください!」


 鉄格子を掴んで必死に女性に向かって叫ぶ。


「御安心を。助けに来ました」


 女性は手を触れずに魔法のようなもので鉄格子を開け、「さあ、出ますよ」と私の手を引き牢の中から連れ出してくれた。


 女性は、タキシードの男など元より居なかったような素振りだ。


「あのっ、今のは⋯⋯?」


「驚きましたか?魔法です」


 女性は顔は可愛いが、そこそこしたり顔で語りかける。


 まあ、驚いたのは事実だけど、どうせ見るなら炎が出るやつとか見たかったな。


「私の名前はレミリエル。詳しい話は後にしますが、貴女を助けに来ました」


 レミリエルと名乗った女性は、私の手を引き暗い廊下を歩く。


「おい、待てっ!そいつは俺の所有物なんだぞ!俺が大金を払って買ったんだ!」


 タキシードの男は呆気に取られていたが、牢から出て私達を追ってくる。


「所有物?勘違いしないでください」


「あ?」


「貴方のはした金で買えるほど人、一人の価値は安くありません。それに、この子の名前も知らないくせに」


 レミリエルさんは私の手をギュッと握り、男を睨みつけた。


「なんだその目は?てめぇ、貴族の俺に向かって何様のつもりだ!」


 自らの身分を貴族であることを明かした男は、怒りに任せて殴りかかってきた。


 が、私たちに触れる事は叶わずに男はその場に沈んだ。


 レミリエルが手を掲げると、魔法陣のような物が現れ弾丸のような物が飛び、男に勢いよく命中した。


「今のも魔法⋯⋯ですか?」


「ええ、といっても魔力を固めて飛ばしただけどの初歩的なものですが」


 レミリエルさんはもしかしたら異世界にありがちな魔女なのかな、でも杖を持っている様子はない。


「外に出ましょうか。他の奴隷たちは既に解放済みです」


 レミリエルさんは私の手を引き、外へと連れ出してくれた。


 途中、壁などが壊れていて何人か倒れている男たちがいた。その中には見知った顔、グリーズもいた。


 きっとレミリエルさんがやったんだろうな、さっきの轟音と揺れも魔法のせいかな。


 長い鉄格子が延々と横に続く長い廊下を通り抜けると、外に出た。


「外⋯⋯!!外だ⋯⋯!!」


 恐らく十日振りの外に、年甲斐もなくはしゃぐ。少し飛び跳ねもした。

 外っていっても私の知らない異世界の外だけど。


「外の空気はどうですか?まあ、真っ暗なんですけど」


 久しぶりの外は、どうやら夜な様で闇色に包まれている。そして山奥のようで木々が生い茂っている。


 振り返ってみると私が囚われていた建物は苔の生えた随分も古い物だった。レミリエルさんのせいか外壁が半壊している部分もある。


「異世界でも澄んだ空気は気持ちいいです⋯⋯」


 レミリエルは「それは良かった」と微笑む。


 この人は何者なんだろう。


「レミリエルさん、どうして私を助けてくれたんですか?」


 レミリエルさんは「それはですねー」とたっぷり含みを入れて少し焦らす。


「それは、私が天使だからですよ」


 身分を明かすレミリエルさん。


 異世界に来て、初めて私に救いの手を差し伸べてくれたのはどうやら天使だった様だ。


 もう、なんでもありかな⋯⋯。


「そして今から何故あなたがこの世界に転生したのか、この世界がどういう場所なのかお話したいと思います」


 ついに、一連の核心に触れる時が来た。








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