第二話 もしかして私吸血鬼になってる?

「もしかしたら私、吸血鬼になってる⋯⋯?」


 吸血鬼。


 闇夜に紛れて人の血を吸う想像上の怪物。

 近年では異世界作品等で人気を得ていることは流石の私も知っている。


 私自身、吸血鬼が好きとかなってみたいとか一度たりとも思った事は無かった。


 だからこそ、何故。


 なんで私が吸血鬼?

 私、絶対適材適所じゃない。人選ミスにも程があるよ。


「聞きたいことはそれだけか?」


 男の冷酷な話口調で意識は現実へと戻る。

 このチャンスを逃したら次いつ人が来るか分からないという事に気が付く。


「アーリカの街って、どこの国なんですか?」


「常夜の国、ナースティだ。本当に何も知らないんだな」


 常夜の国、ナースティ。

 聞いたことの無い名前の国だ。相当辺鄙な国なのかと勘ぐってしまう。


「後、今は何年の何月何日ですか?」


「今はリーナ七百年の四月⋯⋯確か二日だな」


 リーナ?七百年?


 ここで、私は嫌な予感というか絶望の予感がした。


 吸血鬼になるという有り得ない事があったからこその仮説だ。それに常夜の国、ナースティなんてのも聞いたことがない。


「ここ、異世界⋯⋯?」


 トラックに轢かれて、奇跡的に助かったと思った。

 けれどそれは思い違いだった。確かに私は元の世界で死んでいたんだ。


「そんな⋯⋯てことはもう戻れない?」


 元の世界で死んでいるのなら、死人が戻れるわけが無い。子供でもわかる。


 そして運命のイタズラか、奴隷吸血鬼として異世界に転生したという事なのか。


「おい、お前どうしたんだ?」


 男は私の目から光が消えていくのが気になったらしく声を掛けてきた。


 それもそうだろう先程まであった生への執着がまた、無関心になったからだ。


 当然目に光は宿らない。


「う、うぁぁ⋯⋯ぁぁん」


 男の目をはばからず、私は緋色の瞳を濡らして泣いた。


 せっかく生きてると思ったのに、生きようと思ったのに。


 異世界で、吸血鬼で、しかも奴隷ってなんなの。


「ううぅ⋯⋯ぁぁん」


「おい、泣くな吸血鬼。煩い」


 呼称は吸血鬼。彼等からしたら犬や猫を「あの犬さぁ」等と呼ぶ感覚みたいだ。


 私だったら目の前に泣いている人間がいたら煩いではすまさない。いや、もう人間ですらないのか。


 人間扱いもされないの⋯⋯?


「っ⋯⋯うぅぅ!」


「泣き止まないと⋯⋯お前、変わっているが顔は可愛いな」


 男は不意にそんな事を口走った。


 私には褒めるタイミングがよく分からなかった。


 男は私の鉄格子の鍵を開け、中に入ってきた。もしかしたら出してくれるのかという淡い期待が、若干募る。


「なぁ、初物に手出したら怒られっかなぁ」


 私の淡い期待は直ぐに打ち砕かれた。


 男の私を見る目は、獣のような、獲物を捉えるような目付きをしている。


 私に危害が及ぶことは間違いないと思い、部屋の隅へと逃げ込む。


「商品が拒んだら駄目だろ。お客様にやったらどうすんだよ」


 部屋の隅に逃げた所で何も変わらず、逆に逃げ場がなくなってしまった。


 男の手が私の銀髪の髪に乱暴に触れる。


「触らないで⋯⋯下さい⋯⋯」


 震える声で言う私に、男は舌打ちで返してきた。従順では無い事への苛立ちか。


 今から何をされるのか、容易に想像は付いた。 中学の男子達が良くしている、下衆な会話に含まれる部類の事だろう。


 大声を上げても、ここでは助けてくれる人はいない。


 私は覚悟をするかのようにソッと目を閉じた。


「おーいっ、グリーズ。飯一つやるのにどんだけ時間かかってんだー?」


 遠くから、誰かを呼ぶ野太い声がした。


 目の前の男が「くそっ、いい所で邪魔が入った」と悪態をついた事から、彼がそのグリーズなのだろう。


 グリーズは渋々といった様子で、牢から去っていった。


「た、助かった⋯⋯?」


 現状としては何も助かっていないけど。


 私はそこから何時グリーズが来るか分からない恐怖に怯えて数日を過ごした。


 初めは待ち侘びていた食事を配られる時、誰かとコミュニケーションが取れる時が一番怖くなっていた。


「おい、飯だ」


「ひっ⋯⋯⋯⋯」


 何時ものように、不定期に鉄格子の隙間から血液の入った木箱が置かれる。


 食事を配りに来た大柄の男は、怯える私を見て初めて見る顔の男性は怪訝そうな顔をした。


「大抵の奴は飯を持ってきたら喜ぶもんだが、お前はどうしたんだ?」


 私は男にグリーズにされた事を全て打ち明けた。もちろん同情の言葉が返ってくるとは思わなかった。


 ただ、自分の苦しみをどうしても誰かに共有したかった。


「グリーズ、小さな女の子にもそんな事を⋯⋯」


「え?」


 返ってきた言葉は意外にも私を責め立てるものでは無かった。小さな女の子と言われて、ここに来て初めて人間扱いされた気がした。


「俺にもお前くらいの妹がいる。家が貧しくてここで働いているが、人の心が無いわけじゃない」


「そう、なんですか。私、化け物に見えますか?」


 意識の外で男に質問をした。同情でもいい、少しでも優しい返答が欲しかった。


「いや、可愛い女の子に見えるぞ」


 その一言で、まだ人間としての尊厳を保つことが出来た。


「ここは高給な上に、好みの奴隷を好き勝手に出来るから。グリーズの様な下衆な奴らも大勢いる」


「そうですか。あの私、これから先普通の生活を送る事ができるんでしょうか」


 私の問いかけに、男は暫く黙った。


「そろそろ時間だ。俺は行くよ、辛い事があったら話くらい聞くからな」


 男は時間のせいにして、明確に私の問いかけに答えようとはしなかった。


 つまり、そういう事なのだろう。


「誰か⋯⋯助けて⋯⋯」


 届かぬ祈りは静寂の牢獄の中静かに消えていった。





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